118 恋する鉄体師、その10です。
岩ドラゴンにヒビキの軍勢が攻めかかって、およそ20分。
その間、途切れることのない、津波の如き猛攻は、着実にドラゴンの身を削っていった。すでに、全体の5分の一は削れていってるし、猛攻を振るっていた尻尾はすでに砕け散っている。
「第15班、突撃ーー!」
「「「おおおおおっ!」」」
今もまた、1部隊が部隊長の号令に従って、槍を構えながらドラゴンに仕掛けた。
雄叫びを上げながら突撃する様は勇猛果敢だが、ドラゴンも負けてない。
ゴッ!
横薙ぎに振るわれた腕は襲い来る一団の先頭を潰し、号令をかけた部隊長も潰されたが、その豪腕を潜り抜けた生き残り達が、支点となっている方の腕に突撃し、その身を削る。
ビキッ! という音がした。今迄に、幾度となく削られた腕では、その巨体を支えることが出来なくなったのだ。
バランスを崩し、地に転がるドラゴンは、それだけで至近距離にいた兵隊達をプチプチと潰したが、それでもこれで決まったとタワワは思った。
腕一本は軽くない。三つ足では、まともに移動することにも苦労するだろう。
ヒビキもそれをチャンスと見たか、温存していた後続部隊が4方から殺到して、ドラゴンの身を削る。
中には槍や剣ではなく、ツルハシを握っている部隊もいて、まるで鉱脈の採掘作業に見える。
だが――。
ドラゴンが猫の様に身を丸めた。それを弱気と見たヒビキの軍勢が、なお勢いよく詰め寄せるが、次の瞬間、ドラゴンの岩の鱗の隙間から炎が噴きあがった。
「た、退避! 退避!」
慌ててドラゴンから離れる兵隊達。どうやら、鎧が炎への耐性に優れているらしく、至近距離で直撃を受けた者以外は無事に引くことが出来た様だ。
しかし、
「えー……なんか、やばくない?」
「あれは、やばそう……」
「というか、アレは中の人は大丈夫なのか?」
どよめく、兵隊達の言葉を聞くまでもなく、タワワも危機を感じていた。
自分がそれを使うからわかる。あれは、
「精霊の力……」
只の炎ではない。莫大な霊力が混じって、半分精霊と化している。その力が、ドラゴンの体内から溢れ出している。
炎がドラゴンを包み込み、なお激しく燃え盛った。
そして……。
炎の中からぬっと砕かれたはずの前足が出できた。続いて頭や胴体が現れたのだけど、今迄、削りとった全てが再生していた。
周囲の地面が抉れていることからして、周りの土や岩を吸収した様だ。
「ええ……そりゃねえよ……」
「炎で復活するとかー……ブサイクなドラゴンかと思いきや、実はブサイクなフェニックスだったのか?」
泣き言を漏らす分身たちを余所に、ドラゴンが再び動き出した。
先程とは立場が逆転した。
「ぎゃああああっ!」
「げげげっ⁉︎」
なすすべもなく数が減っていく。いや、厳密には、その状況でも刺し違えるように、少しずつ削ってはいるのだが、また復活する事も目に見えている。
「やばい! 本物のドラゴンよりも厄介かも!」
焦る指揮官役。そんな彼にタワワは尋ねた。
「ヒビキにはまだ策はある?」
「ないって! 殺さずに無力化する方法が思い付かないそうです!」
即座に却ってきた答えは、それだけ、ヒビキの余裕のなさを示していた。
更に、
「そちらはありますかって聞いてますけど!」
「…………」
分身越しに問われた質問にタワワは押し黙った。
実のところ、この状況を打破する方法が全く思い付かない訳じゃない。これまで実際に矛を交え、また、ヒビキとの戦いを観察していた結果、少なくとも可能性は見出している。
だが、その手段には危険が伴う。
タワワが迷う内に状況が変化した。
ヒビキの軍勢と戦っていたドラゴンが、ぐるりと向きを変えて走り出した。
「えっ?」
「逃げた?」
包囲網の薄いところを突き破って、そのまま去ろうとするドラゴン。
ドラゴンの形をしているがドラゴンそのものではない為か、ちょっとその行動が読めない。
