4(終)
「リューディア・リンドロース。お前との結婚など出来ようはずもない。
よって今ここで婚約を破棄する」
学園の卒業式。
生徒たちが集まる中で、アルベルト殿下は壇上からそう宣言した。
その背後には、今年度に編入してきたエルッキラ家の令嬢、ハンナ・エルッキラ。
噂では編入試験で満点を取った秀才なのだとか。
見つかってしまったゲームの主人公。
彼女はまっすぐにアルベルトルートを邁進して、今は私を怯えた様子で見つめている。
エルッキラ嬢を一瞥だけして、私はリンドロース家にふさわしいよう毅然とした態度でアルベルト殿下に向き合った。
「理由をお聞かせ願えますか?」
「お前はここにいるハンナ嬢を虐め、あまつさえ殺そうとした」
「そのようなことはしておりません」
「しらを切る気か?」
「いいえ、そのようなことはありません。そもそも証拠があるのでしょうか?」
あるはずはない。だって何もしていないのだから。
だけれど、ここまでゲームと同じになってしまったのであれば、大丈夫だという期待は薄いか。
王子妃教育は頑張ってきたつもりだし、ヒロインにも手は出していない。
この状況を避けるためにいろいろと手を尽くしてきたつもりなのだけれど、強制力には勝てないようだ。
せめてリンドロースの家族だけは、強制力から逃げきってほしい。
私の問いかけに殿下は見下すように、勝ち誇った顔をした。
「教室から特徴的な赤い髪の者が出て行くのを見た後で、教室に入ってみたら、ハンナの教科書が切り裂かれていた。
同じくドレスが切り裂かれているのも見たな」
にやにやと笑いながら殿下が言うのを見て、私が助かるのは無理なのだなと確信した。
王族が自らの目で見た、と言ったのだ。
よほどのことがない限りそれを否定することはできない。
それこそ、それがアルベルト殿下の見間違いだと証明できる証拠でもない限り、その意見が覆ることはないだろう。
当然ながら王族として発言した以上、アルベルト殿下にも相応の責任が生じる。
だが、私は殿下の言葉を否定できない。
学園生活を送る中で、常にだれかと一緒に居たというわけではないから。
アリバイがない時間帯が存在する限り、その時だと殿下に言われてしまえばそれで終わりだ。
「それはいつの事でしょうか?」
「1つは半年前の長期休暇に入る前々日、もう1つは学園主催の夜会が行われる3日前。
どちらも授業が終わった後、1時間後と言ったところだな」
「そう……ですか」
「お前はその時何をしていた?」
苦し紛れに尋ねてみたが、どちらも私が自室で準備をしていた時の事。
一緒にいた生徒はおらず、アリバイはないに等しい。
それを知ったうえで、その日を指定してきたのだろう。
「……自室で準備を」
「そう言うしかない。一人で教室にいたなんて、言えるわけがないものな」
そう言ってアルベルト殿下が声をあげて笑う。
こんなに楽しそうな殿下を見たことは、今までなかった。
「それから3日前にハンナが賊に襲われた。
間一髪のところで助けることができたが、もう少し遅ければハンナの命はなかっただろう」
「アル、怖かったわ」
エルッキラ嬢が媚びた声で殿下にしな垂れかかる。
声では恐怖しているようだけれど、口元が釣り上がっていて、目も笑っているのを隠せていない。
貴族令嬢としてもっと表情は隠すべきだと思うのだけれど。
「それがどうかいたしましたか?」
「賊を捕らえ、なぜ襲ったのか口を割らせた。
そして出てきたのが、リューディア・リンドロースの名前だ」
「それは賊の言い逃れではないでしょうか」
「ここまで言っても自分の非を認めないとはな」
鼻で笑う殿下にエルッキラ嬢が「良いの、アル。わたしは謝ってもらえたら、リューディアを許してあげるわ」と提案した。
その言葉を聞いて、殿下が愛おしそうに彼女を見つめる。
「ハンナはこんなにも心優しいというのに……リューディア、お前と来たら。
婚約者である僕を立てようともしない。いつも勉強ばかりで王子である僕を顧みない。
そのくせ小言ばかりは一人前に言ってくる。こんなのが婚約者で、僕の心が癒されるわけがない。
だが、そんなお前でも、心優しいハンナは許してくれるそうだ。どうだ? 謝るか?」
ゲームでもリューディアに対して、殿下はハンナに謝るように言っていた。
確かその時リューディアは謝ることなく、それに呆れた殿下が彼女を捕らえたんだっけ。
プレイ中には、どうして謝らないんだろうと思っていた。
謝れば殺されることもなかっただろうにと。
