98.ヴァイスの嫌がらせなんかに負けない
「いい? もう、あんなことしちゃ駄目よ」
「はいです……」
船に戻ってきたレメリは、ディシアにこってり絞られていた。
甲板の上に正座させられたまま、どういう心理状態なのか……お母さんの形見の帽子を脱いで大事そうに抱えている。
「ま、まあまあディシア。レメリだって精一杯やったんだし……」
さすがにかわいそうになのでフォローに回ることにした。
俺もアーマーシャーク相手に捨て身の手段を取った手前、レメリのことを責める気にはなれないし。
方法は褒められたものじゃないけど、迷っている時間はなかっただろうから。
「別に怒ってるわけじゃないわよ。人前でああいうことをしたらレメリのためにならないって思っただけ」
実際、ディシアが本気で怒ってるわけじゃないのは声色でわかった。
ただでさえ魔女は誤解されやすい。
禁忌職でもないのに田舎の村では蛇蝎の如く嫌われていたりもするし。
レメリが同じような目で見られるんじゃないかと心配しているに違いない。
「レメリ、よく頑張ったね」
「スラッド……」
俺に頭を撫でられると、シュンとしていたレメリにほんのちょっとだけ笑みが戻る。
「まさしくアメとムチってやつだね~」
「まるでディシアがママで、スラッドがパパなのだわ!」
シーチャとエチカがおかしそうに笑っている。
「あっ……」
その瞬間、レメリが何かに気づいたようにハッと顔をあげた。
俺と目が合う。
「レメリ、どうかした?」
「ななななんでもないです!」
レメリが顔を赤らめながら首をブンブンと横に振った。
「スラッドがお父さん……そっか、私……」
小声で何かつぶやいてるけど、よく聞こえない。
いったいどうしたんだろ?
「ちょっと、エチカ。わたしがママって、どういうことよ!」
「ふええっ! あたしまでディシアママに怒られるのだわーっ! シーチャ助けて!」
「ちょっと、ボクを盾にするのはやめてくれる~っ!?」
みんながワイワイと騒ぎ始めた。
なんだかいつもの光景って感じで、見ていてほっとする。
「ともあれアーマーシャークも全部倒せたし、あのふたりも助けられてよかった」
「良くないんすーっ! しかも、なにちょっといい話風にまとめようとしてるんすかーっ!!」
俺がのほほんとコメントしていると、大声をあげながら闖入してくる影ひとつ。
先ほどレメリが助けた冒険者の女の子だ。
【氷結棺】はレメリが解除したんだけど、溶けた氷ですっかり全身びしょ濡れで、寒さからかガクガクブルブルと震えている。
驚くべきことに、先日浜辺に現れたのと同じ子だった。
「風邪ひくよ。これでも着て」
「あ、どーも……恩に着るんす……」
俺が上着をかけてあげると、女の子は素直に頭を下げた。
だけど、すぐに怒りを思い出してレメリに食って掛かる。
「それはそれとして酷い目に遭ったんす! 心臓止まったんすよ!? 謝罪と賠償を要求するんす!」
「ひっ。ご、ごめんなさ――」
迫られたレメリが涙目で謝りかけたところでゴツン、といい音がした。
後頭部を張り倒された獣人の少女が甲板に突っ伏す。
その横では背の高い、顔に入れ墨を入れた男性が申し訳なさそうに頭を掻いていた。
この人も初めましてじゃなくて、浜辺で「名前を聞かないで」って言ってた人だ。
「うちのバカワン公がすまねえ。あんたは命の恩人だ」
「えっ、あっ……」
入れ墨の人に握手を求められたレメリがささっと俺の後ろに隠れる。
「すみません。うちのレメリは人見知りをするんで……」
「いや、こっちこそすまねえ。俺もこんななりだからな」
俺はレメリに代わって、入れ墨の男性としっかりと握手を交わした。
「先日もお会いしましたね。あのときもですけど、こんなところでいったい何を?」
「うっ、それは……」
入れ墨の男性が言い淀む。
まあ、何か事情があることは察するけど……。
「その質問にはボクが答えるよ」
「シーチャ?」
「そこのふたりは『栄光と勝利の宴』クランの冒険者だ」
ああ、そういうことか。
つまり、ヴァイスの……。
「立場上、自己紹介もしにくいだろ? ボクの口から話してあげるよ。入れ墨のほうが“合鍵師”ガウラス。獣人のほうが“ちょろ犬”ベレット。ふたりともAランクの盗賊職さ」
「……俺の称号も有名になったもんだな」
「誰が“ちょろ犬”すかー! “怪盗ワンワン”すよー!」
シーチャの解説を受けて自嘲気味に笑うガウラスと、不満を爆発させるベレット。
この人達自体は、悪い人じゃなさそうだけど……。
「ヴァイスが送り込んだ刺客です。敵なのです」
レメリが俺の背中からひょこっと顔を出す。
「いや、俺たちはアンタたちの敵ってわけじゃない。むしろ絶対に敵対するなと言われて――」
「申し訳ないんですけど」
俺は手を掲げてガウラスの言葉を遮った。
「俺たちの仕事が終わるまで船室にいてもらえますか?」
「……ああ、わかった。おい、行くぞ」
「あっ、ちょ、首根っこ掴まないでほしいんす! この扱い異議ありなんすけどーっ!」
