63.わたしにチャンスをちょうだい
宴がお開きとなり、俺たちはカシウに王城での宿泊を勧められた。
今更遠慮することもないだろうということで、俺たちには部屋があてがわれている。
「スラッド……ちょっといいかしら」
俺に用意された寝室に訪れたのは寝間着姿のディシアだった。
「こんな夜遅くにどうしたの?」
「いえ……中、いい?」
ディシアの思わぬ提案に胸がどきりとする。
「ど、どうぞ」
ディシアを部屋に迎え入れてから、ちょうどいい感じに応接スペースがあったので座ってもらう。
慌ててティーセットを使ってお茶を用意してから、俺も対面の席に着いた。
いつもまっすぐな眼差しを向けてくるディシアにしては、視線が定まらない。
なんというか落ち着かない様子で二の腕を触ったりしていた。
いつもと違うディシアの雰囲気に俺が困惑していると。
「ごめんなさい!」
開口一番、ディシアは頭を下げた。
「な、なに。急に」
「わたしが間違ってた。アレスを……あの男を勇者として制御できているなんて、わたしの……いえ、神殿の驕りでしかなかった!」
ディシアの悲痛な表情を見て、俺は悟った。
「……ああ、そうか。読んだんだね。アレスの調書」
「あんなケダモノが生きていていいはずがない! すぐにこの手で殺すべきだった! そうすれば……」
「ディシア……」
「そうすれば、アレスの犠牲者をもっと減らせたのに……!!」
ディシアが泣き崩れてしまった。
俺は席を立ってディシアの隣にしゃがみこみ、肩を叩く。
普段は頼もしく感じていたけど……思ってた以上に細く小さかった。
「俺だって……あそこまでアレスが酷いことをしているとは知らなかった。シーチャですら掴んでなかったんだ。ディシアにわかるはずがないよ」
「……いいえ。みんなはともかく、わたしだけは気づくことができたかもしれないのよ」
後悔に咽ぶディシアの姿は、まるで告解にやってきた罪人のよう。
懺悔を聞くのは信仰職の役割なのに、これでは立場が逆だった。
「『勇者免罪』を掲げていたのは、神殿だもの。スキルは神々からの贈り物。勇者伝説を広めた神殿は、アレスの《勇者の資質》を否定することができなかった。だから、きっと……アレスを助けて当局に隠蔽の圧力をかけていたのは……神殿だわ」
それはまあ……そうだろう。
なにしろ、勇者の手で魔王を倒すという過去の伝説を再びよみがえらせようとしていたのは旧大陸の神殿勢力に他ならないのだから。
なにも彼らのスキル至上主義は今に始まったことじゃない。
そのせいで俺がどれだけ苦労して……いや、今はディシアの話に集中しよう。
「だけどわたしは、神殿の中枢に触れることができる立場にもかかわらず、この動きに気づかなかった。聖女として勇者を導き魔王を倒す……その使命だけに目が眩んでいたのよ。何が世界を救う使命を携えた聖女よ、無能もいいところだわ……」
そんなことない、とは言ってあげられない。
ディシアは使命を重要視するあまり、アレスそのものを見放していた。
アレスがひとりで外出しても、使命に差し障りがないと判断すればアレスの好きにさせていたのだ。
ディシアにしてみればアレスと行動を共にしていると自然と言い争いになるし、パーティの不和を呼びたくなかったっていうのもあったんだろうけど……結果としてアレスの所業を見逃すことになった。
確かにそれはディシアの罪であり、過ちだろう。
だけど……。
「アレスのことはディシアだけの責任じゃない。俺だってそうだ」
「スラッド……」
ディシアが顔を上げる。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「俺も同じだよ。アレスにはパーティメンバーとして、最低限の言葉しかかけてこなかった。早くから彼とのコミュニケーションを諦めてしまった。きっと俺が言ったところで止まらなかっただろうけど、それでもシーチャにアレスの監視を頼んだりとか、すればよかった」
自分で言っててもわかるけど、これは理想論だ。
タダ働きしたくないシーチャはきっと金を要求してきただろうし、俺は払えなかった。
俺が必死に頼み込めばツケでやってくれたかもしれないけど……俺には、そこまでしようという気概はなかったし。
アレスを見切っていたのはディシアやシーチャだけじゃない。
俺も同じなんだ。
きっと、誰もアレスを止められなかった。
だからと言って、勇者パーティだった俺たちに責任がない……とは言えないはずだ。
たとえアレスが決して改心しなかったとしても流れに任せるだけにしなければ、違う未来があったかもしれない。
「シーチャも過去の罪悪感からアレスからスキルを奪えなかった。レメリもアレスに絶望しながらも、自分の目的のために目と耳を閉じてた。全員同罪だよ」
「そんなことは……」
「そうだね。俺がいくら言葉を重ねたところで、ディシアの後悔を癒してあげることはできないと思う。だけど、俺はディシアの仲間だから……」
俺の《全自動支援》は仲間がいないと、何の意味もないものだ。
だから、いつでも信じている。
それでもみんなが抱えている悩みを全部解決してあげるなんて真似はできない。
だから――
「ディシア、がんばれ。負けないで」
俺には、これが精いっぱい。
「スラッド……」
俺の言葉をどう受け取ったのか。
ディシアの瞳に、いつもの強い光が戻ってくる。
「…………約束する。神殿は必ず、わたしが改革するわ。だから……スラッド、わたしにチャンスをちょうだい」
「別に俺は――」
「わたし、あなたに見限られるような人間にはなりたくないの」
「俺はディシアを見限ろうなんて、思ったことないよ」
ディシアはいつでも一生懸命だった。
頭が固くて視野狭窄で一度決めたことはなかなか曲げないし、すぐに怒るし、殴るとか言ってくるけど。
本当に殴られたことは、一度もない。
「あなたの言うとおりだった。わたしは……誰かから求められた道とは違う、自分の道を選ぶわ」
ディシアがあらぬ先に視線をやりながら、決意とともにつぶやいた。
それはつまり……。
「モンク僧になるの?」
「そうじゃなくって! ああもう、茶化さないで!」
「いや、そんなつもりはなかったんだけど」
どうやら違ったみたいだ。
ぷんすかと怒っていたディシアだったが、しばらくすると俺に優しく微笑みかけてきた。
「ありがと、スラッド」
「どういたしまして」
ああ、そうだ。
アレスが世界に残した爪痕は、深い。
勇者裁判では俺たちに責任はないと沙汰が出た。
だけど俺たちはそうは思っていないし、アレスに家族を傷つけられた人達になじられることもあるだろう。
そのすべてを受け入れて、俺たちは頭を下げよう。
俺たちの新たな旅は、そこから始まるのだ。