だけれど今なら少しわかる。ここで謝ることは貴族の一員として出来るわけがない。
リンドロース家の者として、自分の非を認めるわけにはいかない。
私は間違ったことはしていないから、たぶんリューディアも正しいと思ってやったのだろう。
自分の婚約者を盗られないようにするために。
それで主人公を殺してしまおうと考えるのは分からないけれど。
「なぜ謝る必要があるのでしょう。私はエルッキラ嬢に対して何もしていませんので。
ない罪に対して謝る必要性は感じません」
「そうか。ならば仕方ない。兵よ、リューディアを捕らえよ」
「離しなさい。貴族の娘の肌に許可なく触れるなど、恥を知りなさい」
無作法に手を振れてきた兵の手を払う。
彼らは困惑し、指示を仰ぐように殿下の方を見た。
「構うな。リューディアは今より罪人。貴族令嬢など片腹痛い」
あーあ。これでゲームオーバーか。
兵士を相手に力で勝てるわけもない。私の言葉よりも殿下の言葉の方が重いのは言うまでもない。
捕らえられれば、後はもう処刑までまっしぐら。
死ぬのは嫌だな。
またあの感覚を味わうことになるのは、嫌だな。
「兵たちよ、止めよ。栄えある学園の卒業の場で、このような大事を起こすでない」
そう思っていたら、壇上奥からそんな声が聞こえてきた。
兵たちはその声にピシッと動きを止め、声がしたほうに跪く。
「何をしている。僕はこの国の王族だぞ?」
「アルベルト、お前こそ何をしている?」
「……父上!?」
私を捕らえることで頭がいっぱいだったのか、殿下はその姿を見て初めて陛下が現れたことに気が付いたらしい。
だけれど私も困惑している。ゲームではこんな展開はなかった。
エルッキラ嬢も目を丸くしているようで、この事態は想定外らしい。
むしろ卒業式の場全体が、陛下の登場に驚き静まり返っている。
その沈黙を破ったのが、最初に驚きを見せていた殿下だった。
「どうして父上が此処に?
ですがちょうどよかったです。リューディアの悪事をお聞きください」
「公の場では陛下と呼ぶように言っておいたはずだが?」
「申し訳ありません。陛下、どうかリューディアの悪事をお聞きください。
そして僕の妻としてよりふさわしい女性を紹介します」
エルッキラ嬢を紹介しようなんてちゃっかりしてるなと考えてしまう私は、相当混乱しているらしい。何せ陛下が殿下を見る目が、どう見てもゴミを見るような感じだから。
「アルベルト、いくつか言っておくことがある。
まず今日ここに余が来ることは伝えていたはずだが、どうしてお前が驚く?」
「えっと、それは……」
「そして国王である余がいることを知る立場に居ながら、何故このようなことをした?」
「そ、それは、リューディアの態度があまりにも王子妃として足りぬばかりか、人を殺そうとした罪人であると皆に知ってもらうためです」
陛下の反応が悪く、旗色が悪いことに気が付いたのか、殿下が早口になって弁解する。
「そうです王様。わたしはリューディアに殺されそうになったんです。
でも許してあげてください。わたしは謝ってもらえば十分ですから」
殿下に続いてエルッキラ嬢が見当外れなことを口走る。
許されていないのに陛下に声をかけるとか、命が惜しくないのだろうか。
秀才だという話だったけれど、貴族のマナーや慣例についてはそうでもないらしい。
陛下は「ふん」と面白くなさそうに鼻を鳴らしてエルッキラ嬢を一瞥すると、興味をなくしたように再び殿下の方を見た。
「そこな礼儀知らずが王子妃にふさわしいと申すか」
「確かにハンナはまだ知らぬことも多いですが、優秀な女性です」
「王への礼儀も知らぬ者が優秀とは、これは面白いことを言う」
陛下ははっはっはと、面白くなさそうな声で笑う。
「まあ、良い。それでリンドロース侯爵令嬢に罪があるという話であったな。
そのような事実は一切存在しない」
「何故ですか父上!?」
どうして陛下が私の事を守ろうとしているのだろうか。
気に入ってもらえているとはいっても、今回の罪が事実であれば私をかばう意味などないはずなのに。
「学園に入学すると同時に、リンドロース嬢には密かに護衛をつけていた。
もしもお前が言ったようなことをしていたのであれば、当然護衛はそれを見ている。
だがそう言った報告は1度もなかった」
「何故リューディアなんかに護衛を……」
殿下の顔が青くなる。声も震えていて、王子としての威厳は無に等しい。
「リンドロース侯爵に頼まれてな。
詳しいことを話すつもりはないが、リューディアよ。お前は愛されているな」
「お父様が……?」
どうして? どうして?
