06:マンガ肉の作り方
「ララノーラ様、お待ちしておりました!」
マンガ肉を作る許可をもらったララノーラは、調理場を訪れていた。
装飾の少ないドレスを着て、髪をしっかりまとめて。
準備はバッチリである。
「料理長、わがままを言ってごめんなさいね」
「とんでもございません。ララノーラ様が購入した肉はこちらです」
いくつもの肉の塊が、調理場に並んでいる。
ララノーラはその中で一番大きな肉を指差した。
「これはボアだったかしら?」
「はい。そちらはダンジョン産のレッドボアですね」
鮮やかな赤身の間に、美しくきめ細かなサシが入った、見事な霜降りの肉。
何店も肉を扱う店を回り、見つけた最上級の肉だ。
その肉から力強く左右に出ている骨も、実にいい。
まさしく、「マンガ肉!」という最高のフォルムである。
問題は少し大きすぎることだ。
片手で持つには、少し厳しい。
しかし、頑張れば持てなくもないくらいの大きさだ。
ララノーラは肉屋でこの肉を何度も持ってみて、こう結論付けた。
――焼けば肉の中の油とか水分も減りそうだし、ちょうどいいかもしれない。
多少、腕がフルフルしようが、頑張れば持てるだろう。
何より、大きな肉はかっこいい!
ララノーラは、この肉を人生で初めてのマンガ肉に選んだ。
「ふん、ふふ、ふん、ふ、ふーん……」
肉を見ながら焼きあがったマンガ肉を想像するだけで、ララノーラの心は弾む。
彼女は無意識に鼻歌を歌っていた。
その声色や表情から、どれだけ楽しみにしているのかが、ありありと伝わってくる。
そんなララノーラを見て、調理場にいる者は微笑ましげに目を細めた。
ついでに、俄然やる気になった。
──お嬢様に最高の料理を!
彼らの心はひとつになった。
その中でもとりわけ気合いの入った料理長は、腕まくりをしながらララノーラに尋ねた。
「ララノーラ様。『マンガニク』という料理をお望みとうかがいましたが……それは、どのような料理でしょうか?」
彼はララノーラがマンガニクという料理を食べたいと言いだした日から、必死に調べた。
屋敷の書物や、料理人仲間や、あらゆる伝手を使って、必死に調べた。
しかし、マンガニクという料理の手がかりは、ひとつも見つからなかったのだ。
『肉を焼いたステーキみたいな料理だそうだ』
料理長が知っているのは、バルトロからもたらされたこの情報だけである。
本来なら、完璧な準備をして臨みたい。
半年も眠っていたララノーラのために、最高の料理を作りたい。
それが彼の知られざる本心である。
しかし、ララノーラは待ちきれなかった。
一日でも早く、食べたかった。
本音をいうと、自らの手でマンガ肉を作りたかった。
さすがに公爵令嬢がいきなり料理を始めるのは、な。
調理場の人も困ってしまうだろう、な。
家族も驚くだろう、な。
などと、貴族女性としてのララノーラがストップをかけたことで、思いとどまったにすぎない。
そんなわけで、今日は見るだけで我慢である。
『中まで火が入るように、肉を焼いて欲しい』
そんなララノーラのざっくりとしたオーダーに、料理長は困惑した。
「……承知いたしました。あの、味付けは?」
戸惑った表情の料理長を見つめながら、ララノーラは首を傾げる。
──味付け?
