第20話 ね? いいでしょ? 助けてくれるよね?
「くっ……! 謀ったな麻央」
「で? そのわりには部屋まで着いてきてるよね」
「あの空気で帰れるか!」
麻央の猛毒全開のカミングアウトを聞かされた僕は、食欲を根こそぎ持っていかれたまま小鳥遊家の夕飯に招待された。
麻央のお母さんの料理は相変わらず美味しそうなのに、口に入れても味がしないし全然喉を通っていかなかった。それでもどうにか口に運んでいったものの、僕の顔色が悪いことに麻央のお父さんが気づいてしまったのだ。
人の良過ぎる御両親に手厚く病人扱いされて今に至る。
「それにしてもどうして麻央の部屋に……」
「あっそ。じゃあパパとママに言ってくるね」
「あー! 言わんでいい!」
ドアと麻央の間に割って入り、不要な報告を阻止する。
「仮病までして泊めてもらったんだから、わたしの言うこと全部聞いてね」
「事実が一つもない。そこまで自分に都合良く出来るのは才能だよ。ジーニアス」
「パパー?」
「うわー! やめろやめろ!」
僕の気分が悪いとこしか合っていない……。
普段の低燃費麻央がノーマル状態とすれば、今はレベルを一段階上げたパワーアップ形態だ。毒舌も悪態も理不尽も通常時の比ではない。
こうなってしまったら僕の手には負えない。普段はゲームの方に注がれているエネルギーが、余すことなくこちらに回されているのだ。如何に日頃手を抜いているのかがわかる。
「うるさい。居候ならもう少し慎まやかにできないの? ここはハルの部屋じゃないんだよ?」
「ぐぬ……」
どの口が言うんだよ……!
第二形態になったからなのか知らないが、今の麻央はやたらと喋る。それでもいつもより多い程度だが。
物事が自分の思い通りに運んでいるのが楽しいのか、子供の頃ですら中々見なかったテンションの高さだ。
「じゃ、橋田と別れるから協力してね」
「断る。そんなの自分の口から言えよ」
「パパー」
「勝手にしろ。僕はこの件に関しては絶対に手を貸さない」
「……で? なに強がってんの?」
別に強がってるつもりはないが……
「とにかくだ。散々関与すんなとか言っといて、別れ話になった途端協力してだなんて都合が良過ぎる。僕は麻央の召使いでも奴隷でもない」
ぬいぐるみを抱き抱える麻央にはっきりと言い切る。
橋田の相談には乗ったけど、ここから先は絶対に関わらない。それは絶対に曲げない。
「ハルは何も知らない」
「知りたくもない」
「ハルの気持ちは聞いてない。バカなの?」
「だったら壁に向かって喋ってろよ」
理不尽な物言いの数々に僕の口調も荒さを増していく。
本当に人のことを奴隷だと思っているんだろうな。
「橋田秀には一年の時から五回告白されてる」
「……」
知らない知らない。麻央は今壁に向かって喋ってるんだ。
「しつこくて渋々付き合ったら毎日あの有り様」
「……」
相槌も何もしないぞ。
「ね? うんざりするでしょ?」
「……そうであっても僕が協力する理由にはならない」
今の麻央のしつこさも相当だと思う。
「わたしはわたしの時間を大事にしたいだけ。ただ好きなことしたいだけ、彼氏なんかどうでもよかった」
「あーもう! さっきから何なんだよ!? 僕は協力しないって言ってるだろ!」
「何キレてんの? ばか」
「うるさい!」
「どっちが?」
「麻央だよ!」
「ねえ、橋田秀って女子からかなりモテるんだよ。ハルと違って」
「知るか! 寝る!」
部屋の隅に座り込んで目を深く閉ざした。
麻央の顔なんか見たくないし、声も聞きたくない、何も考えたくない。
僕にだって言い分や立場があるのに、それを全部無視して別れる手伝いをしろだと? いい加減にしろ。
「別れた噂が広まったらどうなるか、大体想像つくでしょ?」
「寝るって言ってる」
「そもそも橋田秀が別れさせてくれると思えない」
「……」
「ハルは知らないだろうけど、結構困ってんだよ? 今のわたし」
麻央の足音が近づいてくる。
何をされても僕の意思は変わらない。困っている幼馴染を見捨てる薄情者になったとしても、これは当人達の問題で僕は関与できない何もできない。
橋田のことは悪い奴だとは思えないけど、性格的に噛み合いそうにないのも事実だ。この件はどちらに転んでも、誰かかしらが傷つくのが目に見えている。
僕だって何が正解か分からないんだ。
「ハル? あの後輩に何か頼まれて一緒にいたなら、わたしにも協力してよ」
麻央の体温がすぐ近くにあるのを肌で感じる。
膝に顔を埋めたまま、いつの間にか朝だったらどれほどいいか。
「ね? いいでしょ? 助けてくれるよね?」
勝手だ。勝手だ。みんな勝手すぎる。
勝手に巻き込んどいて、嫌なことばかり僕に押し付けて。協力だ助けるだの心地のいい言葉で誤魔化してる。結局麻央は自分で向き合うのが怖いだけじゃないか。
「わたしのこと助けて?」
その言葉を最後に麻央は何も言ってこなかった。
冷たい床の感触は思った以上に寝心地が悪く、僕は朝が来る前に目を覚ましてしまった。気休め程度にかけられた毛布を麻央に被せ、僕はそっと小鳥遊家を後にした。
「麻央……事情がどうであれ、自分でなんとかしろよ」




