第十三話~義手義足の教師~
「じゃあ、次はこの【魔機】についてだ。どんな用途なのかわかるか?」
と、クロードは手に平サイズぐらいの機械の板を出す。
すると、すぐにパルノが元気よく手を挙げた。
「はい! それは高熱を発することができる【加工刃】と呼ばれるものです!! 魔力炉に刻まれているのは、火属性の魔法で〈熱刃〉! 【魔法機師】には必需品とも言えるものです!! ある一定の鉄を切ったり、切断面を溶かすことでくっ付けることもできます! ただし、使用する時は十分に気をつけないと、自分の指を切ってしまったり、溶かしてしまったりします!!」
「正解。これは小型のものだが、刃の熱は高熱だ。鉄を切るほどだからね。【加工刃】と言われているけど、武器としても扱える代物だ。小型だと持ち運びも便利だから、よく護身用とかに使われたりしてるんだ」
教師となって最初の授業。
さっそく特生組に【魔機】に関しての授業を行っている。特生組とはいえ、最初は基本的なところから教えていこうと思っている。
基本は大事だ。
基本を忘れていると、変なミスをしてしまうことが多々ある。まずは【魔法機師】に必要な工具の知識だ。昔は、普通の工具だったが、今なっては工具も【魔機】となっている。
今紹介している【加工刃】がそのひとつだ。
「もちろん、皆入学した時に一人ひとつ配られているはずだけど。加工以外に使ったりしていないよね?」
「もちろんです! 確かに工具は武器としても使えますが、基本は物を作るためのものですから! 見てください! 私の愛用している工具の数々を!!」
会った時からテンションが高かったパルノだったが、さっそく授業が始まった瞬間から、更にテンションが上がっている。
今のところ、パルノ一人で全てを受け答えしている。シィやキュレはまだまだ【魔機】について素人なので、しっかりとクロードが言ったことをノートに書き留めているようだが……問題はレイカだ。
ノートに書き留めてはいるが、ただただクロードのことを観察している。
「へぇ、さすがに手入れもしっかりしているね。あれ? この工具って」
「クロードさんが愛用しているものばかりです!」
机に広げられた工具はほとんどクロードが愛用しているものばかり。パルノのクロードへ対する憧れは、尋常ではない。
中には、かなり貴重なためほとんど生産されていない工具もあった。
「師匠と同じもの……羨ましい」
シィも興味を示しているようだが、工具というよりもクロードと一緒のものに興味を示している。
「私だって、シィちゃんが羨ましいですよぉ! だって、クロード先生の【魔刃剣】を持っているんですから!!」
「じゃあ、パルノも弟子になったら?」
特に自分だけが弟子だ! というこだわりはないようで、シィはパルノで弟子になることを薦めた。
「はっ!? なんて甘美な考え!!」
その発想があったか! とばかりに、パルノはクロードに全力で頭を下げる。
「いや、君達? 今は、授業中だからね? そういう話は後にしてくれるかな?」
「こ、これは失礼しました! あっ、でも弟子の件、お考えになって頂けると!!」
「いや、さすがにウェイラ家の娘さんを弟子にするのは……」
いくら頼まれても相手は世界最古の【魔法機師】の家系。その娘となれば、いくら世界を救った英雄だったしても簡単には許されないだろう。
こればかりは、クロード一人で決めることはできない。
「家の許可ですね! では、さっそくお父さんの許可を取ってきます!!」
「今は授業中だよ!? パルノちゃん!?」
今にも教室を飛び出そうとするパルノをキュレが止める。それをレイカは、楽しそうに見詰め、シィはぼーっと窓から外の景色を眺めていた。
「静かに! 今は授業に集中!」
教師としての一喝。
「はい!!」
すると、パルノは大人しく席に戻った。キュレは、突然パルノが席に戻ったため、床に倒れそうになるが、レイカが受け止める。
そのままキュレが席に戻ったところで、クロードは授業を再開した。
