夕食 at タラージウニ・マルシェのハナペチョ焼き屋台
「何とか戻ってこれたな」
「ね。ギリセーフ! やっぱ美味しいもの食べるとさ。何ていうの? 一気に満タンになるよね!」
「満タン?」
「魔力、満タン!」
「成る程」
3色のジュウウリでどうにか魔力を回復させたお嬢と俺は再びラサナタ自治区のタラージウニ・マルシェに来ている。
別に他の地域に行っても良かったのだが、どうやら、森へと出発する前にお嬢が気になる店を見つけてしまったらしい。
『ハナペチョ焼き』
さぁどうだ。
ペラペラの幟にでかでかとこう書かれて、年頃の若い女(とはいっても魔女だが)が「絶対あれ食べたい!」となるだろうか。
ちなみにこの『ハナペチョ焼き』というのは、ざっくり言うと、麦の粉を水で溶き、野菜を混ぜて焼いたもので、それに色々なソースをかけて食べる、というもの。その上に海鮮やら肉やらを乗せるものもあるが。
それでもお嬢が食べたいというのだ。だったら何時間かけてでも戻り、意地でも食べなくてはならない。
屋台の中には折り畳み式のテーブルと椅子が合って、客は数組。空いているテーブルに座ると、睫毛がやけに長い店員が「ご注文は?」とやって来る。ラサナタに住む『モドゴルア』という種族で、『モドゴルア』とは『禁忌に触れた者』という意味なのだが、それを種族名にしているという、何とも不可思議な者達だ。
ちなみその睫毛だが、頬骨辺りくらいまでの長さがあり、そのせいで彼らは目を開けることが出来ない。というか、最近の若い子辺りになると、その睫毛を短くカットしても開けることが出来ないのだそうだ。筋肉の衰え云々というよりも、そういう風に進化してしまったのだろう。
ただしその代わりに、彼らは口の横に左右2本ずつ生えた長い髭(正式には感毛という)でものを見る。なので、うにょうにょと絶えずそれを動かしている。それはそれで便利そうである。何せ自在に動く目が4つもあるわけだから。
「えぇとね、このハナペチョ焼きの海鮮の――これとこれ。あとー、やっぱり肉系も食べたいからこれとこれとこれね。2人で食べるから大きめに焼いてちょうだいね」
「はいはい」
「あと、ドリンクは何があるのかしら」
「ウチはビネガードリンクをお勧めしています。何せハナペチョ焼きがこってり濃いめの味なので。パンナプレビネガー、コンペイトビネガー、ブルッセルビネガー。それぞれロック、水割り、お茶割り、ソーダ割り、発泡酒割り、清酒割りが出来ます。あと、プラス料金になりますけど、レランモイムを絞ったり、ヴァーニルエッセンスを垂らしたり、そういうのも出来る限りは対応します」
「ふんふん。それじゃあ……私、コンペイトビネガーの発泡酒割り、レランモイム多めで。サルは?」
「俺はブルッセルビネガーのお茶割りで。少しだけ清酒を混ぜてくれないか」
「かしこまりました」
ぺこり、とモドゴルアの店員は頭を下げた。けれども1本の髭だけはしっかりとこちらを見ている。
「たぁっのしみ、たぁのしみ」
ふんふんと鼻唄まで歌い出し、お嬢はご機嫌である。ぱたぱたとテーブルの上でリズムまで取り出した。行儀悪いな、まったく。ここがマルシェの屋台じゃなきゃ指摘するところなんだが、周りの客も似たようなもんなのである。郷に入りては、という言葉もあることだし。
「なぁ、《《お嬢》》」
そう問い掛けても、彼女は眉をしかめることもなかった。やっぱりあれは疲れとか空腹のせいだったのだろう。
「なぁにぃ~」
のんきな声でそう返してくる。
「魔女ってお嬢だけじゃないんだな」
「何? どういう意味?」
