第68話:拠点誕生
BWOの経済はインフレ傾向にある。多分、大抵のMMOがそうなる。
貨幣であるギニーはNPCのクエスト攻略やモンスターからの採取品を売却することで生産される。
いわゆる店売りアイテムの存在によって多少はNPCに回収されるわけだけど、圧倒的に生産量が多い。
その上、今はプレイヤー同士がクラフト品を売買できるマーケットがシステム的に稼働している。
市場に供給され続けるギニー、旺盛な需要によって売買されるマーケットのクラフト作成商品。特に、見た目を整えるAP装備は大人気で、毎日どころか数時間で倍額になる商品もあるほどだという。
当然、ゲーム内全体の通貨は増え続けるのでインフレしてしまう。これはどのMMOでもある程度は発生してしまう局面だろう。
そしてBWOの場合、儲けているのは誰かということになる。
大きく分けて二種類だ。
マーケットの価格リストを日々血眼になって精査して売買してる商売人。
あるいは良質なオリジナル作品を供給できるクラフト重視のプレイヤー。
カモグンさんは後者である。つまり、ゲーム内金持ち。伊達にクラフトばかりしていたわけじゃないというわけだ。ちなみにメイン商材は「学校」関係。需要があるらしい。
解放されたハウジングエリアは広大な自然フィールドだった。
天井は大空洞のものだが、山あり谷あり平地ありの大自然。その中の好きな場所に家を作ってね、という仕様だ。モンスターが湧くことなく、PvPも禁止されているとのこと。また、土地を購入して家を建てると、プライベートモードが使用可能になる。
カモグンさんは近くに滝のある山中の土地をかなり広めに買い占めていた。
作られていたのは滝が見える平地近くの、石造りの城みたいな屋敷。なんでも、ヨーロッパのアルプスにあるホテルなどを参考にしたらしい。重厚さとお洒落さが共存した建築で、周囲のロケーションにも馴染んでいる。
「また凝ったもの建てましたね」
「作った家具とか建築データが思ったより高く売れたんだ。まあ、実は外観をざっくり作っただけのハリボテなんだけどね」
「……他の部屋は何もない空間だった」
薪の爆ぜる暖炉、柔らかな絨毯。高級感の漂うソファー、なぜか置かれた炬燵。そんな一室で俺達はくつろいでいた。ちなみに全員炬燵に入っている。
「じゃあ、細かい所はこれからってことですね」
「うむ。んで、ギルド名は決めてきたか、二人とも? そうしたらここをギルドハウスに指定できるんだが」
ギルドハウスに指定すると、ここに直接帰還できるアイテムをもらえる。また、ファストトラベル機能なども実装予定だそうだ。非常に有用なので、是非使わせてもらいたい。
しかし……、
「……まだ思いつかない」
「いざとなると難しくて」
「やはりか……」
俺達はこういう名前を決めるのが苦手だった。いっそ、『ゴシックPを許さない』にでもしようかと思ったんだけど、ギルド名を見る度にあいつのことを思い出すのは健康に良くないので嫌だ。
「ゴシックPの名前は入れたくないんだよな」
「……わかる」
「ですよね」
「適当な名前ジェネレーターで候補を出して決めちゃおうかね、いっそ」
「それがいいかもしれないですねぇ」
「……そうだね」
あんまりその辺にこだわりがない三人なので、ランダムの世界に賭けてみようかという話になりかけた時だった。
「どうも、こんにちは! 新築おめでとうございます! 呼ばれて来ました!」
フィーカが元気よく室内に入ってきた。いつもの格好に、手には黄色い胡蝶蘭の鉢植えがある。……わざわざ用意したのか。
「カモグンさん。こちら、新築祝いの贈り物になります。ささ、どうぞ」
「これはどうも。ご丁寧に」
しっかり「新築祝」と書かれた立札の刺さった鉢植えを受け取るカモグンさん。意外にも嬉しそうだ。
「……新築祝い、用意すべきだった?」
「これはしくじりましたかね」
「ふふふ。意外な社会性を見せつけてしまいましたねぇ。いやー、立派な建物に良い立地。素晴らしいですね! 欧州のアルプスなどにあるホテル風ですか?」
「そうそう、そのイメージ。頑張ったよ」
建物のモデルまで言い当ててカモグンさんの機嫌がどんどん良くなっていく。ひと目でわかったのか、実はいいとこの子なのか?
