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オリヴィエ旅行記  作者: 宇部松清
4日目 東洋の神秘マホロシ島、海の幸山の幸ツアー

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15/19

朝食 at マホロシ島ナミシブキ漁場

「サルメロ、『踊り食い』に興味ないかしら」

「まぁ、ないかあるかで聞かれたら、限りなく『ある』だな」

「そうよね。わかるわ」


 空の上である。

 南の大国ドドコンガトンガを早朝に発った(じゃないと飲食店が開いてしまうから)俺達は、東に向かって飛んでいる。


 目的地は東北東の果てにある『双子諸島』こと、アギョウサン諸島とサギョウゴ諸島である。

 そこはそれぞれ有人無人合わせて約20くらいの小さな島が集まっているのだが、これがどういうわけか、船だと、そのどちらかにしか上陸することが出来ないのだという。

 とはいえ、潮の流れやら風の向きやらで、常に片方の諸島には辿りつきにくくなっている、というただそれだけの話なんだが。だから、多少無理をすれば行けなくもない。けれど、なぜかいつもその境目は濃い霧が立ち込めていたりもし、おまけに大型の海獣や哺乳魚なども多く生息する海域のため、好き好んで無茶をする者などいないのである。まぁ俺達は飛んで行くわけだから、関係ないのだが。


 そんな背景があるために謎多き神秘の諸島と言われているが、そのほとんどがしっかりと地に根を下ろした島である。浮島はその中の数島しかない。なので俺にとってはそこまで神秘じゃなかったりもする。


「あぁ、この磯の香り! 良いわねぇ」

「お嬢にしたらどんな香りも『良いわねぇ』だけどな」


 そう茶化すと、お嬢は頬を、ぷぅ、と膨らませて威嚇してきた。残念だが、全く怖くはないが。


「とりあえずその『踊り食い』が出来るところを探そう」

「そうね」


 俺達が降り立ったのはアギョウサン諸島の中にあるマホロシ島である。こちらの諸島の中で最も栄えている島で、人口は約3000人程度。3000人もいるんだから、ちょっと歩けばすぐに現地の人間と遭遇出来るだろう。


 などと思っていたのだが。


 歩けども歩けども、人っこ一人いないのである。道沿いにやたらぴかぴかと光る銀色の円柱オブジェがぽつぽつと置いてあり、ただただ日の光を反射していた。


「誰とも会わないなんて……そんなことってある?」

「まだ寝てる……って時間でもないだろうしな。もう8時だ」

「もうこの磯の香りでお腹ぺこぺこなのよね、私」

「思い切って魚でも捕りにいくか?」

「……それ良いかも!」


 お嬢の目がきらりと光る。

 恐らく、


「とれたてが食べられる!」


 と思ったのだろう。まぁ、そりゃ捕ってすぐならとれたてだろうが。調理は俺に任せて良いんだな? それとも生のままかぶりつくか?


「しかし、随分と風があるな。潮風だからか肌がピリピリする」

「やっぱり樹皮なんじゃない、サル?」

「そんなわけないだろ。ていうか、樹皮だったらお嬢はこんなに長時間飛べないぞ。昨日だって結局『やっぱり箒だとお尻が痛いー』って半べそかいてたじゃないか」

「泣いてないわよ失礼ね」

「そうだったか? 『やっぱりサルに抱かれて飛ぶのが良いわねぇ』ってしみじみと言ってただろ」

「そんなにしみじみ言ってない!」

「気にするのそこかよ」


 お嬢は顔を真っ赤にして抗議した。はいはい、なんてあしらったけれども、残念ながらこれは事実だからな。


 海に向かってまっすぐ歩く。

 途中に何軒かの民家があったが、そのどれもが窓だけではなく、カーテンまでぴっちりと閉めている。

 そこで、背後から声をかけられた。


「お兄さん達、海に行くのかい?」


 慌てて振り向く。何だ、人がいるのか、と。しかし――、


「……誰もいない」


 やはりそこに人の姿はない。あるのはその銀色の円柱オブジェのみだ。


「おかしいな、いま確かに人の声が」

「ここ、ここ。ここだよ」

「また聞こえて来た! 何よこの島」

「おぉーい! 気付いてくれよぅ」

「気付いてくれと言われてもだな。それらしき影もないのに」


 もしかしたらうんと小さいのかもと、しゃがんで地面に視線を這わせてみるが、やはり何もいない。それにもしそこまで小さいのだとしたら、こんなにはっきりと声が聞こえるわけもないだろう。