・・・・・
「よう! クロード先生! 最初の授業はどうだった?」
「ルイカ先生。ええまあ……楽しかったですよ。皆元気が良くて」
「へえ。特生組で、そう言えるなんて、やっぱりあんたは器が違うねぇ。前の教師なんて、気が滅入るってげっそりしてたのに」
無事最初の授業を終えたクロードは、職員室へと戻ってきた。
入り口付近は、ルイカの席で、入るとすぐ挨拶を交わしてくる。ちなみに、クロードの席はルイカの隣だ。
歳も近く、先輩教師ということもあり色々と気を使ってくれている。ロミエーヌからも、サポートを頼まれているようだ。
「むしろ元気になりますよ。ただ」
「どうしたんだ?」
「レイカが……ずっと僕のことを観察していまして」
「あー、そういうことか。まあ、あいつは育った環境もあるから、人を観察するのが大好きなんだよ。ま! 心配するなって! あんたすぐレイカに気に入られるって! 姉であるあたしが保障する!!」
そうだと嬉しいです、と苦笑いしたところで、隣に教師が座る。
物静かな雰囲気があり、左腕が……機械だ。
右腕だけじゃない。左足も機械。
彼女の名は、アイリナ。クロードは、全然詳しい事情を聞いていないが、義手義足ということは昔何かしら遭ったと言う事は予想できる。
氷のような透き通った色をした長い髪の毛。前髪は綺麗に切り揃えられており、赤いカチューシャはどうやら【魔機】のようだ。
ただのカチューシャにしては、細工が細かく、魔力の波動を感じる。
「あの、アイリナさん」
「なんでしょう?」
シィと似ているが、シィ以上に静かで、何を考えているかわからない。シィの場合は、耳や尻尾などに感情が出てしまうが、彼女にいたっては氷のように冷たい目と空気がある。
「改めまして。クロード・クロイツァです。今後ともよろしくお願いします!」
全校集会があった後に、職員室で教師だけの自己紹介のようなものをしただけなので、一人一人への挨拶はまだだったのだ。
他の教師にはすでにしていたが、アイリナだけはすぐに姿を消してしまったためできなかった。
「律儀だねぇ。挨拶なら、すでにしたじゃないか」
「それでもです」
「……うん、よろしくね」
感情は出ていないが、挨拶はちゃんと返してくれた。
心はそこまで冷たいものではないようだ。
その証拠に。
「これ、食べていいよ」
自分の席の引き出しから、可愛らしい動物の形をした菓子を取り出し、クロードに渡してきたのだ。
「いいんですか?」
「いっぱいあるから大丈夫」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
菓子をクロードに渡すと、すぐに紙にペンを走らせる。最初の印象はよし。だが、まだ知り合ったばかりだ。さすがにここで義手と義足について聞くのは早過ぎるし、失礼にあたるだろう。
クロードは、大人しく体を戻し、貰ったばかりの菓子を袋から取り出し、口に運んだ。
「よかったな。アイリナから菓子を貰えたってことは、少なくとも味方だって思われてる証拠だ」
「え? 敵だって思われる人なんて居たんですか?」
さすがに、同じところで働く者としては、そういう風に思われるのは……いったいどれだけの敵意を向けたのか。
「居たんだよ、過去に何人か。例えば、ほら。あの腕と足を馬鹿にした奴とかな。まあ、教師や生徒達じゃないから安心してくれ」
「そ、それで……その時はどうなったんですか?」
声を潜めながら問いかけると、ルイカは満面な笑顔で恐ろしいことを答えた。
「頭を鷲掴みにされた」
「マジですか」
「マジマジ。しずかーに怒っていてさ。たまたま一緒に行動していたあたしが言うんだ。信用しなって」
静かに怒る。激しく怒るより、なぜか怖そうだとクロードは若干身震いをしてしまった。
「どうかした?」
可愛らしく首を傾げるアイリナに、齧った菓子を見せて笑顔を作る。
「これ、おいしいですね」
「よかった。……もうひとついる?」
「あ、ありがとうございます」