「いや、色んな考え方をするんだなって」
「何よ、ベスちゃんに何か言われたの?」
「主人と同じものを食うなって。これって、どっちが一般的なんだ? お嬢と、エリザベスと」
そう問うと、お嬢は腕を組んで、ううん、と唸った。そして首をシーソーのようにゆっくりと左右に傾ける。それが数回繰り返された後、中心でぴたりと止まった。そしてうんと気まずそうに肩を竦め、視線を外しつつ、ポツリと言った。
「ベスちゃんの方かも」
「……だろうな。だと思った」
「サル、何か怒ってる?」
「別に」
「じゃあ、元気なくなっちゃった?」
「全然」
「ほんと?」
「ほんと」
「ほんっとーの、ほんと?」
「ほんっとーの、ほんと」
「ほんっとーの、ほんっとーの、ほんっとーの、ほんと?」
「ああもう、ほんとのほんとのほんとのほんとのほんとだってば。ほんとに! 全ッ然そんなことないから!」
「なら良いけど」
そこまで『ほんと』を繰り返して、お嬢はやっとその表情を緩ませた。
しかし――、
「でもさ」
と俺が言えば、ガタッと身を乗り出し「なっ、何!?」と不安そうな顔を向けて来る。俺の言葉に一喜一憂する彼女を見るのは正直面白い――なんて言えば、エリザベスに「樹人の分際で!」って八つ裂きにされそうだけど。
「いや、例えばだけど。これから先も他の魔女に会ったりすることだってないわけじゃないだろ?」
「ま、まぁね。そうね」
「もしかしたら、一緒にご飯食べましょ、みたいなことになるかもしれないよな? そういう時ってやっぱり俺は席を外した方が良いのかな」
「何でよ! いてよ!」
「いてよって言われてもさ。俺は、俺がいることでお嬢の評判が下がるのは嫌なんだよ」
「サルメロと一緒のご飯食べるだけで下がる評判なら、そんなのいらないわよ」
ぷい、と顔を背けたそのタイミングで、モドゴルアの店員が、ビネガードリンクを運んで来た。ぷくりと膨らんでいたお嬢の頬は、ふしゅう、と中の空気が排出され、萎む。そして、いまのやりとりは何だったのかと思うくらいに破願一笑。
「きれーい」
「ありがとうございます。こちらがコンペイトビネガーの発泡酒割りレランモイム多め、そしてこちらがブルッセルビネガーのお茶割り清酒入りです。どちらも軽く混ぜてからお召し上がりください」
「ありがとう」
お嬢のドリンクは、金色の発泡酒の中を桃色、黄色、水色のビネガーの塊がふよふよと泳いでいて、一番下の層には、山吹色のレランモイムが沈殿している。ガラス製のマドラーで軽く混ぜると、3色のビネガーは色をなくし、金色の発泡酒もまたレランモイムに敗北したらしく、鮮やかな山吹色だけが残った。
俺の方はというと、一番下に清酒の層があり、向かいに座るお嬢が見えるほどに透き通っている。その上に茶の淡く濁った薄緑、そして一番上にビネガーの金色。それらをくるりと混ぜてみれば、こちらの勝者は薄緑茶のようである。よりその色を薄めながらもひらひらと舞う茶葉達が美しい。
「んん!? 甘っ、でもさっぱり酸っぱい!」
「うん、こっちはお茶の渋味と酸味がちょうど良い。どっちも主張しすぎていない」
ここで飲みきってしまいそうになるのをぐっとこらえる。何せこれはハナペチョ焼きと一緒に楽しむためのものなのだから。
「お待たせしました。こちら青い皿が海鮮ハナペチョ、こっちがエビ、こっちが魚。そしてこっちの赤い皿が肉系です。こっちからヤギ、シシ、ウータン。ご注文は以上で?」
「オッケー! オッケーよ! 美味しそ~うっ!」
「食材の詳しい説明はこちらに。では、ごゆっくり」
