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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第一章 『ガラクタピエロと裸足の人魚姫』
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第35話 先に大人にならないで

 連休明けの平日を抜けて、あれよあれよと最後の地区大会予選もあっけなく終わっていた。二倍速の機能がオンになっているのでは? と思うほど先週は時間があっという間に流れていた。

 そして僕はその日々を外から眺めているだけにしか感じられず、目の前で起こっている物事も他人事にしか感じられなかった。窓の外から誰か知らない人達の生活を見ていた。そんな感覚だ。


「県大会出場だっていうのに浮かない顔だね。楠クン」

「んぁ?」

「やっほ」

「……なーんだ。野上君か」


 帰りのホームルームが終わって早々に野上君がちょっかいをかけてくる。実にありふれた放課後だ。


「聞いたよ! 公式戦初ヒットおめでとう!」

「あくまで地区予選だし、県大会では使ってもらえるかどうかわかんないよ……」


 最後の練習試合であれだけの醜態を晒したのに、僕は最後の大会で念願のベンチ入りを果たした。

 県大会出場を決める決勝で代打で出場し、追加点のきっかけになるヒットを打ったのも記憶に新しい。

 この結果を出すために三年も要するとは流石に思わなかった。チームメイトからも動きが急に良くなったと声をかけられたけど、最後の最後に野球の神様ってやつが忖度してくれたのかもしれない。

 まあ、神様なんて信じていないし嫌いだけどね。


「うーん……。喜ばしいことなのに浮かない顔だね。悩み事?」

「そうかな? どちらかというとスッキリしてるけど」

「また環境委員のことで悩み事かな?」

「いや全然」


 毎回思うけど、野上君はなぜこうも僕の悩みと環境委員を結びつけたがるのだろう。


「野上君さあ、そんなに僕を推薦したの悪いと思ってるなら代わってくれよ」

「いやそれはできない決して」


 いつになく声がマジだ。顔からいつもの余裕が一瞬で消え、強大な魔王を前にした勇者を彷彿とさせる真剣さだ。


「旧校舎も無くなったし、そんなに仕事ないと思うけど」

「いやそれはできない断じて」


 一つ前と全く同じ反応。断るなら普通に断るだけでいいのに、どうしてそこまで顔を強張らせるのだろう。

 追求するつもりはないけど、野上君はよっぽど環境委員の仕事をしたくないらしい。なんでもそつなくこなすのに、意外な弱点があったもんだ。花や虫が苦手なのかもしれない。


「おちょくるだけならいいよ。ほっといてくれ」

「待って待って。ボクは困ってるなら助けになりたいだけなんだって」

「困ってないって」

「そうかなあ……」

「しつこいから気持ちだけもらっておくよ」


 言って僕は野上君の横腹に軽く拳を当てた。気持ちは嬉しいんだけど、これっぽっちも悩んでいないし、少しも困っていないのだ。


「あ、そうだ。野球部に女子マネージャーが入るって知ってた?」

「知ってるよ」


 主力選手じゃない僕でも流石に部員云々の話は耳に入ってくる。というか興味がなくともチームメイトがここぞとばりに勝手に盛り上がっているのだ。話によると今年入学した一年生だとか。


「あれ? じゃあもう部活に参加してる?」

「入部届け提出されたの最近だろ? 監督も今はてんてこまいだって。早くても来週の県大会前じゃない?」

「いいなぁ〜女子マネージャー」

「陸上部だって半分以上は女子じゃん」

「ボクの気持ちがわかってないなあ楠クンは。女子選手と女子マネージャーとでは全く違うんだって」

「まさかぁ。そんなこと……あるな」

「だろ?」


 ふと頭に浮かんだ女の子二人の姿が、選手とマネージャーのイメージにぴったり重なった。

 なるほどなるほど、野上君は性格とか内面的な部分を述べてたってことか。


「でも陸上部って女子マネージャーも普通にいるよね?」

「そうなんだけど陸上部だとなんか違うんだよ。距離が近過ぎるっていうかさ」

「なんて贅沢な」


 隣の芝生は青いを無自覚に体現しているよこの男。女子マネージャーのいない他の部の男子全員を敵に回すのと、引退するのどっちが先になるのかな。

 それとついさっきから同じクラスの女子陸上部員の視線が恐い。野上君からは死角になっているけど、僕はずっと目の当たりにしているんだよ……。野上君、早く気づかないと手遅れになるよ。


