死霊術師5.ルルイエ、浮上!
ゼルハーニは転送陣を使って、海中要塞ルルイエに到着した。
魔王軍は地下の魔界から地上の拠点にワープすることができる。
転送陣は一方通行ではないので魔界に逆侵攻されないよう、難攻不落の拠点にしか設置されていない。
海中要塞ルルイエも、そのひとつだった。
「くっ、なんだこの臭いはぁ……!」
不快な臭気にゼルハーニが顔をしかめる。
死臭ならかぐわしいとすら思う彼だが、ルルイエには別種の生臭さが充満していた。
海中要塞ルルイエは大昔に海底に沈んだ神殿を改装したもののはずだ。
それなのに壁や柱には海藻類が繁茂していて、とてもじゃないが魔王軍の拠点らしくない。
海のモンスタ―を統べる海魔師団長が、ここを任されているはずなのだが……。
「よう、ゼルハーニ。待ちかねたぜ!」
ゼルハーニを出迎えたのはサハギンと呼ばれる半魚人の魔族だ。
もっとも頭部は普通の魚人のそれでなく、蛸がそのままのっかったような顔をしている。
服装こそ如何にも海賊の船長といった風情だが、体中に張り付いたフジツボが異様さを際立たせていた。
「ルルイエへようこそ! 死霊師団長殿」
そんな魔族が、両手を広げて悪臭と粘液に塗れた己の棲家を誇示した。
海魔師団長キャプテン・ダゴン。
それが彼の名前だった。
「よせ。僕はもう死霊師団長じゃない……」
「そんな嫌そうな顔すんなよ。仲良くしようぜ? 元師団長同士、よ」
「……元? お前もかぁ?」
「ああ、俺様もついこの間な! それがよう聞いてくれよ酷いんだぜ魔王様は。俺様は長らく旧大陸西岸に沈んだ御母堂の捜索をしてたんだがよ、いくら捜しても見つからなくて! だから進言したんだ。『御母堂は海底を移動あそばされて、もうここにはいないんじゃないか』ってよ! そしたら仕事の手抜きを御母堂のせいにするなって、師団長をクビにされちまった! 実を言うと、あやうく処刑されかかったところをブラックロウの旦那が口を利いてくれたおかげで地位を失うだけで済んだんだが! いやー、命拾いしたぜ!」
ダゴンは聞いてもいない情報をペラペラと喋った。
おしゃべりな男だと、ゼルハーニは眉をひそめる。
「そうか。それは気の毒だったなぁー……」
とはいえ、アーティファクトを取り戻すには、ダゴンの協力が必要不可欠だ。
ゼルハーニは慣れない愛想笑いを浮かべて同情のフリをする。
「まあでも御母堂捜索は別の魔族に引き継ぎしたし、俺は晴れて自由になったってわけだ。案外これでよかったのかもなあ!」
ダゴンはご機嫌そうに笑った後、頭部の触手を顎にくっつけた。
人間でいうところの、顎先に指を当てて疑問を感じていることをアピールする動作だ。
「ところで、さっきからずっと気になってたんだがよう。その荷物はなんなんだ?」
「ん? ああ、これかぁー」
ゼルハーニが後ろを振り返る。
そこには紐を括りつけられた肉の塊があった。
紐の先端はゼルハーニが掴んでいる。魔王城から引きずってきたのだ。
「聞いて驚け。こいつが、かの勇者アレスだよぉー」
「はぁ? この、ブヨブヨした腐った肉の塊がか?」
ダゴンが肉の塊をよく見ると口のようなものがついていた。
手や足がデタラメに生えていて、おおよそ生き物のようには見えないのに、不規則に蠢いている。
ダゴンはさして気にしなかったが、ルルイエに負けず劣らずの悪臭を放っていた。
「まぁ、見ていろぉ」
ゼルハーニが短剣を取り出すと、おもむろに肉塊へと突き刺した。
すると。
「ブギエエエエエッ!!」
肉塊の口のような器官から、空気をつんざくような悲鳴があがった。
ゼルハーニはうっとりと聞き入りながら、満足げに笑う。
「どうだぁ、いい声で鳴くだろう? つなぎ合わせたゾンビの塊に、アレスの魂を入れてやったんだ。こいつはもう痛覚しか感じない、アンデッドのなりそこないなのさぁー! キイィィィッ!!」
ヒステリックな叫び声をあげると、ゼルハーニは肉塊に蹴りを入れ始めた。
「こいつがぁー! こいつが弱かったせいで僕はこんな目に遭ったんだ! このやろ! このやろぉー!」
「お、おう。そうか。まあ、魔族の趣味はそれぞれだからな……」
「ぜえぜえ……どうだ、お前もやるかぁー?」
「いや、遠慮しておくぜ……」
ゼルハーニの厚意を、ダゴンは頭の触手の一本を左右に振ることで丁重に断った。
略奪やお宝は大好きだが、死体蹴りに興味はない。
「そうか? それなりに溜飲が下がるんだけどなぁ……」
「と、とりあえずだ。ブラックロウの旦那から話は聞いてる。旧大陸に向かう船を襲いたいんだろ?」
これ以上掘り下げないほうが良さそうだと察したダゴンは、さっさと本題に入ることにした。
「そ、そうだ! 筆頭参謀の話が本当なら、僕のアーティファクトは船で輸送されるらしいんだ! なんとしても取り戻さないとぉ!」
「ははっ、そいつはまさしく俺様の領分だ。大船に乗った気でいな!」
「じゃあ、すぐにでも出撃してくれ! 僕は一秒でも早く師団長に返り咲きたいんだ!」
「よし来た! 俺様も本格的な海賊行為は十年ぶりだからなぁ! ワクワクすんぜぇ」
「それで? お前の船はどこにある?」
「何言ってやがる。もう乗ってるじゃねえか」
ゼルハーニがきょとんとする。
それを見たダゴンは、サメのような笑みを浮かべた。
「……潜航潜伏モード解除。ルルイエ、浮上!」
ダゴンが一言告げると、急に神殿が揺れ出した。
「な、なんだ。何が起こってる!?」
突然のことに慌てるゼルハーニ。
ダゴンはお構いなしに語り始める。
「師団長には自分に合ったアーティファクトが与えられるだろ? 俺様もそうだったのさ。クビにこそなったが、こいつはまだ俺のモンだ。どうせ扱えるのは俺様だけだからな」
「ま、まさか……ここが!?」
ダゴンはこれまで、スラッド一行にやられて海に沈んだ“竜皇后”ティアマットを捜索してきた。
十年間ずっとだ。
魔王は母親の捜索を最優先として、ダゴンが略奪に耽る暇を与えなかったのだ。
その結果、多くの船乗りが命拾いをする結果となったわけだが……遂に海の災厄が解き放たれてしまった。
「さぁて……久々の出航なんだ。アーティファクトだけ取り戻すなんてケチ臭いこと言わずによう。連中の船も! 港も! 全部を全部、根こそぎ略奪してやるとしようぜぇ!」