俺の要請にガウラスは大人しく従ってくれた。
ベレットは最後まで抵抗していたけど、ずるずる引きずられていく。
「スラッド……」
ふたりがいなくなると、シーチャが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「シーチャは知ってたんだね。あのふたりが尾けてきてること」
「ごめんよ。言わないほうがいいと思って……」
「私も知ってたのです。シーチャだけを責めないであげてほしいのです」
「いや、ふたりとも……ありがとう。助かったよ」
ふたりは負い目を感じてるみたいだったけど、俺が笑うとほっとしていた。
思うところがないでもないけど、あくまで俺のためにしてくれたことだ。
ここで当たり散らして責めるのは違う。
「あのふたり、いったいいつから?」
俺の問いかけに、シーチャとレメリが目を合わせて頷き合う。
「王都を出てから、ずっと尾いてきてたよ~」
「浜辺で遊んでるときにもいたのです」
「えっ……あのふたり、あたしたちをずっと監視してたの!? 全然気づかなかったのだわ!」
「わたしたちにまで黙ってたのはどうかと思うけど……まあ、わからないでもないわね」
エチカは純粋に驚いていた。
ディシアのほうは複雑そうな顔をしている。
「王都から、ずっと……か」
ヴァイスは自分の仲間に俺たち……いや、俺のことをずっと監視させていた……。
だけど、動向監視だけが目的ならガウラスだけで充分。
ベレットまでつける必要はなかったはずだ。
何故なら。彼女が――名乗ってた情報が本当ならだけど――『怪盗』だから。
怪盗は、敢えて目立つことで本当の目的を達成することを得意とする盗賊職。
つまり、彼女が俺の目の前に姿を現すのはヴァイスも織り込み済み……。
「いったい、何のためかしら?」
ディシアが心底理解に苦しむという顔をした。
「それがボクにもさっぱりわかんなくて――」
「いや。ヴァイスの狙いは、はっきりしてるよ。少なくとも一つだけ」
シーチャの言葉を遮り、俺は確信とともに断言した。
「あいつは俺に冒険を楽しませないつもりだ」
「ええーっ!? つまり、ただの嫌がらせなのだわ?」
「そういうこと」
驚くエチカに頷き返す。
ディシアがため息を吐いた。
「わけがわからないわね。そんな嫌な想いをさせられたクランに入るわけがないのに」
「自信があるんじゃないかな。いずれ俺が妥協するって」
前にも、そういうことはあった。
俺が勧誘を断ったら、ひたすら嫌がらせをしてくるって連中はたくさんいた。
大抵はどこかのタイミングでやりすぎて、《全自動弱体化》の餌食になってたけど……。
『いや、俺たちはアンタたちの敵ってわけじゃない。むしろ絶対に敵対するなと言われて――』
ガウラスのあの言葉からして、ヴァイスはそうならないよう指示を出していたみたいだ。
「きっと俺が少しでも色よい返事を送れば、嫌がらせはぱったり止むと思う。あいつは何度も言ってたんだ。俺がクランに入りさえすればそれでいい。それだけでいいんだって」
そのためなら、なんでもすると言っていた。
自分が俺の前に二度と姿を現さないとも言ったし、なんなら今のパーティ全員で入ってくれても構わないと。
提示された条件を鵜呑みにするなら俺には正直言って利点しかなくて、入らない理由はない。
それでも首を縦に振らない理由は、たったひとつ。
ヴァイスのことが大嫌いだからだ。
要するに「こんな想いをするぐらいだったら、いっそ……」と思わされれたら、この意地の張り合いは負けになる。
「だったら尚更、ヴァイスの思い通りになんかさせちゃ駄目ね」
「まったくだね~。だいたいやり口が陰険過ぎるよ~!」
ディシアがうんうんと頷いた。
シーチャも同調している。
「うーん。なんというか、ますますシンパシーを感じてしまって複雑な気持ちなのです。あっ、もちろんヴァイスのことは大嫌いなのですよ! さすがに同類とは思われたくないのです!」
レメリがみんなの視線に気づいて手をばたつかせた。
「スラッドは、あの人たちがいると冒険が楽しくないの?」
エチカが小首を傾げる。
「どうだろう。確かに、どこに行っても纏わりつかれるとなると……」
冒険のたびにヴァイスの影がちらつくとなると、流石に嫌になってしまうかもしれない。
せっかくの楽しい冒険の思い出があいつに上書きされると思うと……。
「もしそうなら、あたしたちが頑張らないとね! ヴァイスの嫌がらせなんかに負けないぐらい、楽しい冒険をしてやるのだわ!」
エチカがガッツポーズをとった。
「あいつがそこまでしつこく来るなら、ボクにだって考えがあるよ~?」
「私にもあるのです。スラッドには何も心配しないでほしいのです!」
「ふたりともやりすぎないようにね。まあ今回ばっかりは、わたしも協力するつもりだけど」
他のみんなもやる気満々だ。
「……みんな、ありがとう。俺もヴァイスになんて負けないよ」
そうだ、あいつの思い通りになんてさせない。
こうなったら意地でも冒険を楽しんでやる!




