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オタク令嬢はとにかくやりたい  作者: 碧井ウタ


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3/10

03:神の遊戯がもたらしたもの

本日、ラストの投稿です(3/3)

 ララノーラが目覚めてから、しばらく経ったある日。


「ララ、少しいいかな?」


 部屋でのんびりと本を読んでいたララノーラの元に、父のバルトロがやってきた。

 父の姿を見るなり笑みを浮かべたララノーラは、パタリと本を閉じる。


「体の調子はどうだい? もう、庭を歩いているんだって?」


 目覚めたばかりの頃。

 体力のすっかり落ちていたララノーラは、部屋を歩くこともままならなかった。

 それが、ゆっくりとだが、庭を歩けるほどまでに回復している。

 ここ最近は、弟のロベルトと一緒に庭を散歩するのが午前中の日課だ。


「ええ、今日もロベルトと一緒に庭を散歩しました」

「そうか……よかった」


 嬉しそうに笑ったバルトロの前に、お茶が出された。

 香り高いお茶をひと口飲んだバルトロは、テーブルの上に飾られた花へ視線を向ける。


「これは、もしかしてロベルトかい?」

「ええ。今日はこの赤い花を贈ってくれました」


 ララノーラは柔らかい笑みを浮かべながら、テーブルの上の一輪の赤い花を愛しそうに触れた。


 ララノーラが目覚めてから、毎日。

 ロベルトは庭や温室で花を選んで届けてくれているのだ。


 最初の頃は、両手いっぱいの花を届けてくれていたのだが、あっという間に部屋が花だらけになってしまい、最近は一輪ずつとなった。


 ララノーラは弟からの贈り物で溢れた部屋を嬉しそうに見渡し、愛情いっぱいの花の香りを吸い込んだ。




 二杯目のお茶が出されたタイミングで、バルトロは部屋にいた者に席を外すように指示を出した。

 パタンと音を立ててドアが閉じ、部屋に二人きりになると同時に、バルトロはララノーラの瞳を見つめた。


「ララ、今日は大切な話があるんだ」


 さっきまでの楽しげに喋っていた時とは、まるで違う。

 少し眉を下げて、力なく笑う父の顔を見て、ララノーラは察した。


 ……あまり良い話ではないことを。


 彼女は背筋を正して、まっすぐに父と向き合う。


「どこから話そうかな……、まずは一番大切なことを言わなければいけないね。ララが眠っている間に、殿下との婚約は白紙に戻すことになったよ」


 公に発表はしていなかったが、ララノーラはこの国の王太子との婚約が決まっていた。

 ララノーラに何もなければ、彼女が学園を卒業する日に二人の婚約を発表する予定だったのだ。


「そう、ですか……」


 予感はあった。

 目覚めてから、一度も。

 不自然なほどに、誰からも婚約者の話が出なかったから。


 それに、自分の身体のことだから……わかってしまう。


「魔力ですか?」


 取り乱すこともなく冷静に問いかけたララノーラを見て、バルトロの顔が苦しげにゆがむ。


「……ああ。神の遊戯の後、ララの魔力が日増しに増えていってね、殿下とは釣り合いが取れなくなってしまったんだ」


 父の言葉を聞いて、ララノーラの顔には納得の色が浮かんだ。


 この世界に存在するほとんどのものは、魔力というものを持っている。


 人間も、動物も、植物も。

 水も、土も、石も。


 そして、子孫を残す生物は、魔力の釣り合いが取れないと子ができないのだ。



 未来の王となる王太子は、膨大な魔力を持って生まれてきた。

 それは、ソラリス王国の長い歴史の中でも、一番ではないかと言われるほどであった。


 そんな彼の婚約者選びは、難しいものになることが予想された。

 過去の数百年ほどを遡っても、彼の魔力と釣り合う女性は一人もいなかったからだ。


 王族として、子を残すことは責務のようなもの。

 王と王妃は我が子の行く末を案じていた。


 ただ、幸運なことに……王太子が生まれてから数年の間に、何名もの魔力の多い女の子が相次いで生まれた。

 ララノーラもその中のひとりだった。


 そして、王太子が十歳となった時。

 彼の婚約者選びが本格的に始まった。


 そこで婚約者候補に選ばれたのは、ララノーラを含めて三人。

 この三人は定期的に王宮に通い、未来の王妃になるための厳しい教育を受けることになった。


 国内外の様々なことを学び。

 王族にふさわしい振る舞いを学び。

 魔法を学び。


 王太子が春に二十歳となった日。

 ララノーラが彼の婚約者に選ばれた。


 王妃としての資質や、当人同士の相性。

 国内での派閥の力なども、もちろん加味されたが……一番の理由は、三人の中でララノーラが最も魔力量が多かったことだ。


 親の魔力量は子供に遺伝するため、王族を始めとした貴族は配偶者に魔力が多い者を望む傾向がある。

 国や家の繁栄のために、少しでも優秀な子孫を残したいという思想がしみついているからだ。


 周辺国との関係も良好で、平和な現代だが。

 ひとたび、争いが起これば、魔力が多い者が使える強大な魔法が戦果を分ける。

 太古の昔、国々が激しく争っていた頃は、魔力の多い者を有した国が栄えていったのだ。


 強い権力を持つ者たちが魔力の多い者を求めるのは、その時代からの名残りといえよう。




「お父様。申し……」

「ララ!」