何故お父様がそんなことをするの? 確かに準備はしていると言っていたはずなのに。
いつでも私を切ることができるような準備をしていると。
頭の中をはてなが埋め尽くす。
「そしてアルベルト。お前にも護衛をつけていた。
それでだ、お前は本当にリンドロース嬢を見たのか?」
「それは……それは……」
殿下がうつむき唇を噛む。
それを陛下は情けなさそうな顔で見つめると、芯のある声で宣言する。
「アルベルト。お前を廃嫡とする」
「ま、待ってください」
「待たぬ。王族の権威を穢した罪はそれほどに重い。
兵よ。こやつらを捕らえよ」
陛下の命令で兵たちが動き出す。
殿下……元殿下と一緒に兵に捕まったエルッキラ嬢が「どうしてわたしまで」と叫ぶけれど、誰もそれには答えなかった。
「今日はこれで解散とし、後日改めてパーティを行う。
今日のことは忘れ、次のパーティを楽しむと良い」
最後に陛下がそう宣言して、この場は終わりを告げた。
◇
私は馬車でリンドロースの屋敷まで帰ることになった。
正直帰れるとは思っていなかったので、なんだかソワソワしてしまう。
それにどんな顔をして会えばいいのだろう。
とうとう屋敷に到着し、馬車が止まる。
気が進まない中、馬車から降りると家の前でお父様とお母様が待っていた。
「どうして?」
口から言葉が零れる。
私はこの家の異物。利用するだけ利用して、排除してしまうのが賢い選択のはずなのに。
どうして、私を見る両親は、ホッとした顔をしているのだろうか。
私が帰ってきて嬉しそうな顔をするのだろうか。
わからない。わからない。
わからないままに歩を進め、2人のもとに向かうと、お母様が先に近づき抱きしめてきた。
「良く帰ってきたな。リディ」
「ええ、ええ。よかったわ。今日は疲れたでしょう? ゆっくりお休みなさい」
たぶん2人は今日婚約破棄されたことを知っているのだろう。
それなのに、どうしてこんなに優しくしてくれるのだろうか。どうしてお母様は私を抱きしめてくれたのだろうか。
緘口令を敷こうとも、私は婚約破棄されたことは、噂として広まるだろう。
そうなれば、私に価値など無くなる。
「どうして……?」
心から言葉が溢れてくる。どうして。どうして。と。
「リディはリンドロースの娘だもの」
「ですが、私はリューディア嬢ではありません。
リンドロースの娘かもしれませんが……」
「いいえ、リディ。リーデア。貴女はわたくし達の娘よ。
お腹を痛めて産んだ子ではないかもしれない。でも確かに娘なのよ。
リューディアが死んでしまったとき、わたくしは確かに貴女を恨みました。初めてあなたに会いに行くまでの数日間、泣いて過ごしたのを覚えています」
「お母様……」
お母様の告白に胸が締め付けられる。
確かに悲しくないはずがない。泣かないはずがないのだ。だってリューディアは愛されていたのだから。
だけれど、知らなかった。
「最初は貴女をリンドロースにふさわしい娘にしようと教育していました。
ですが、ひたむきにリンドロースのために努力をする貴女を見て、考えが変わっていきました。
そして貴女が熱を出して倒れた日、気づかされたのです。
リューディアの事をそう思っていたように、リディも居なくてはならない存在なのだと。
だから今はこう思っているの。リューディアが亡くなって、リーデアがわたくし達の子として生まれてくれたのだと。
リディはいつも緊張しているようだったけれど、わたくしは貴女とお茶をするのが楽しみだったのよ?」
いまだに若々しいお母様が、綺麗な顔で首をかしげる。
そんな風に思ってくれていたなんて、少しも気が付かなかった。
「では、陛下に護衛を頼んだのも……」
「リディを、子を守らずして、どうして親を名乗れようか。
お前はリンドロースの、我々夫婦の子だ。胸を張れ」
「お父様……お父様ぁぁああああああ」
貴族としての体裁を忘れ、お父様に抱き着く。
