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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第一章 『ガラクタピエロと裸足の人魚姫』
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第34話 付き合ってられない

 あまりにも優しくて悲しい声音。

 それがとても印象的だった。

 儚くてちょっとした物音や風の音でもかき消されそうな、まるで美咲みさきの心情をそのまま表しているような。

 そんな声だった。


「姉さん……? 姉さんはそれでいいの?」


 しおりが目を震わせながら動揺している。

 自分の結論が受け入れられたというのに、栞からは安堵する様子がまるで感じられない。現実を受け入れられないと言いたげな喪失感そうしつかんさえ醸し出している。


「栞の心を守らなきゃ。姉として当然だよ」

「姉さん……」

「ごめんね栞。最後までダメな姉さんで……」

「姉さん、謝らないでよ……」


 栞の声から吐息が漏れ出ている。

 僕が気づいているのだから、向かい合っている美咲が気づいてないわけがない。


 時間が解決してくれる。

 それは僕が一番嫌いで最も信頼できない言葉だ。

 時間が残酷すぎるから、僕の大好きな女の子は何も言わずにいなくなった。

 時間が何もしてくれないから、僕はいつまでも過去を引きずっている。


 結局のところ時間は何も解決しない。

 残酷にも傷跡はずっと残り続ける。

 薄く伸ばされて目立たなくなるだけで、根本的な問題は何も解決しない。


 でも、それを伝えるのは僕の役目じゃない。

 美咲も栞も本当は気づいているのだ。何も解決なんかしていないことを。


 二人が出した結論に僕が割って入ることはできない

 。結局のところ、僕はこの程度なのだ。誰かのために頑張っても、何も変わらない変えられない。


「〜〜っ」


 美咲が目元を拭った。

 僕はそれを黙って見ているだけ。

 こんなに近くにいるのに、僕には二人を助ける力も権利も無い。


「……あのさ」


 これだけの醜態しゅうたいを晒し続けた僕に今更できることはない……それでも見つけてしまった矛盾を、二人が吐いた嘘を見逃すわけにはいかなかった。


「っ!?」

くすのき先輩!? 何するんですか!?」


 二人が驚いて当然だ。

 僕が美咲を力任せに突き飛ばしたんだから。


「はぁ……いつまでも意味のない会話をダラダラと……くだらない。付き合ってられないんだよ」

「……ごめんね。陽也はるやくん」


 違うだろ美咲。

 いつもなら『はあ!?』『ムカつく』って喰ってかかるだろ?


「時間が解決してくれるって絵空事えそらごとを本気で信じているのか? だとしたらおめでたいな」

「先輩? 急にどうしたんですか?」


 栞だってそうだ。

 大好きな姉が突き飛ばされたのに、なに大人しくしてんだよ。


「何も解決しちゃいねーよ。そんなこともわからないから僕にだまされ続けんだよ」

「陽也くん……?」

「ちょっと顔が良いから面倒事も我儘も付き合ってきたけど、ここまで馬鹿だとやってらんねーんだよ」


 二人が口を挟む前に僕は続ける。


「気持ちもろくに伝えられない臆病者おくびょうものの姉に、二度と会うことのないクズの影にいつまでもおびえ続けるバカな妹」

「っ!」

「姉さん!?」

「ってぇな……」


 美咲が僕の頬を叩く。

 鈍い痛みが次第に広がっていくが、この程度で止まったら僕は一生後悔する。

 一度踏み込んじゃいけない部分に踏み込んだのなら、最後まで貫き通さなきゃダメだ。


「下手に自分をいつわりやがって。いつまでそうしてるつもりだ? 本音を伝えもせずに妹にだけ語らせるなんて虫が良すぎる」

「楠先輩、もうやめて……」

「知るか。浮気して家族を捨てたクズ女と美咲が似てる? だからどうした? 子供でも二股してる奴くらい何人もいるだろ」


 もう一度美咲の平手打ちが炸裂さくれつする。

 僕は構わずその手を掴み、顔を近づけて美咲を強く睨みつけた。


「僕だって何人も付き合ってる」

「……」

「気づかなかったのか? 本当に馬鹿なんだな。部活で遊べないなんて全部嘘だよ。嘘。三人……五人くらいかな?」

「このクズ男……! 姉さんから離れてください!」

「うるせぇ。人が話してんだ、割って入るなよ。僕はなあ、こんな顔だけいいような奴じゃなくて、大人しくて可愛げのある人がいいんだ。何が妹と仲良くなりたいだ。妹と一緒に遊ぶ場所を探したいって、そんなのに僕を一週間も付き合わせるな。一緒にいる間ずっと思ってたさ、無駄な努力だってな」

