小話③
「……ん?」
朝。
リヒトはおでこに冷たさを感じて目を覚ます。
微かに記憶として残っているのは、フェイリスの特製団子を食べて気を失ったということだけ。
それ以外の記憶は全くなかった。
「あ、おはようございます。リヒトさん。起こしちゃいましたね……」
「ロゼ?」
リヒトの目に入ったのは、丁寧に氷を取り替えているロゼの姿。
起こさないように気を使っていたらしく、リヒトを見て申し訳なさそうな顔をしている。
「どうしてここに……」
「えっと、みんなで交代してリヒトさんの看病をしようって話になったんです。今日は私が担当することになりました」
「……そこまでしなくても」
リヒトが止めようとしたところで、ロゼの作業は一向に止まる気配を見せない。
それどころか、逆にテキパキと動いているように思えた。
気が付くと、既に朝食まで用意されている。
「こんな時くらいはゆっくりしてくださいね。リヒトさんにはいつもお世話になってますから、ちょっと休んでも誰も文句は言いませんよ」
「いや、でもロゼの仕事が増えるし――」
「いえいえ! これくらいなら仕事のうちに入りませんから! むしろ私も休んでいるみたいなものです!」
「その理屈はよく分からないけど……」
ロゼなりの考え方に驚かされながら、リヒトは用意された朝食を口にする。
優しい味。
フェイリスの特製団子が傷んでいたのかとさえ思えるほどの差だ。
「どうでしょう……リヒトさん」
「美味しいよ。アレに比べるといくらでも食べれそうな気がする」
「……? 何と比べてるのかは分かりませんけど、喜んでもらえたなら良かったです!」
リヒトの感想を聞いて、ロゼはにっこりと微笑む。
この朝食は、ロゼが幼い頃風邪を引いた時に母親が作ったものと同じものである。
記憶だけを頼りに僅かな時間での用意だったが、どうやらリヒトは満足してくれたらしい。
「本当はリヒトさんが治るまで看病できたらいいんですけど、やっぱり魔王様がそれは許してくださらなかったんですよね。すみません」
「ロゼは謝らないでくれ。俺も早く治せるようにするよ」
「はい! 頑張ってください!」
それに――と、ロゼは付け加える。
「魔王様もリヒトさんがいないと退屈そうなので、ぜひぜひお願いします」
リヒトはこくりと頷く。
ロゼの言っていることが本当なのか。
それとも、リヒトを元気づけるために喜びそうな嘘をついているのか。
どちらなのか分からないため、早く治して確認する必要があるだろう。
ありがとう――と、リヒトは返すことになった。