 ララノーラが言おうとした謝罪の言葉を止めるように、バルトロは強い声で彼女の名を呼び、首を横に振った。

 彼は座っていた席から彼女の隣に移動して……瞳を揺らす娘の頬を撫で、そっと抱きしめる。


「ララが目覚めてくれただけで、私たちはこんなに幸せなのに……謝罪の言葉なんて、そんな寂しいことを言わないでおくれ」


 大きな優しい手にゆっくりと髪を撫でられながら、ララノーラは瞳を閉じる。


 七歳の時に王太子の婚約者候補となってから、十年。

 長い日々だった。


 通常であれば、婚約者選びに十年もの時間を有することはない。

 今回は本当に特殊なケースだった。

 成長に合わせて体が大きくなるように、成長期には魔力が大きく増えることがある。


 早い段階で婚約者を決めても、成長次第では二人の魔力の釣り合いが取れなくなる可能性がある。


 王太子の魔力が、どれだけ成長するかも。

 婚約者候補たちの魔力が、どれだけ成長するかも。


 誰も予想することができなかったのだ。


 もちろん、王太子がある程度の年齢になってから、婚約者を探すことも検討されたが、それは現実的ではなかった。


 王家に嫁ぎ、未来の王妃となる。

 そのためには、多くのことを学ぶ必要がある。


 それを、ほんの数年で身につけるのは至難の業であろう。




 十年。それだけの長い期間。

 王宮での教育だけではなく、エヴァンズ家でも一流の教師を招いての様々な教育が施された。


 お茶会やパーティーなどに出席する際のドレスや装飾品も、公爵令嬢としてのものより一ランク上の、王族の婚約者候補としてふさわしいものを身につけた。


 王家からも補填はあったが、エヴァンズ家も少なくない費用を費やしている。


 その莫大な費用も。

 家名を背負って、未来の王妃となるべく努力した日々も。

 全て、無駄になってしまった。


 そして、もうひとつ。

 国内で最も魔力量の多かった王太子。

 その彼よりも多い魔力量を得て、子を成せないほどになってしまった、今。

 ララノーラと釣り合う魔力を持つ貴族男性は、この国に一人もいないだろう。


 子を成すことを望めないララノーラの結婚は、難しいものになってしまった。


 貴族女性にとって、家と家を繋ぐ結婚は、いわば義務のようなもの。

 膨大な費用をかけて育ててもらったのにもかかわらず、ララノーラは貴族女性としての価値を失ってしまったのだ。




「はぁ……」


 その日の夜。

 ララノーラはベッドに横になりながら、考えていた。


 結婚や出産という……貴族女性としての義務が果たせない自分は、これからどうすればいいのだろう。


 そんなことを考えながら、自分の体内に意識を向ける。

 魔力の扱いを学んだ者は、自分の体の中の魔力の動きがわかる。


 グルグルと、血液のように体中を巡る魔力。

 それは、目覚める前のララノーラとは比べものにならないほど、多い。


「神の遊戯、か……」


 神の遊戯が発生した時に空から降ってくる光を浴びた者が、何かを得る。


 そのことは、子供の頃から当たり前のように知っていた。

 それが、まさか自分の身に起きるとは……。


「それに、魔力だけじゃないし……」


 実は、ララノーラは誰にも話していないことがある。

 彼女は神の遊戯に遭遇したことで、魔力の他に「もうひとつ」手に入れたものがある。


 それは……前世の記憶だ。


 ララノーラは長い長い眠りの中で、まるで映画でも見るかのように、一人の女性の人生を経験していた。

 日本という国の女性。及川(おいかわ) 小春(こはる)の人生を。


 IT企業で勤めていた小春は、就職してからは仕事漬けの日々だった。

 ほぼ毎日のように残業し、帰宅は終電間際。


 トラブルが発生すれば、休日出勤や会社に泊まり込みもザラという生活だった。


 そんな疲れた彼女を癒したのは、子供の頃から大好きな漫画やアニメ。

 休日は泥のように眠るか、漫画を読んだり、溜まった録画を見たりすることに費やした。


 小春の最後の記憶は、「絶対、休む」「絶対、休む」と呪詛(じゅそ)を唱えるように呟きながら、深夜の会社で必死にキーボードを叩いている自分だ。

 奇跡的に当選した大好きなアニメのイベント前日に、トラブルが発生するという、悪夢のような地獄の中で……。


 それ以降の記憶は一切ないので、恐らくそこで生を終えたのだろう。


家族(みんな)を泣かせちゃっただろうな……」


 目覚めるまでははっきりと覚えていたはずなのに、なぜか(もや)がかかっているかのように、前世の家族の顔が思い出せない。

 それでもいくつかの温かい思い出が脳裏を巡り、胸が締めつけられる。


 だからこそ、というべきか。

 今世の家族を大切にしたいのに、貴族女性としての価値を失ってしまった自分の存在がもどかしい。


『これからのことは、ゆっくり考えればいい』

『ずっと家にいてくれてもいいんだよ』

『何かやりたいことを探してみたらどうだい』

『ララが元気でいてくれるだけで、幸せなんだよ』


 父に言われた言葉たちが、ララノーラの脳内で流れる。


「お父様は、好きに生きていいと言ってくれたけど……」


 変わらずに愛情を向けてくれる両親や家族の存在に感謝しつつも、ララノーラはこれからどう生きるかを考えていた。

明日からはお昼頃に毎日1話の更新を予定しています。

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