「お姉ちゃんを離せぇ!」


 栞が涙を流しながら僕を力任せに突き飛ばす。


「いって……」

「謝れ! 謝れ! お姉ちゃんに謝れ! お前なんか! お姉ちゃんの前から消えろ!」


 ようやく……やっと栞が本当の顔を見せてくれた。


「……うっぜ〜。なにこれ?」

「……もう帰ってよ。陽也くん」

「付き合わせといて帰れとか随分勝手だな」


 僕は砂埃すなぼこりを払ってゆっくりと立ち上がった。

 まだ足りない。まだ止めちゃいけない。

 これぐらいじゃないはずだ。こんなもんじゃ最低のクズの足元にも及ばない。


「誰かのためになんて意味ないよ。馬鹿馬鹿しい」


 そう吐き捨てた後、僕は大きく息を吸った。


「あーあ! 兄弟なんかいなくて本当に良かったよ! お前ら見てると心の底から思うよ! だって面倒だし。そのうえ赤の他人の僕にここまで迷惑かけといて……なあ!? なんで僕の前に現れたの? マジで時間返してくれよ」

「陽也く……楠さん」

「あ?」


 震えそうになる拳をポケットの中に押し込んだ。


「今まで迷惑かけてごめんなさい。いえ、すみませんでした」

「いやいや、謝ってどうこうなる問題じゃないから。一週間も僕の時間を無駄にさせたんだぞ?」

「……」

「なに黙ってんだよ。姉妹揃って碌でもないな。ああ、そういえば血は繋がってないんだった。つーかこんなのが同じ地区に住むとか冗談じゃない。ああ、片方は住まないんだっけ? マジで頼むよ」

「……もう喋らないでください口を開かないでください。あたし達も、金輪際関わらないので。それで終わりにして。これで終わりにして」

「ああ!? 何勝手に——」


 声を荒げたが、美咲は僕のことなど目もくれずに栞に向き直った。


「栞……」

「う、うう……おねえちゃん……」

「ごめんね栞……あたし……やっぱり栞と離れたくない!」

「わたし、知ってたのに……お姉ちゃんはあの人と全然違うって。一緒にしちゃいけないのに……それなのにわたしが弱いせいで……」

「そんなことない! 栞はずっと戦ってきたんだもん。あたしがいつまでも勇気を出せなかったら苦しめてた」

「おねえちゃん……ごめんなさぃ……大好きなおねえちゃんに酷いこといっぱいして……う、うわああああああ」

「無理させてごめん……! あたしも栞が大好きだから! だから……!」

「……バカみてぇ。しらけた。帰るわ」


 胸がズキズキと痛い。

 足元はふらついている上に視界がぼやけて最悪の気分だ。

 嘘を暴くのがこんなに疲れるとは……本当に割に合わない。


 二人はお互いに嘘はついていなかったけど、自分の気持ちに大きな嘘をついていた。

 こんな結末になるとは予想できなかったけど、これで少しでも前に進めたらと思う。

 優しい二人が招いた長い悲しいすれ違いは、一人のクズが馬鹿やってようやく終わりを迎えた。屑が拗らせた問題は、やはりクズが締めくくるのが相応しい。

 もっとも、見ず知らずの屑の尻拭いをされたようで心底腹立たしいが、それで姉妹の心の雲が晴れてくれるのならなんでもいい。


 人一倍繊細な姉はやっと気持ちを打ち明けた。

 しっかり者の妹は弱さを晒して本来の顔を姉に見せた。

 僕は二人を救い出すヒーローにも主人公にもなれなかったけど、道化としては……まあ、そこそこやれたと思う。

 

 美咲にも栞にも嘘は似合わない。嘘を吐くのは僕一人で十分だ。

 誰かのためにだなんて本当に馬鹿馬鹿しい。だから嫌なんだ。自分じゃ何もかも足りないから、何かを成し遂げるためには何かを差し出さなきゃいけない。


 手放したくないものも手放さないといけない。


 人目を憚らず泣き続ける二人を背にして僕はその場を去った。

 差し込んでくる陽の光が鬱陶うっとうしい……。

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