少なくとも、動きや体内を駆け巡っている精霊の力に衰えはないから、逃走というよりは放り投げたんじゃないかとも思う。ヒビキの分身は厄介だと言ったが、いつまでも数が減らないヒビキの軍勢もドラゴンにすれば厄介だろう。
何にせよ、このまま行かせる訳には行かない。
「迷ってる場合じゃないか……」
小さな呟きと共に覚悟を決めた。
タワワはドラゴンとの間にある距離を『縮地』を使い、3秒とかからずに詰め寄り、そして、
「はっ」
短い呼気と共に、剣を媒介に作り出した光の大剣を振り回した。
スキル『天剣』
顕現に多大な体力と集中力が要求されるが、「天剣に斬れぬものなし」古の詩人からそう詠われた威力は確かで、先程、ヒビキの軍勢に砕かれた前足を、――その巨大な岩の塊を一瞬の停滞もなく斬り裂いた。
そこにナナルーがいない事は、さっき確認している。
「おお! かっけー!」
ヒビキの分身はそう称賛したが、大して効果的とも思えない。事実、再びドラゴンの足の切断面から炎が噴き出した。
きっとまた再生する。
――でも、時間は稼げた。
一度、下がって、近くにいた分身に告げる。
「ヒビキに伝えて欲しい。今の内に包囲してと、それから、時間を稼いで欲しい」
「何か策があります?」
その問いかけにこくりと頷いた。
「そうですか…………あ、隊長から『任せろ、たわわちゃん!』だそうです。それと副隊長からも『ナナルーをお願いします』と」
「わかった」
「それで、どれ位の時間を稼げば? 隊長からは100秒でも200秒でも、幾らでも稼いでやるそうですけど」
この分身の問いかけに、タワワは若干躊躇したが、正直に答えた。
「……20分」
「はあ⁉︎」
ヒビキの分身は目を丸くした。その表情が、え? 何言ってんだ? そう言っている。
まあ、そんな目で見られるのも仕方がない。よほどの大魔法でも、3分以上かかるような代物など、まずない。
「えっ、20分⁉︎ 2分じゃなくて、20分⁉︎」
「…………うん」
「いったい、何するんですか?」
「精霊召喚、雷の精霊を使って、あの巨体を一気に削りきる」
「精霊召喚……つーと、あの『冬景色』のリーダーが使ってた奴ですよね? でもナディアさん、多分20秒位で召喚してましたよ?」
「ごめん。今の私にあの人の真似は不可能。精霊を扱うのが苦手で、どうしても、それだけの時間は必要なの」
タワワが自分の未熟を正直に告げると、ヒビキの分身は慌てた。
「いや、責めてるわけじゃないっつーか……あっ、隊長からタワワさんに伝言なんすけど、俺の分身がごめん! そりゃ、流石のたわわちゃんでも、苦手分野位はあるよね。でも、そんな所もチャーミングだから! 悪いのは、全て、そこの気の利かない分身だから……って、隊長! 全部、俺に押し付ける気ですか⁉︎ トカゲの尻尾切りですか⁉︎ 俺の不始末は隊長の不始末でしょうが⁉︎」
途中から、ヒビキ本人と分身の言い争いになったが、別にタワワは気にしていない。
それよりも、
「そんなことどうでもいいから、早く準備して」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おりゃああ! いっけーええ!」
数多の兵隊達が、十重二十重にドラゴンを取り囲んで攻め立てていた。息つく間もない波状攻撃がドラゴンの岩肌を削っていく。
しかし、ドラゴンも負けてはいない。その爪と尻尾とブレスが猛威を振るう。
補充が効くヒビキの軍勢と、再生する岩ドラゴンの戦いは奇妙に拮抗していて、どちらが優勢とも言えずに20分が過ぎた。
そんな戦場を、後ろから眺めつつ準備を整えていたタワワは、小さく呟いた。
「そろそろかな大丈夫かな……始める」
絶対に大丈夫だという確信はない。が、やれるだけの事はやった。意を決して、タワワは『精霊召喚』を始めた。