そう言って、手のひらサイズ――とはいっても、モドゴルアの手はかなり大きく、お嬢の顔くらいの大きさはあるんだが――の紙を置いていった。
一体どれだけのことが書いてあるのかと身構えたが、何てことはない、字も大きいのだ。そりゃあの手で書けばそうなるか、と胸を撫で下ろす。記録係としては、きっちり細かく書かねばと思うのだが、まぁいささか面倒であることは否めない。
「お! おお!? 表面は結構カリカリね」
基本的に、お嬢に「待て」は通用しない。料理が出て来たら即食べたいのだ。だからもう当然のように食ってる。彼女がじっと(よだれは垂らすが)待てるのは、昨日の灼熱鍋のように未完成のまま出て来る場合のみである。
「でも中はもちもち~。――ん? と思ったら、砕いたエビの殻が入ってる! サクサクしてる~!!」
「おお、ほんとだ。噛めば噛むほどエビの味が。なぁお嬢、魚の方には揚げた卵も入ってるぞ」
「なぁんですってぇ!? うひゃあ、プチプチの食感がたまらんっ!!」
エビと魚のハナペチョをそれぞれ一口ずつかじり、お次は、と肉の方にも手を伸ばす。マナーも何もあったもんじゃない。周りの客もお嬢の食べっぷりに好奇の目を向けている。「あのお姉ちゃん、たくさん食べるね」という呆れたような、それでいて感心しているような声や、「こっちも負けてられない!」と無駄に対抗心を燃やす声もあちこちから聞こえて来る上に、屋台なわけだから当然通行人なんかもジロジロ見ている。何なら、立ち止まって。もしかしたら、この異様な熱気に足をとられてしまったのかもしれない。そこへすかさずモドゴルアの店員が突撃し、ここぞとばかりに試食攻撃。ひと口分のプレーンハナペチョと、ふた口分のビネガードリンクで、通行人はまんまと客になるのだった。
きっと、いまのお嬢は何よりも効果のある客寄せなのだろう。
だからだろうか、心なしか代金が安くなっていたのは。
「はぁ、食べたわねぇ」
「さすがに腹一杯だろ、お嬢」
「うふふ、まさか。さぁて食後のデザートは何にしようかしらねぇ」
「おい嘘だろ」
丸く膨れた腹を押さえながら身体を起こすと、お嬢はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「嘘よ。今日は止めにしとく。じゃないと――」
「じゃないと?」
「そろそろサルにまた『重くなったな』って言われちゃうもの」
「何だ、一応気にするのか」
「するわよ。特にいまは。ベスちゃんと飛んだ後なんだから」
「成る程」
まぁ、別に俺はお嬢が重かろうが軽かろうが、本当はちっとも気にならないんだが。いや、強いて言えば、多少ずしりと来た方が、彼女を感じられて良い――なんて口が裂けても言えない。絶対調子に乗る。うん。
「さぁて、明日はどの辺りに行こうかしら」
「どこでも。お嬢の行きたいところで、美味いもん食おうぜ」
そんなことを言いながら、夜空を見上げる。
針金のように細い月が、ぽっかりと浮かんでいた。
良い夜だ。
多少熱気の落ち着いた屋台で、俺はそう思った。
【夕食:タラージウニ・マルシェ】
ハナペチョ焼き
〈海鮮系2種〉
①クルルオエビのハナペチョ焼き
→ソイソイソース
②ギラキンマダイのハナペチョ焼き
→ムルニエバターとソイソイソース
〈肉系3種〉
①ゴンゾウヤギ肉と目玉焼き乗せハナペチョ焼き
→フクフクソース
②ペッコニアシシのベーコン乗せハナペチョ焼き
→ヴィクトリアトマトソース
③ゴランゴランウータンの肩肉ミンチ入りハナペチョ焼き
→すりおろしカラッポリンゴソース
コンペイトビネガー発泡酒割りレランモイム多め
ブルッセルビネガーお茶割り清酒入り