「お、こんなところでロッキングチェアが。では、暖炉の前に失礼。いやー、最高ですなぁ」
部屋の隅の置かれたロッキングチェアを動かして暖炉の前を確保。ご満悦だ。見た目が良いから不思議と絵になるな。
「ところで皆さん、ログイン前にネットをチェックしたのですが。公式からゴシックPらしいコメントが出てましたよ」
「なんだと」
カモグンさんが即座に複数のウインドウを展開。室内に一瞬青い走査線が走り、巨大なスクリーンが現れた。
プライベートモードのブラウジングだ。脳波操作によって凄い勢いで画面が切り替わり、該当記事にたどり着く。
記事は動画ではなく、文字のニュースだった。『スタート好調! ビヨンド・ワールド・オンライン。スタッフに聞く!』というインタビュー記事。
俺達は無言で目を皿にして読み込んでいく。目に止まったのはBWOプロデューサーへのインタビュー。ゴシックPとは別人だ。奴はあだ名でプロデューサー呼ばわりされているけど、実は別の役職なのがややこしい。
とにかく、その後半が問題だった。
記者:オープン記念の大規模イベントも大盛況だったそうですが、運営としての感触はどうだったのでしょうか?
P:いや、あれはプレイヤー側完全勝利の判定でして。我々としては想定以上にやられてしまった形です。初のイベントなので幅広いプレイヤーに参加できる調整だったのは確かでしたが、正直甘くみていました。
記者:予定ではここまで勝たせるつもりはなかったと?
P:はい。モリス・ルクス。プレイヤー達の拠点に多少は被害が出るつもりでした。プレイヤーがこちらの想定を越えてきたのは嬉しい悲鳴ですね。
記者:悲鳴(笑)。
P:実際にイベントのメインスタッフは悲鳴をあげてましたね(笑)。その後、なんか体調悪そうだなと思って聞いてみたら、やけ酒してたとか。完全勝利まで譲るつもりはなかったみたいです。
記者:面白い方ですね。もしかして、フォントのことで有名な方ですか?
P:そこはノーコメントで(笑)。本人は次の仕込みをバリバリ準備しています。上司としては体調管理に気をつけて欲しいですけど。
記者:健康的なゲーム作りは大事ですよね。
P:これでもVRオフィスになってから大分楽になったんですがねぇ。某担当者のみならず、スタッフ一同、気合を入れた仕掛けを準備していますのでご期待ください。
記者:私もプレイヤーとして楽しみにしています。
P:そうだ。イベント担当者から伝言があったんだ。駄目だったらここはカットしてください。
記者:なんでしょう?
P:「次はこうはいかない。おぼえてろ」だそうです。これ、載るのかな?
記者:(笑)いつかインタビューしたいですね。
こうして記事は閉じられていた。良かったなゴシックP。しっかり掲載されてたぜ、お前の負け惜しみ。
俺達は何度も文章を読んで、心のなかで反芻して、深く頷いた。
「やりましたね」
「……頑張って良かった」
「爽やかな気分だ」
ゴシックPは以前も時々、こうしてインタビューなどで勝利宣言やら敗北宣言をしていた。今回もやってくれて本当に助かる。俺の精神的に。実際、VRデバイスが拾うバイタルが「限りなく良好」を示しているほどだ。
「三人とも、見たことないくらい穏やかな顔をしていますね。あ、コサヤ様の笑顔、貴重なんでチェキいいですか?」
「……ダメ」
真顔になって拒否するコサヤさん。膝から崩れ落ちるフィーカ。いつもの光景に戻った。
「なんか、やる気出てきましたね」
「しっかり反応があると違うな。次の仕込みとやらを楽しみにしよう」
「……奴の健康診断をボロボロにしてやる」
「さ、三人とも悪い顔をしていますね……。人の妄念とは恐ろしい」
なんかフィーカが怯えていたけど、改めて俺達の心は一つにまとまったのだった。
ちなみにギルド名は保留になりました。難しいよね、ネーミング。




