119 恋する鉄体師、その11です。
ナナルーを助け出した俺たちは、眠っている彼女をカテュハさんの家で休ませることにした。
たわわちゃんがナナルーをベッドに寝かせ、そして俺は、ナナルーがすやすやと寝ている内に、フルルと話し合うことにした。
今朝の時点で、ナナルーがフルルを奴隷から解放する為に迷宮都市にやってきたことと、その為に、ナナルーがフルルの主である俺より強くなろうとしていることは伝えたけど、俺がフルルを奴隷から解放しようと考えていることまでは伝える暇が無かった。だから、改めて伝えることにしたんだ。
「そんな訳でフルル、俺が天空迷宮に挑む前に、フルルのことを奴隷から解放しようと思うんだ」
「……隊長、そんなにも僕のことを」
フルルが言い返そうとしたが、手の平を伸ばして止めた。フルルが何を言い出すかはわかってる。お人好しだからな。でも、言わせないぜ。
俺は諭す様に言った。
「今はまだ、俺が主だからな、フルルが何と言おうが俺の決定は覆らない訳だ。だから、無駄な言い争いは止めよう。そんでもって、フルルに選択肢が回って来るのは、フルルが奴隷じゃなくなった時だ。俺とパーティーを続けるのか? 冒険者を止めて田舎に帰るのか? それとも他所のパーティーやクランに入るのか? それは、フルルが決めることになる」
「…………」
「でも、俺はちゃんと、天空迷宮から生きて帰って来るつもりだ。そして晴れて天位になったらその時は、改めて俺とパーティーを組んで欲しい。これまで、俺たちは上手くやってきたと思うし、これからも楽しくやれると思うんだ」
俺の話を聞き終えたフルルは、長い沈黙のあと口を開いた。
「僕は、隊長のことを、凄いけど、時々おかしな事をやる駄目な人だなぁ……って、結構前から思ってました」
「いっ⁉︎」
ちょ、フルルさん⁉︎
「だから、隊長のことは僕がしっかりと見てないとって思ってるんです。…………これからもよろしくお願いします」
そう言って、ぺこりと頭を下げたフルルに嬉しいけど、ええ? ええええ⁉︎ いつから⁉︎
一体、いつ頃から、駄目な子扱いなんだろうって頭を悩ませていると、
「ううん……あれ」
ナナルーが目を覚ました。
「ナナルー!」
「……フルル?」
涙目で近寄るフルルと、寝ぼけたナナルー。
──おおう、感動の再会か。
と、思いながら後ろで眺めていたら、ふいに手を引かれた。
──ん?
ってそっちの方を見るとたわわちゃんが、俺の手を掴んでいた。
「少し、この場を外しましょう」
そう言って、俺を掴んだまま部屋の外に出た。
当然、引っ張られた俺もたわわちゃんに続いた。
まあ、少し残念かもだけど、久しぶりの再会なんだから邪魔はしないでおこう。
それに、俺が説明する前に、フルルからある程度、話を聞いてた方がナナルーも納得するんじゃないかな。
でも、
「たわわちゃんがこういう気の使い方をするのは、ちょっと意外だね」
俺は思うところを正直に言った。
割と遠慮のないセリフだったけど、たわわちゃんが気を悪くする様子はなかった。
「そうね……きっとヒビキと出会ったばかりの頃の私は、そんなことを考えもしなかったと思う」
「そっか……」
たわわちゃんと出会って、まだ半年くらいだが、こうして改めて彼女を見ると、大分変わったのかもしれない。もちろん、いい方向に。
「…………………………」
ところで、たわわちゃんが俺の手をずっと掴んだままなんですけど、
──いや、デバガメなんてしないよ?
と、思いつつも、大人しく黙っていた。
どうせなら、少しでも長くこのままでいたい。なんて思っていたのだが唐突に邪魔が入って、パッと手が離れた。
「おお! 二人とも、よくやってくれた! ありがとう?」
グレイス博士だ、一度、家に帰って泥を落としてきて、白い白衣が復活している。
そして、ズカズカとナナルー達のいる部屋に入ろうとした。
「では、まずは血液採取から始めるとするか! ナナルーはこの部屋──ふべべべべっ⁉︎」
最後まで言い切ることなく、バチッという音と共に地面に崩れ落ちた。
「たわわちゃん?」
「寝かせただけ。この人に遠慮はいらないと思う」
「ああ、微塵も弁護できないわ……」
「とりあえず、隣の部屋で寝かせて置く」
そう言って博士を担ごうとしたので、
「あ、俺がやるよ」
と、言って分身を呼び出した。
それからしばらくして、フルルが部屋から出てきた。
「ナナルーが隊長に会いたいそうです。その、ナナルーには隊長は悪い人じゃないってちゃんと教えました」
「おう……大丈夫かな?」
「大丈夫です」
俺は不安になったけど、フルルに背中を押されて、ナナルーに会うことにした。
若干、緊張しながらもドアを開けると、負けず劣らず緊張している様なナナルーがベッドから身を起こしていた。
務めて平静を装いながら、ベッドの横に設置されている椅子に腰を下ろして視線を合わせる。
近くで見るナナルーの顔には涙の跡が見てとれた。
「や、身体は大丈夫?」
ぎこちない俺のセリフに、
「ええ、大丈夫です、ヒッキーさん……いえヒビキさん。その……あの……ご迷惑をおかけしました……」
ぎこちない返事が返ってきた。
「……」
「……」
「……」
「……」
──会話が続かない!