「もしかして、透明なんじゃない?」

「まさか。そんな種族がいるなんて聞いたことないぞ」

「だっていくらサルでも何もかも知ってるわけじゃないしさぁ」

「あれ、もしかしてここって浮島だったのか……?」

「なぁなぁ、お2人さん。俺はさっきからずっと目の前にいるんだけど」

「はぁ? 私たちの前に?」

「目の前にあるのは――この銀色の……」

「そうそうそれそれ」

「えぇっ!? これ、生きてるの!?」

「失礼だな。死んでたら声なんかかけないさ」

「だっ、だって……」


 お嬢はそれに恐る恐る近付く。しかし、どんな危険があるかわかったもんじゃないのだ。俺はお嬢の前に立ち、そいつをコンコンと叩いてみた。すると、中からコンコンと返事がある。音でわかる、この中は空洞になっている。


「中に入ってるんだな」

「そうだよ」

「何でまた。……もしかして、あの辺にあるのもそうなのか? 中に人が?」

「そうさ。これは俺達の『屋外活動服』なんだ」

「随分と硬い『服』ねぇ……」

「出ようか?」


 出られるのかよ、という言葉は一応飲み込む。


「そっちに不都合がないんなら、ぜひともそうしてくれ」

「はいよ。ちょっと待ってくれな」


 よいしょ、という掛け声と共に、その『活動服』は、カパ、と真ん中から開いた。中に入っていたのは――、


「――俺?」

「あら、サルにそっくりね」


 一瞬、本当に自分かと思った。


 日の光に透けて輝くハチミツ色の髪に新緑のような瞳。パーツ自体の形や大きさなどは全く異なるのだが、その特徴だけでもう立派に俺だった。


「後ろから見てもそっくりだったけど、真正面から見てもやっぱりそっくりだね」


 そんなことを言って、銀の筒から出て来た『俺』は歯を見せて笑った。



「俺さ、純粋なナウマリじゃないんだ」


 海へと向かう道中で、『フジシロ』と名乗ったナウマリ族の少年はそう切り出した。


「だからほら、こうして『服』を脱いで歩いても全然平気」


 双子諸島のいくつかの島に住むナウマリ族は身体の30パーセントほどが金属で出来ている。そのため、潮風に弱く、表皮が錆化しやすい。そうなるとその部分を専用のヤスリで削り取らなくてはならないのだ。しかし、痛みはなく、ただ微かにいびつになる。若い子なんかはそれを酷く嫌うし、老いたら老いたでそれもみっともない。


 それでも風が弱い日は、例の『活動服』を着なくても数時間は出歩けるらしい。ただし、今日のように風の強い日はしっかりと対策をしなくてはならないが。ちなみにこの『活動服』を着るようになったのは割と最近らしい。道理で俺が知らないわけである。


「確かにその髪の色は珍しいもんね、東方こっちだと」


 東方に住むものは肌の色こそまちまちだが、黒い髪黒い瞳を持つものが多い。だから確かにフジシロの金髪緑眼はかなり珍しいだろう。


「そうなんだよ、《《リビちゃん》》」


 自己紹介をすると、フジシロは「じゃ、リビちゃんにサル君だね」と言って、そう呼び始めたのだ。馴れ馴れしくも。


 海を目指す目的がとれたての魚だと言うとフジシロは「だったら俺に任せてよ」と案内役を買って出てくれたのである。


「不思議なんだけど」


 視線をフジシロの髪に固定したままお嬢が言う。


「どうしてそんな身体なのにここに住むの? 潮風の届かない山の方に引っ越したら良いじゃない」


 もちろんそれはそんなに簡単なことじゃない。それもわかる。でも、確かにそう思う。


「出来れば良いんだけどね。まぁあんまり現実的じゃないんだ、それは。でもさ、産まれた時からこうだから、俺達にとってはこれが普通なんだよ」

「まぁ、住人がそう言うならねぇ」

「ってわけで、ちょっと営業させてもらうんだけど」

「ん?」


 漁場まであと少しというところで、フジシロはぴたりと足を止めた。もう海は目の前に広がっている。

 そしてフジシロはこちらをくるりと振り向き、白い歯を見せてニカッと笑った。大きめの八重歯がちらりと覗いている。

 俺も笑うとあんな感じなんだろうか、などと思う。


「今日1日、俺にガイドを任せてみない?」

「え?」

「ガイド?」


 突然の申し出だった。


「リビちゃん達、島で美味いもん食いたいんだろ? 何日もいられるんならまだしも、1日しかいないんならさ、やっぱ穴場なんかも色々知り尽くしてる地元民が案内した方が、絶対良いって」