「来て、テェルネ」
その小さく短かい言葉に、雷を司る精霊は即座に答えた。自分の中で自分ではない存在と繋がった事が分かる。
その召喚速度は、この前見た『冬景色』のリーダーより、なお速い。
ヒビキには苦手と告げたし、それは嘘ではないが、むしろ霊力の扱い自体はタワワの最も得意とする所だ。もし、自分に天賦の才があるというなら、それは剣の腕でも魔法の腕でもなく、霊力の扱い方だろうと思うぐらいに。
今も、自分の体を少し精霊に近づけることで、自分の中に精霊なんて力の塊が入り込んでいるのに、一切の軋轢を起こさず、消耗もない。
では何故、20分なんて馬鹿馬鹿しい時間が必要だったのかと言うと……。
『あーあ……折角、呼ばれて来たのに、全然歓迎されてないなー』
自分の内側から声が響いた。雷の精霊、テェルネだ。
その声音は、つまらなそうにふてくされている。
同時に凄まじいまでの敵意がタワワの内面で膨れ上がった。
「くっ……!」
一瞬、気が遠くなったが、辛うじて精神の均衡を保った。
そのまま、精霊の使役に移行したが、当の雷精は不機嫌なままだ。
『貴女の中、まるで牢屋じゃない? 息苦しくて嫌になるんだけど? それに敵はブサイクな岩の塊だし……つまんないから帰っちゃおうかなー』
「馬鹿な事を言わないで、力を貸して」
『嫌だって言っても力ずくで従わせるくせに……貴女の中に、私を自由にさせる気なんて欠片もないじゃない』
「当たり前。貴女を自由になんて出来ない」
その言葉に、更に雷精の敵意が更に高まった。
その敵意を受け止めながら、タワワはため息をついた。
契約している精霊と協力出来ない。それが、タワワが精霊召喚に手こずる理由だ。先程テェルネが、タワワの中をまるで牢屋だと言ったが、実際、その通りだ。テェルネを抑え込む為に20分という時間をかけて牢獄を用意した。
それくらい用心しなければ、この怒れる精霊は到底扱えるものじゃない。
一歩間違えれば、とんでもない被害を周囲に与える。そんな確信があった。
心が繋がっているから分かる。初めて呼び出した時から、この精霊は怒りと憎しみが渦巻いている。いっそ邪神という呼称がふさわしいぐらいに。
タワワは、ともすれば雷精の憎悪に飲み込まれそうになる自分を律して、準備を整えた。
そして、近くの分身に声をかけた。
「ヒビキ、ドラゴンの周りから兵を引かせて。このままだと、巻き添えになる」
「了解!」
タワワの要請は即座に叶えられた。ドラゴンの周囲を群がっていた分身たちが、一斉に離れていく。
それにタイミングを合わせて、ライトニングスピアを放った。
狙いは、幾度となく破壊した前足だ。まずは動きを止める。
雷光が弾け、ジュワッという音がした。
駆け出しの冒険者でも扱える雷槍は、しかし、雷精の力を加えることで無双の槍と化し、ドラゴンの足をいとも容易く貫いた。傷口がその電熱でドロリと溶ける。
ドラゴンはかん高い悲鳴をあげつつも、再び、再生を繰り返そうとしたが、タワワの追撃の方が速かった。
「雷雨散々」
ドラゴンの上空に電流が集まり、雨のように降り注いだ。
迎撃も回避も、一切の抵抗を許さない無慈悲な雨は、その一雫が当たるたびに、ピキピキと岩の体を砕いていく。
時折、ドラゴンのその体から炎が吹き出るが、それすらも、雷が当たると霧散する。
「うわ、おっかね! 超スゲー!」
「やべー、俺も精霊とか使ってみたいんだけど!」
見物に回ったヒビキの分身たちが、思い思いに称賛の声を投げかけてくるが、雷精の制御に一杯一杯のタワワに、返事を返す余裕はなかった。
『……全く、ちまちまと……どかーんと派手にやればいいのに、つまんないの』
「ドラゴンを倒すことよりも、ナナルーを助けることが優先」
『はいはい、全くもってあんたはいい子ちゃんですねー』
自由にならないことを愚痴る雷精だが、唐突に切り口を変えてきた。