気まずい雰囲気の中で、俺は意を決して話しかけようとした。
「えーとだな」「あの!」
したら、俺とナナルーの言葉がかぶった。
「な、何?」
「いえ、ヒビキさんの方からどうぞ……」
「そお? えっとだな……ナナルーは博士の実験でドラゴンになった訳だけど、体の方は大丈夫?」
「はい。その……ドラゴンになった間のことは、ちょっと記憶にないんですけど、今すぐにでも動けますよ」
「……そりゃ、よかった」
「ええ」
それから、お互いに口を閉ざしてしまった。
「……」
「……」
「……」
「……」
いつまでも、会話が始まらない俺たちに、
「何をやっているの、二人とも」
呆れた様子を隠しもしない声が投げかけられた。
「たわわちゃん」
「師匠……」
俺たちが、そっちを見るとたわわちゃんがジト目で俺たちを睨んでいる。
「あなた達がちゃんと話し合えていれば、こんな大騒ぎにはならなかったんだから、今からでも、ちゃんと話し合いなさい」
──はい、ごもっともです。
俺は、たわわちゃんの言葉で吹っ切れた。
「ごめんな、名前を偽ったりして。なんか、どうしても俺がフルルの主人の無限術師だって言い出せなくてさ」
ナナルーの方も同じく吹っ切れたみたいだ。
「いえ、私がヒビキさんのことを、あんなに悪様に言ったのが原因です。すいませんでした」
俺たちは同時に頭を下げた。
「それから、フルルの事なんだけど……」
「はい」
「俺が天位の座に挑む前に、奴隷から解放しようと思うんだ。そのことフルルから聞いた?」
「はい。……でも、なんでですか? ……私の為なんですか? 私はヒビキさん事を敵と見なしていたのに……」
「ま、ナナルーがきっかけではあるけど……でも、そう決めた理由は、俺がそうしたいからであって…………そうだな、きっと俺はフルルと友達として仲良くやりたいんだよ」
「…………」
「で、友達の友達は友達ということで、過去のことは水に流して仲良くやろうさ」
そう、俺が右手を差し出すと、ナナルーは目を丸くしながら言った。
「あなたは……フルルの言った通りのお人好しです。少し、馬鹿なんじゃないかと思うくらいです」
「…………」
馬鹿はひどくね? と、思ったが、たわわちゃんとフルルが同意するように頷いていた。解せない。
「うーん……」と唸る俺の出されたままだった右手を、同じく右手でナナルーが掴んだ。
「フルルの事と、今日、助けられた恩は忘れません。もし、何か困った事があれば、なんだって言って下さい」
「……わかった。何かあったら遠慮なく頼るよ」
「はい!」
和解の握手を交わして、場の空気がホッと和らいだ。
俺も、ここしばらく頭を悩ませた問題が解決してスッキリした。
──いや、やっと一件落着だ。
そう思ったのだが、そう思うのは少し早かった。
「何やら楽しげな所を悪いが、少しいいかな?」
鋼のような、冷たく硬い声が俺たちに向かってかけられた。
知った声にそちらを向くと、次期領主のアーレストと、その案内役であろうカテュハさん家のメイドさんがいた。
いや、メイドさんはいい。問題はアーレストだ。パッと見にこやかな笑顔に見えるが、凄まじく機嫌が悪い事が一目でわかる。
「アーレスト……さん? どしたの? なんか機嫌悪そうだけど?」
俺のたどたどしい質問に、アーレストは笑いながら(ただし、目は笑ってない)答えてくれた。
「いや、さっきから、領主の館やギルドの本部に冒険者たちから苦情が相次いでな。なんでも、横暴な無限術師がエリアを一つ丸々占拠したらしい」
「げっ!」
それで、怒ってんのかよ⁉︎
「しかもだ、そんな暴挙に出たのは、ハートフラワーを独占する為だったとか?」
「それは、誤解だ!」
「なるほど、誤解なのか。では初心者エリアにも関わらずドラゴンが出たとか不確かな情報も誤解なのかな?」
「えーと……それは半分本当かな?」
「まあ、なんにせよ今は、10番エリアを封鎖してある。そして、私には事情を把握して、エリアが安全なことを説明しなければならない義務があるわけだ。そんな訳だからヒビキくん。ちょっと、領主の館まで来てくれないか? 私の部屋で、ゆっくりと話を聞こうじゃないか」
「げげっ!」
俺は、再度呻いた。前回そこでこってりと油を絞られたのだ。
できることなら二度と行きたくない。
でも、行かないとか、言える雰囲気でもない。
困っているとナナルーが名乗り出た。
「ヒビキさんは、悪くありません! 私が原因なんです!」
が、
「そうか、なら君も一緒に来てもらうか」
道連れが一人増えただけだった。
俺は、諦めて次期領主について行くことにした。
でも、どうせなら……。
「隣の部屋で寝ている男が、そもそもの元凶なんで、一緒に連れて行こう」
と、グレイス博士も巻き込むことにした。
その後、アーレストの事情聴取と説教は日が暮れるまで続いた。