第30話 帰ろ?
人間誰しも無視されたらそれなりに傷つくと思う。例えば後輩だったり、例えば同じ委員会で一緒に活動してきた相手だったり。それはもちろん僕も例外ではなくて、それなりに親しくやってきた相手なら尚更だ。
「ハルー、お腹減った。帰ろ?」
「今落ち込んでるから話しかけないでくれ」
「わたしはお腹が減った」
「知らん。水でも飲んでなさい」
「いらん」
例えば相手が結城栞だとしよう。
これは以前にも経験があるのだが、ある意味僕の自惚れというか、距離感の測り違いがあったから無視されたのにも納得がいく。普通にショックだったし、二度とするもんかと誓った。
最近立場が全く逆になるシチュエーションがあったのだけど、結城栞は過去の行いを覚えていたうえで、僕が無視を決め込んだのに御冠だった。
「ねー。ハールー」
今回の相手は七海綾香、数少ない相談に乗ってくれる異性だ。
話すようになったのは今年環境委員会に入ってからだけど、それ以来彼女には相談だけじゃなく、プレゼントを渡したりもらったりと親交を深めてきたと思っている。
委員会活動以外でも何かしらの交流があったし、廊下ですれ違ったら手を振ってくれたりもした。
それがどうだ?
さっきのは明らかに僕を避けるようにして走り去ってしまった……。
この事実が重くのしかかって胸の辺りがざわついて収まらない。
「ハールーハールー」
背中をトントコトントコ叩いてくる麻央が鬱陶しい。
人の気を知らないにも限度ってもんがあるだろ。
「……麻央、今日は一緒に帰れない」
「え? なんで?」
「とにかく無理なんだ」
「あ……」
乱暴にカバンを手に取って教室を飛び出した。
麻央が何を思おうと関係ない。本当に今日は麻央もクラスメイトも野上君も橋上も七海さんもみんなおかしい。
どういう理由であれ、七海さんにあんな態度を取られたことがショックで仕方がない。
僕はこと人間関係においては案外打たれ弱いのだと知った。
「はあ……」
校舎を出たところで重いため息が漏れ出る。足取りがやたらと重く校庭が嫌に広く感じる。
部活でへとへとになった時もこんな感覚だったけど、負の感情が大きい分、景色も薄暗く見える。
委員会活動が終わるのを七海さんは嘆いていたけど、あれは一体どう意味だったのだろう。
僕は勝手に七海さんに友情を感じていたけど、どうやらそうでもなかったのかもしれない。
「あ……」
敷地内を出ると見覚えのある後ろ姿を見つけた。
二つに結んだおさげに、規定よりも長めのスカート丈に黒いタイツ。似たような格好をしている女子は数多くいるけれど、今更見間違うはずがない。
「七海さん!」
駆け寄って華奢な肩をそっと叩く。
「え……楠君? 帰り道こっちじゃないよね?」
「ごめん……僕が何か悪いことしたなら謝る」
頭で考えるのを放棄して謝罪を口走っていた。
なんで謝ったのか、なぜ謝ったのか、僕にもちっとも理解できない。反射的にとしか言いようがない。
これで七海さんに理由も無いのに謝らないでと言われたらどうしようもないんだけど、教室から飛び出した時から自分を全く制御できなかった。
確かに僕は七海さんのことを友人と思っているけど、自分でもここまで短絡的に行動を起こすとは思わなかった。
「……楠君が謝る必要ないよ」
「じゃ、じゃあどうして……!?」
驚くほど情けない声が口から出てきた。
不安や焦燥、焦りが一色に混じり合ったものが声音に滲んでいる。
「楠君は悪くないの! 私が……」
「どういうこと?」
話が全く見えてこない。僕に原因がなければ一体何が原因で七海さんはあんな態度を?
「その……気まずくなってるだけなの」
「気まずく?」
依然話が見えてこないが、今日一日の違和感が頭の中に一瞬で呼び起こされた。
「楠君、小鳥遊さんと付き合ってるんでしょ?」
「……は?」
意味は理解できているのに受け入れられずに息が漏れ出た。
クラスメイトの態度や野上君、麻央の変貌、そして……そして休んだ橋田。
奇しくも嫌な予感は当たっていたらしく、一つの事実が開示されたことで、これまでの不可解な出来事が全部線になって繋がっていく。
「で、でも! 私だって違うって思ったよ? 小鳥遊さんは橋田君と付き合ってるから……でもみんな……」
七海さんはどこか歯切れが悪そうで、続きを口にするのを躊躇っている。そんな印象を受けた。
「小鳥遊さんが楠君に乗り換えたって……そうみんなが。楠君から告白したって」
「な……なんだよ……それ」
噂話にしては内容が具体的過ぎる。
第一に、麻央が誰かに自分のことを言いふらす奴じゃないのはわかってるだろ?
橋田との付き合いを話題にされるのですら酷くストレスだったってのに……。
「ねえ楠君、本当なの? 小鳥遊さんと付き合ってるの?」
「わたしがどうかした?」
「っ!」
「七海さん?! 待って!」
可愛らしくも邪悪な魔王が姿を現した途端、七海さんは顔色を変えて走り出してしまった。
「帰ろ?」
「麻央……」
胸の内の嫌な予感は膨れ上がっていくばかりだ。




