65.もしも君が生まれ変わったら
王都での平和な日常を謳歌していた、ある日。
「絶対に間違ってる! オレがこんなことになるのは、絶対にいいいいいっ!!」
アレスが罪人として王都市内を歩かされていた。
ボロボロのチュニックを着せられて、体も垢だらけ。
髪もまったく手入れを許されずに手首をロープで縛られ、馬に繋がれていた。
「すごいな……まだあんなに叫ぶ元気があるんだ」
勇者だった頃も、エネルギーだけは有り余っていた。
無駄に戦い、無駄に手柄にこだわり。
俺たちの知らないところで無駄に女性を襲い、無駄に人を殺していた。
エチカにも言ったように、哀れみや同情心はこれっぽっちも湧いてこない。
アレスに対しては最初から「仕方がない」以外の感情がなかった。
怒りもなく、哀しみもなく。
さりとて諦めるでもなく、とりあえず同じパーティにいるから最低限、仲間として扱った。
冒険者パーティならば暗黙の了解である仲間同士のルールだけを守り、どうせ聞き入れられないにしても言うべきことだけは言い、パーティが瓦解しないようにだけ務めてきた。
いるだけでいい、とカシウに言われていたからというのも大きかった。
別にアレスのことを好きになる必要はなかったし、嫌いになってエネルギーを割く必要もなかった。
どういう人物かだけを冷静に分析し、他の仲間のみんなに累が及ばないようにだけひたすら苦心してきた。
そう、その観察眼は仲間に向けるものというよりはむしろ――
「スラッドォォォォッ、てめえのせいだああああああっ!!」
目が合った。
俺のことを見つけた途端に、アレスが激昂し始める。
ディシアの話では俺の名前も覚えてないとのことだったけど、恨みをぶつける相手として名前がなくては不都合だったのだろう。
勇者パーティが解散してアレスが罪人となってから、ようやく俺はアレスの記憶に留まることを許されたらしかった。
「お前がっ、お前がぁ! お前のせいでえええええええっ!!」
何が俺のせいなんだろう。
俺をクビにしたせいで?
いや、自分に追放されるようなムカつく奴だったせいで、かな。
正直、まったくわからない。
もちろんアレスは俺のスキルや正体を知らない。
だから、俺が抜けたせいで自分が弱体化したとは夢にも思っていないはずだ。
それなのに、こうも憎しみをぶつけられるなんて……いったい、彼の頭の中はどうなっているんだろう?
「お前が! お前らが悪いんだ! 俺を売りやがって! 仲間だった癖に!」
ああ、そうなのか。
俺は、彼の頭の中では最後まで仲間だったことになっているのか。
それともお前らがと言っているから、俺以外のみんなかな。
「何いつまでも見てやがる! こっちに来やがれ! 俺に殺されろっ!!」
これだけの目に遭いながらもアレスは一切反省していない。
自分だけが正しいと心の底から信じている。
自分以外のすべてが間違っていると断じている。
凄まじい執念だ。
本当に、自己愛に関してだけは世界最高クラスだろう。
これほどエゴを剥き出しにして生きられる人間は多くないと思う。
自分のことだけ大事にするから、他人にも大事にしてもらえない。
そんな当たり前なことも、アレスには理解できないのだ。
貴族のボンボンにありがちな傾向ではあるが、彼らでも親に甘えることぐらいは覚えている。
彼には、それすらない。
俺とディシアが読んだ調書。
裁判に寄せられた記録を読んだ中でも、もっとも唾棄すべき罪。
それは成人式に行われる神殿でのスキル鑑定の結果が出たときに、それまで普通に愛情を注いでくれていたはずの両親をついカッとなって殺してしまったという……あまりにおぞましい内容だった。
最初の『勇者免罪』だ。
この記録を見たとき、俺はようやく気付いたのだ。
俺が彼のことを、どう見ていたのか。
(……アレス。もしも君が生まれ変わったら、今度こそ『モンスター』じゃなくて『人』として生まれてくることを祈ってるよ。本当に。心の底からそう願ってる)
俺の心の声はアレスの耳には届かない。
アレスから視線を切り、群衆の中へと分け入っていく。
聞こえてくる罵倒は既に俺ではなく、別の誰かの名前に切り替わっていた。
声がどんどん遠くなっていく。
アレスが連れていかれる先は、おそらく王都郊外にある処刑場。
公開処刑じゃないから、このままついていっても意味はない。
アレスはこのまま道化として退場する。
そして、勇者だったのは何かの間違いだったとして、人々に忘れ去られるのだ。
ああ、きっとそれでいい。
それが、アレスのためでもあるんだろう。
「あっ、スラッドなのだわ! スラッドー!」
エチカだ。
笑顔で手を振りながら、おっぱいをぷるんぷるんとふるわせて、こちらに走ってくる。
外套越しなのにわかる。やばい。
「なになに? すっごい人だかりなのだわ! ひょっとしてお祭り?」
「ううん、なんでもないよ。そんなことより何か美味しいお菓子でも食べに行こうよ」
「それいいわね! そうそう、そういえばあっちの通りにすっごく甘くて冷たい氷菓子っていうのが売ってるのだわ! スラッドも食べましょ!」
「氷菓子? へぇ、それは楽しみだ!」
聞き覚えのないお菓子の名前に心が躍る。
「こっちよ! みんなも待っているのだわ!」
「わわっ!」
花のような笑顔を浮かべて俺の手を引っ張るエチカ。
《全自動支援》でパワーアップしている彼女に俺が抗えるわけもない。
いつかとは立場が逆転してしまった。
「ああ、そっか。みんなって……」
俺たちが向かう先には、みんながいた。
レメリが元気よく手を振っている。
シーチャにしては皮肉っぽくない爽やかな笑顔を浮かべていて。
ディシアが腕を組んで仁王立ちしながら、なにやら頷いていた。
「さっきそこで会ったのよ! またみんなでパーティを組もうって!」
「え? でも……いや、そっか」
勇者パーティは確かに解散したけれど。
それは、俺たちのお別れってわけでは全然なくて。
「行きましょ、冒険! きっと楽しくなるのだわ!」
「うん。そうだね」
太陽の日差しが、俺たちを強く熱く照らしている。
――ああ、もうじき夏。
みんなと食べる氷菓子はきっと、とても甘いに違いない。
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