「成る程ねぇ」

「一理あるな」

「チップの額によって、連れてく場所も変わるよ。当然食いもんのグレードも違ってくる」

「何ですと!? さっ、サルちゃん、出すわよね? 弾んじゃうわよね? ね!? ね!?」

「うーん、どうしようかなぁ」


 そりゃあもちろん弾みたいさ。

 俺だってお嬢には美味いもんを食わせたいし、食いたい。

 でも。でも、だ。


 これまで俺達は2人で美味いもんを探して来たんだ。そうやって自由に、好きなように食べて来た。そこが引っ掛かる。それをいくら俺に似ているとはいえ、他人に任せるのはなぁ。


「それじゃあさ、こういうのはどう? 朝食は俺のサービスでとっておきのを食わせてやるよ。それを食べてから判断してくれれば良い」

「良いのか?」

「もちろん。金を払う価値があると思ったら、それに見合った額を払ってよ。その代わり、こんなもんどこででも食えるっていうなら、チップは無しで良い」

「良いわね! 良いわよね、サルメロ?」

「まぁ……、良いけど……」

「ぃよっしゃ! そうと決まれば……!」

「――え?」


 フジシロは数十m先の漁場に向かって走り出した。


 お嬢の、手を取って。


「行こう! リビちゃん!」

「ちょ、ちょっとぉ!?」

「おっ、お嬢っ!!!」


 慌てて追い掛けるも、差はどんどんと広がっていく。

 サル君、足おせぇなぁ、とフジシロはこちらを振り返って笑っている。その余裕たっぷりの笑みが腹立たしい。


「あっはっは! サル君、顔真っ赤!」

「……うるさい」

 

 一足先に漁場へと到着したフジシロは、腹を押さえて本格的に笑っている。手を引いてもらったとはいえ、お嬢も疲れたのだろう、真っ赤な顔で俯いていた。


 畜生。笑え笑え。俺はそういう風に身体が出来ていないんだ。

 何せ産まれてから2,500年大地に根を張って生き、引っこ抜かれたのだってたったの50年前。走るのが必要な局面なんかほとんどなかったし、そもそもこんなにたくさん歩くのだってこの旅が初だ。


 樹人には必要ないんだ、足の速さだとかそういうものは。


 そう言おうとしたが、わざわざ正体を明かすこともないだろうと口をつぐむ。


「さぁ~って、さてさて。そんじゃ、とっておきの朝ご飯、ご馳走しちゃうよ」


 そう言うと、フジシロは海へと飛び込んだ。現代のナウマリには絶対に不可能である。ほどなくして顔を出した彼の手には紐の付いた籠が握られていた。


 海から上がったフジシロはどこからか運んできた七輪で籠の中のものを焼き始めた。


 網に乗せられているのはアメフラシジゴクという名の二枚貝である。大きさは俺の手のひらよりも大きいくらい。それを2つ。お嬢の分と俺の分だ。籠にはアメフラシジゴクが山盛りに詰められている。


「サル君、貝が開いたら、その中にこれを……これくらい入れて。それで、5分待ってからこれをたらりとひと回しかけてくれない?」

「わかった。けど、その間フジシロは何してるんだ?」

「俺は『とっておき』を準備しに行く」

「これがその『とっておき』じゃないのか?」

「冗談! これは前菜みたいなモンだよ。かけたら5分で食べられるから、もしこっちの準備が終わらなかったら食べて待ってて」


 俺が「わかった」と返すより先に、フジシロは数m先に見える小屋へと走っていってしまった。ムカつくほどに足の速いやつである。

 彼が去ると辺りは急に静けさに包まれてしまう。パチパチと火が燃える音と、波の音だけ。珍しくお嬢も口を開かない。いつもなら、「ねぇまだぁ?」くらいは言うところなのに。何やら呆けたような顔をして、じっと火を――いや、貝を見つめている。