『ねえ? 私とあんたが協力すれば敵はいない。立ち塞がる全ての敵をなぎ払える。きっと神だってねじ伏せられる。私を受け入れてくれれば、世界を思うがままにできるんだよ?』
その言葉にタワワは苦笑した。まるで三文芝居の悪役のセリフだ。その言葉に頷く馬鹿はいない。
例え、それが本当のことだったとしてもだ……。
今の押さえつけ、縛りつけた状態ですら、これだけの力を発揮するのだ。
もし普通に扱えるなら……この怒れる精霊と手と手を取り合うことができるのならば、その時は全てを上回る自信はある。例え、ドラゴンだろうと、ヒビキの軍勢だろうとカテュハだろうと、敵じゃない。そう思う。
だが、今の自分とテェルネが手を取り合うことなど到底、不可能だ。
「テェルネ……貴女は、何がそんなに憎いの? 私? それとも人間そのもの?」
手を取り合う為に、一歩、踏み出してみた。
『……別に人間が憎い訳じゃないわ。だから安心して私の力を解放しなさいな』
「……ごめん」
嘘ではないと感じた。でも信用することも出来なかった。
『ふんだ!』
タワワの謝罪に、テェルネは拗ねたようだ。ますますと二人の溝が深まっていく。
そして、テェルネの力を制御しきれず、今迄、ドラゴンだけに降り注いでいた雷の雨が、所構わず降り注いで、ドラゴンを遠巻きに取り囲んでいたヒビキの分身たちに襲いかかった。
「ひゃびびびびっ!」
「ほげええええっ⁉︎」
一撃一撃は大した威力ではないが、数が数だし、意表を突かれたこもあったか、取り囲んでいた分身たちは全員、地面に倒れ伏した。死んではいない様だが、でも正に死屍累々といった有様だ。
「お姫様⁉︎」
「……ごめん、失敗した」
問いかけに、短く謝ると、改めてテェルネと向き合った。今は、ナナルーを助けることに集中しよう。
『あっははははっ! 味方をなぎ払うなんて、面白いわ!』
先程までと一転、上機嫌になったテェルネがからかってくるが、相手にせず、ドラゴンを削ることだけに集中する。
すでに、ドラゴンはその形を保っていない。頭も尻尾も砕け散っている。
そして、半壊している胴体の真ん中に、人が一人埋まっていた。ナナルーだ。
「見つけた!」
雷の雨を降らせるのを止め、ナナルーの所まで跳んだ。
「まだ、生きてる」
近くでみると、ナナルーは生きていた。
そして、その左腕に元凶とも呼べるドラゴンの魔石がはめ込まれた小手が装備されていた。
今も、莫大な霊力が小手から溢れ出してきている。
どうしよう? と迷ったのは一瞬だった。
――こんなものは壊した方がいい。
剣を抜き、剣士の基本技、スラッシュを繰り出した。
パキッ……と、かん高い金属音がして、小手と魔石が二つに割れたがナナルーの腕に一筋の傷もない。
そして、小手が壊れると同時に、周囲の霊力も薄れていく。
終わった。そう判断したタワワはテェルネを送り返した。流石に限界が近かった。
『また、今度ね』
去り際、そう言い残したが、最後の最後までテェルネの怒りが解けることはなかった。
「また、今度……か」
その時に、タワワはテェルネと協力することができるのだろうか?
無理っぽい。そう思って暗澹としたが、首振り一つで気分を切り替え、瓦礫の中からナナルーを掘り出した。
抱え上げたナナルーは、タワワの見る限り怪我も憔悴もしていなかった。
それどころか、
「うへへっ、私が最強だー……」
どんな夢を見ているのか、呑気なものだ。
いっそ、ほっぺたでも抓って叩き起こしてやろうかと、真面目に検討をしていたら、遅れて、ヒビキの分身がやって来た。
「終わった? ナナルーは大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「そっか、それは良かった……じゃあ、とりあえず帰ろうか?」
ヒビキのその提案にタワワは頷いた。
「うん……流石に疲れた」




