争奪戦
「――ということがあったのじゃ。つまり、今リヒトは西の魔王とやらに囚われておる」
「お姉さま、リヒトさんかわいそう」
「……そうねイリスちゃん。リヒトさんが心配だわ……」
アリアの説明を聞いて、イリスとティセは不安そうな顔でお互いを見る。
突然の出来事であり、心の準備をする余裕もなかった。
イリスとティセがどう頑張ろうと、今は心配することしかできない。
「ドロシーから聞いた話じゃと、西の魔王とやらは念力のような力を持っておるらしい。お主らは無闇に近寄らぬ方が良いじゃろうな」
「は、はい……」
「わかった」
いつもとは違い、聞き分けの良い二人。
リヒトがいないことを考えると、これまでの数倍慎重に行動しなくてはならない。
そもそも、イリスとティセが近接戦闘をするケースは少ないため、ロゼに伝えておくべき話であろう。
イリスは何故かここにいないロゼをキョロキョロと探す。
「魔王様。ロゼがいない――それにフェイリスも。どうしたんだろう」
「あぁ。ロゼとフェイリスにリヒトが攫われたことを伝えたんじゃが、その時にショックで倒れてしまってな」
「……なるほど」
アリアはやれやれと事実を伝える。
あの時の二人――特にフェイリスの動揺具合は今でも頭に残っていた。
あそこまで取り乱すフェイリスは、長い間過ごしてきた中で初めてかもしれない。
目を覚ましてからもずっと泣きじゃくっていたため、今は落ち着くまで部屋から出さないようにしている。
ロゼもフェイリスと同じ処置だ。
「ちなみに、ドロシーもリヒトが攫われたことを自分の責任だと感じているようでな。早く立ち直ってくれると良いのじゃが」
「まさかドロシーさんも……」
「うむ。今はラエルがドロシーとフェイリスとロゼの面倒を見ておる」
「ラエルさん大変そう」
今の状態では、自由に動けるのがアリアとイリスとティセしかいない。
このまま西の魔王の元へ乗り込んだとしても勝算は薄いだろう。
リヒトがいなくなることで、ここまで全体に影響が出るとは考えてもいなかった。
西の魔王がこの状況を見越し、ディストピアに攻めてこないことを祈るだけだ。
「明日じゃ――明日に動き始めるぞ。三人は儂が何とかするとしよう」
「分かりました。リヒトさんのために頑張りましょう。ね? イリスちゃん」
「うん、お姉さま」
こうして、リヒトという一人の『人間』のために。
二人の魔王は、運命を賭した戦いを繰り広げることになる。