ララノーラは口をポカンと開けたまま、考えた。
──えっ? マンガ肉の味付けってなんだろう? なんか、焚火とかでグワッと焼いていることしか知らないわ。
前世の記憶を総動員する。
しかし、味付けに関する知識はひとつも無い。
──ああ……こんな時、スマホがあれば一発で解決するのに……。
いくつかの言葉を入力するだけで、たいていのことがわかってしまう。あれは、もはや神器といっても過言ではないだろう。
出来ることならば、転生特典とかチートスキルとかで、スマホかインターネットが欲しかった。
そんなことを思いつつも、無いものは無いのだ。
自分の中にある知識で、答えを見つけるしかない。
「えっと、……塩と胡椒で」
色々考えた結果、ララノーラは伝家の宝刀を取り出した。
塩+胡椒。
この二つをかけて焼けば、たいていの物は美味しい。
これすなわち、宇宙の真理なり、である。
「塩と胡椒ですか……、他には?」
料理長は思った。
それって、本当にただのステーキじゃないか、と。
サイズだけはあれだが、ただのステーキだな、と。
「今回は要らないわ。シンプルに肉そのものの味を感じたいの」
ララノーラは適当なことを言った。
前世にテレビかなにかでセレブが言っていた言葉を、そのまま引用した。
通っぽい雰囲気で、落ち着いた感じで。
「そのものの味わい……、なるほど」
料理長はさっぱりわからなかった。
どう考えても「それって大きなステーキだよね?」「こんなに大きな肉で作る意味ある?」などと。
様々な疑問は浮かんだが、主が食べたいと望むのならば全力で答えよう。
そう、彼は結論付けた。
なにより、あれだ。
──こんなにお嬢様が楽しみにしてらっしゃるんだ。
ララノーラの瞳は爛々と輝いていた。
楽しみさを隠すことなく、輝いていた。
子供のように輝いていた。
ここまで料理を楽しみにしてくれている。
そんな人間に料理を振る舞えるのは、料理人の誉れだろう。
彼は心のうちを燃やすように、やる気をみなぎらせる。
そんな彼を見ていた調理場の面々の気合いも、自然と高まっていく。
今、この調理場の一同の心は、全員同じ方向へ向かっていた。
──お嬢様に最高のマンガニクを!
そんな彼らの心も知らず、ララノーラは考えていた。
──アニメとかだと焚火でワイルドに焼いているけど、この肉の大きさだと焦げるわよね? やっぱり……じっくりことこと、低温調理かしら?
前世では、専用の調理器具ができるほど低温調理が流行したことがあった。
社会人になってすぐに自炊なんてものとは早々に縁を断ち切ったので、低温調理の素晴らしさは未履修である。
何がすごいのか、普通の調理と何が違うのか、全く理解していない。
しかし、低温調理でローストビーフを作る動画を見た記憶がうっすらとある。
何がいいのかは正直わからないが、たぶん「低温+調理」は美味しくなる魔法なのだろう。
──えっと、確か……。焼いてから、袋かなんかに入れて、お湯にポーンと入れて、放置……だったような。あれ? 焼くのは最後だったかしら?
彼女はうっすらと覚えている動画を思い出しながら、指示を出していく。
中まで火が入るように、弱火で、じっくり、時間をかけて焼いて、と。
そんな彼女の曖昧な指示にも関わらず、料理長は丁寧に肉を焼いていく。
オーブンの火力を調整し、時折、肉から出てきた油を肉にかけ。
丁寧に、丁寧に、焼いていく。
ララノーラはオーブンの前を陣取り、肉が焼ける様子を嬉しそうに見ていた。
「ララノーラ様、そろそろ移動しましょう」
もう少しでできあがり、というところで、ルーカスから声がかかった。
ララノーラは、後ろ髪を引かれる思いで調理場を後にする。
本音は、仕上がる瞬間を目にしたい。
その場で、かっこよくマンガ肉を掲げたい。
ワイルドにガブリと食べたい。
しかし、公爵令嬢でもある彼女にそれは叶わない。
さすがに、調理場でワイルドにディナーを食べるのは許されないのだ。
そんなわけで、仕方なく。
断腸の思いで、調理場を後にした。
貴族令嬢であるララノーラは、本来だったら食事の前にドレスも着替えなければならない。
しかし、ララノーラがあまりにも熱心に肉が焼ける様子を見ていたので、周りは目配せして頷きあった。
今日はこのままでよくない? と。
自室での食事なので、多少の無作法は許されるだろう、と。
ギリギリまで肉が焼けるのを見せてあげたい、と。
ララノーラは花の香りや香水ではなく、肉の焼ける香りを全身にまとって意気揚々と自室に向かっている。
もう少しで部屋に着く、というところでルーカスは彼女に声をかけた。
「ララノーラ様。移動の途中で申し訳ございませんが、こちらで失礼します」
立ち止まったララノーラの前に、ルーカスは立った。
魔力を練り上げて右手をララノーラにかざすと、ルーカスは魔法を発動した。
「【洗浄】」
彼の魔法を浴びた彼女の体からは、キラキラした光とともに肉の香りも消えていく。
光が消え去った後には、見た目も香りも完璧な、どこへ出しても恥ずかしくない公爵令嬢が立っていた。
一同は満足げに頷き合う。
そして、彼らは歩きだした。
夕食の会場である、彼女の自室へと向かって──。