「……ま、まあ選手の女の子もみんな優しくて素敵なんだけどね。結局はその人個人と向き合うのが大切なんだよ? 選手でもマネージャーでも一方的にイメージを押し付けてはいけないよ? ここまで理解したかい? 楠クン」


 向けられているただならぬ殺気に気づいたみたいだ。さりげなく僕を巻き込もうとする魂胆が見え隠れしている。少々鼻に付くが、友人のピンチだし、ここは見逃してあげるとしよう。

 僕が手を加えずとも、後ろで指をバキバキ鳴らしている女子達が、この後正義の名の下に制裁を加えるのだ。


「他の野球部員もだけどさ、毎年マネージャーが入ってくるのに、どうしてそこまで盛り上がれるのかなあ」


 陸上部ほどじゃないが、野球部もマネージャー志望はそれなりに多い。マネージャーといえど、強豪校の部員というのは内申点にもプラスになるのだろうか。


「何言ってんだよ。新しい部員が増えるのは嬉しいじゃないか」

「む……そりゃそうだけど」


 急に正気に戻ったのか、至極真っ当な返しをされた。


「可愛いといいね。女子マネージャー」


 個人と向き合うとか言ってたのが台無しだ。野上君の後ろの女子がまた指を鳴らし始めた。


「どっちみち僕はもう引退だから関わらないでしょ」

「え? 部活に顔出したりしないの?」

「絶対ない」


 最近ベンチに入った僕じゃ練習相手にならないだろう。部活を引退したら受験勉強が控えている。誰も得をしないのだから時間を割く意味がない


「高校では野球やらないの?」

「多分やらないかな〜」

「え〜? 勿体無い。せっかく強豪校で頑張ってたのに」

「高校から硬式だろ? 僕程度じゃ硬式上がりの人に追いつけないって」

「そうかな〜」


 いくら強豪とはいえ僕はそれほど上手くない。軟式と硬式の違いに慣れるのに手いっぱいなのが目に見えている。


「高校では野球以外のことに挑戦したい」

「サッカー? 陸上?」

「まだ決まってない。でも野球以外なのは確か」

「へ〜。まあ、興味を持つのは良いことだよね」

「野上君は陸上だろ?」

「もちろん! 最近リハビリの調子もいいんだ」

「それなら尚更勉強頑張らないとね」

 県でも屈指の実力がありながら、野上君は膝の怪我で二年からマネージャーになっている。当時の姿を知っているから、復帰まで順調に進んでいるのは素直に嬉しい。


「あと一年もしないうちに卒業か〜」

「一年って結構長いと思うけど、実際のところそうでもないよな」

 とんでもなく長く感じた異例の十日間もあるけど、あれは完全なイレギュラー。今後の人生でも二度と無いだろう。

「ところで楠クンは高校どこ受けるの?」

「今のとこ泉谷だけど」


 成績がもっと上がれば他の高校も視野に入るけど、現状だと通学時間も含めればベターな線だと思う。


「お! 一緒だ!」

「なーんだ」

「ここは素直に喜びたまえよ楠クン」

「いや、なんかそんな感じなんだろうなと」


 成績も似たり寄ったりだし、帰り道も一緒だし、考えなくとも大体予想できる。これといって驚いたり喜んだりしない。受験はこれから、喜ぶのは全部無事に終わってからがいい。


「楠木クーン。最近ちょっとドライだぞー」

「梅雨が来るからバランス取れてちょうどいいと思いまーす」

「ま。元気があるならいいんだ」

「落ち込んでないって言ってるだろ」


 受験勉強に対する不安は多少あるけど、それはこれからの僕の頑張り次第だ。


「あ! こんな時間だ! 委員会行かないと!」


 そうそう、僕はこれからマネージャー気質の女の子と顔を合わせるんだった。


「ごめんごめん長話しちゃって。じゃあまた明日」

「じゃあね!」

「楠君さ、少し変わったよね」

「時間無いから明日にして」

「先に大人にならないでくれよ〜」

「だから明日聞くってば!」


 訳のわからないことを言う野上君に見送られながら教室を飛び出した。

 僕が大人なら時間を忘れて慌てたりしないだろう。

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