「お嬢、腹減ったか?」

「……そうね」

「楽しみだな」

「……そうね」

「お嬢……?」

「……そうね」

「ちょっと……?」

「……そうね」


 お嬢、さっきから「そうね」しか言ってないな。ていうか、もしかしてこれ目を開けたまま寝てるんじゃないのか。

 まぁ、お嬢のことだから、目の前のこいつが完成したら起きるだろう。

 

 カパ、と貝が開く。恐らく貝の方では地獄だろう、ぐつぐつと中の海水が煮え、細長い水管が助けを求めるように伸びていく。しかし、殻の外も灼熱なのだ。内も外も地獄に変わりはない。

 そこへ、フジシロが置いていった油脂の塊をスプーンに少量取り、殻の中へと落とす。

 これはゾウバターというもので、ヤツメミミナガイカとフタコブハナクラゲの臓物をペースト状にし、ダイミョウウシのミルクから作ったバターに練り込んで固めたものだ。

 バターがしゅわりと溶けると、何ともいえない芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。


「……良い匂い。……良い匂い! サル! 何かとっても良い匂いなんだけど!?」

「おー、やっぱり起きたか、お嬢」

「起きた? 寝てたの、私?」

「さぁ? 目は開いてたけど、寝てたんじゃないのか?」

「まぁ。そういうこともあるのねぇ……。それより、もう食べられるの?」

「いーや、あと10分だ。5分待って、この……『ウスクチショウユ』をかけてさらに5分待つんだと」

「ちぇー。だったらまだ目を開けたまま寝てれば良かったわね」

「良いから見てろよ。そして黙って待て」


 しゅわしゅわと空腹に染み渡る音と香りに何度も負けそうになりながら5分を耐え抜き、ウスクチショウユを回しかける。散々に熱された貝殻にウスクチショウユが触れ、じゅ、と音がする。と共に、焦げたそれの何とまた香ばしい香りがすることか。お嬢の口からは絶えずよだれが垂れ流されている。


「お嬢、もう少し。もう少しだから」

「こんなのってないわよぅ。拷問! 拷問だわぁ!」


 もしかしたらこれもフジシロの作戦なのかもしれない。こんな状態で食えば、もうどんなもんだって最高の御馳走じゃないか。


「3……2……1……。よし! 良いぞ、お嬢! 行け!」


 そう叫んで『ハシ』を渡す。これは東の地域で主に使われるカトラリーで、枝のように細い2本の棒である。旅に出る前にきっちりと練習はして来たから、お嬢も俺も難なく扱える。


「ぃよ~っしゃあぁっ! いただきまぁすっ!! ――ぅ熱ぅぅぅいっ!」

「おおおお嬢!!? しまった! 貝は持たないで食えって言うの忘れてた!」


 ていうか、見てわからなかったのかな。


 お嬢は涙目でこちらを見ながら指先をフーフーしている。熱された貝殻で火傷をしてしまったようだ。

 何か冷やすもんはないかと辺りを見回すも、海しかない。海水かぁ……、冷たいだろうけども、沁みるんじゃないだろうか。――仕方ない。

 

「――ほぁ?」

 

 ぱくり、と。赤くなっているお嬢の指先を咥える。

 樹人の体内温度は魔女よりも低いし、まぁ、何もしないよりはマシだろう。


「ほい、後は薬塗っとけ。それから、何か巻くものは……と。あれ、どうしたお嬢」

「……ま」

「――ま?」

「ままままままままま……!!!!!」

「何だよ、今度は『ま』か。たまにかかるな、この呪い。おーい、お嬢? おぉーいっ」


 どうやら今回はかなりキツめの呪いにかかったようで、お嬢は真っ赤な顔で「ままま」しか言わなくなってしまった。

 アメフラシジゴクのバター焼きについても、どうにか5個腹に収めて終了である。

 いつもなら20は食えるはずなのに。おかしい。

 ほどなくして戻って来たフジシロにわけを話し、島の呪術師を紹介してもらうことにする。




【朝食:ナミシブキ漁場】

 アメフラシジゴクのバター焼き(ゾウバター、ウスクチショウユ)

  

 



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