涙があふれ、言葉もきちんと話せないけれど、流れる涙の代わりに温かいものが私を満たした。
それから頭に何かが乗せられる。
それがお父様の手だと気が付いた時、「よく頑張ったな」とお父様の声が聞こえた。
ああ、私はこの家の子で良かった。本当に、良かった。
これでこの話は完結となります。完結設定になっていないとしたら、それは単純に寝坊したからです。
予約投稿で最終話で完結設定にする方法がいまいちわかりませんでした。
完結しましたが、作者は今作以外にも様々な作品を書いています。良ければそちらも……と言いたいですが、かなりジャンルが違うので、興味があれば作者のマイページに行ってみてください。
短編も書いているので、触りくらいはすぐに読めるかと思います。
以下あとがきみたいなものを書くので、興味がないという方はここまでで。
今作をお読みいただきありがとうございました。
今作は元々短編予定だったものなので短くなってしまいましたが、書きたいことはかけたのかなと。
いや、テンプレな悪役令嬢婚約破棄物を書きたかったので、書けていないんですが、まあ満足です。
ハッピーエンドにもなったのではないかと、作者的には思ってます。
婚約破棄物の短編を少し前にも書きましたが、そっちはメリーバッドエンドと言うか、オープンエンディングというか、な感じになってしまいましたから。
今作、残念なのは恋愛要素がほとんどないから、ジャンルをどうしたら良いのかわからなかったことでしょうか。異世界の恋愛ジャンルにしたかったんですけどね。恋愛要素はどこかに行きましたね。
恋愛要素が消えた今作の主題としては、タイトル通り「私はこの家の子ではありません」です。
よくあるゲームキャラへの転生ものを捻くれた感じに解釈したもの、でしょうか?
ゲームキャラとして生きていこう、とは思えなかった女性の話です。
それを最低限の要素だけ入れつつ、何とか物語になるかなと言う形にまとめた。
私の短編ですが、最長4万越えとかありますので、2万字弱の本作は本当に短編のつもりです。
ただ短編にすると読みにくいという感想を貰ったので、1万字を越えたら連載形式にしようかなと、思ったので今回はこのようにさせてもらいました。
ゲームでのリューディアは、熱から生還したことで周りが甘々になり、我儘娘になったみたいなふんわり設定です。
アルベルトの婚約者になったのも、我儘の延長で、リンドロースの財政を圧迫するほどの我儘にとうとう父親が不正に手を出したという流れがあったりします。
それから親子関係についてをピックアップしたために、ほとんど出番のないゲームのヒロイン、ハンナ・エルッキラもまた転生者設定です。
リーデアとは違い、このゲームガチ勢だったハンナは、アルベルト王子を速攻で攻略、グルになってリーデアに罪を着せるというありがちな奴ですね。
実は他の攻略キャラとか、その時の悪役令嬢とかも考えようとは思っていました。逆ハーレムを構築させてやろうかなと思っていましたが、それをやるといつ作品が完成するかわからなかったので、今回はアルベルト1人だけにした次第です。
第二王子のアルベルトは、優秀な王太子の弟として、良く兄と比べられていました。
しかも今回の場合には婚約者――リューディア(リーデア)も優秀になってしまい、ゲームの時よりも劣等感を持っています。ハンナはさぞかし攻略しやすかっただろうなと。
リューディアの両親は、本編に合った通りだいぶ前からリーデアを実の娘と思って扱っていました。
リーデア目線だと、自分が異物だという意識が強く、またリューディアへの溺愛具合を知っているのであり得ないと考えていたみたいな感じです。
弟は出してあげられずに、本当に申し訳なかったと思います。はい。
と言ったところで、ここまでにしておきます。続けるとたぶん、無限に書きそうな勢いなので。
それではまた、別の作品でお会いできると嬉しいです。




