第13話 人魚姫に憧れている
熾烈な月曜日に続く追撃の火曜日。今週はもう修羅の週なんだと諦めていたとこだけど、今週の天気予報を大きく裏切り、今日は朝から絶え間なく雨が降り続いている。
自宅のリビングでテレビを観ていた僕は、小学校低学年くらいまで夢中になっていたアニメがまだ続いていたことにちょっとばかし感動を覚えていたところだった。キャラクターのぬいぐるみが僕の部屋の片隅に未だにある。
子供向けなだけあって、内容も実にわかりやすいものだった。幅広い世代が知っている童話や昔話を、子供に馴染みやすいポップなキャラクターと明るい展開で繰り広げられる物語。テレビの前に引っ付いて観ていたはずなんだけど、自分でも不思議なくらいスンと興味を無くしてしまった。
このアニメやマウンテンバイクといい、もしかしたら僕は飽きっぽいのかと不安になる。
テレビをかけていても、雨の音はお構いなしに耳に入ってくる。今日がもう三分の一も残っていないというのに、強くなったり弱くなったりするわけでもなく、変わり映えのない天気で一日が終わりそうだ。
一言で言うとつまらない天気なんだろう。僕も雨は好きではない。しかし昨日の今日となると、この延々と続く雨の音がなんだか心地良いい。
「ん……ふあぁ」
背伸びをすると大きな欠伸が出た。昨日とは真逆の穏やかな放課後。せっかく部活が休みになったのだから、夕飯まで一眠りするのも悪くない。
膝の上に乗せていたクッションを枕代わりにしてソファーに寝転ぶ。少し手を伸ばせばテレビのリモコンに手が届くけど、一度横になってしまうと、ちょっとした動きすら面倒になってしまう。
この気怠さのまま目を閉じたら、きっと僕は夕飯の時間まで目を覚まさない。下手をすれば朝まで——
『ピンポーン』
インターホンが空気を読まずに鳴る。
無視無視。こんな天気の悪い日に訪ねて来る人などいやしない。
ひょっとしたら僕はすでに眠りについていて、結構リアルな夢を見ているのかもしれない。あまり良い夢ではなさそうだ。
『ピンポーンピンポーン』
「〜〜っ」
呻き声をあげながらクッションに顔を埋めた。絶対に出ない。こんな鳴らし方をする奴はきっと碌な訪問者じゃない。
『ピンポーンピンポーンピンポピンポーン』
「……最悪だよ」
渋々起き上がりモニターのスイッチを押す。相手からはこちらがモニターを見ているのはわかるんだっけ? と考えていたところに画面に思わぬ姿が映る。
「な、なんでここに……」
「あ。その声陽也くん?」
この雨の中追い返すわけにもいかず、渋々あげることにした。
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「そんなに楽しい家ではないと思うけど……」
「お邪魔しまーす」
いつ家の場所教えたっけとか、雨が降ったらどうとか約束をしたようなしてないような……頭の中がしっちゃかめっちゃかのまま美咲をリビングに案内する。
「……とりあえず適当に座って」
「ほーい」
同年代の女の子を家に上げるのはいつぶりだろう……。そりゃ小学生の頃は何人か遊びに来たことはあったけど、その時と今とでは状況も常識もまるで違う。男子と女子の壁が薄い小学生ならともかく、今はもうはっきりと隔たれている。来年には高校生になる僕ら中学生。それも美咲みたいな芸能人顔負けの女の子と二人きりとなれば緊張もする。
「雨大変だったんじゃない?」
「少し濡れちゃったくらいかな。へーき」
「そうか。大丈夫そうならよかった」
何がよかったなのか……。連絡もなしに家に押しかけてきた理由を僕はまず問うべきじゃないのか?
「あ! 昔見てたやつじゃん! 懐かしい〜!」
美咲の目に留まったのは垂れ流しにしていたアニメ番組だ。美咲はスリッパをパタパタと鳴らしながら、テレビに近い位置に腰を下ろした。
「何か飲み物入れてくるよ。何がいい?」
「陽也くんのオススメで」
「じゃあ水かな」
「ちょちょちょっと! なんでそんなに淡白なの!? あたしそんなに迷惑だった!?」
「ミネラルウォーターだよ?」
「そういう問題じゃないし!」
水を嫌いな人はいないだろうと思い、一番無難なチョイスをしたはずなんだけど、美咲の反応があまり良くない。どうやら美咲は喉を潤すのも拘りがあるみたいだ。
よく耳にするスターダストコーヒーみたいなのをご所望なのだろうか……うちには名前の長いコーヒーはないし、淹れる技術も道具もない。勿論、お洒落なトッピングもだ。
「そうだ。プロテイン飲む?」
「陽也くん今日どしたの? 熱でもある?」
結構マジなテンションで心配される。声のトーンが明らかに真剣そのものだし、目が病人を見るそれだ。だが僕の体調は絶好調に近い。
「熱はないよ。至って普通」
「余計に心配なんですけど……」
わかりやすくドン引きされた。ココアと見た目が少し似てるからプロテインを勧めてみたが、こっちも想像以上の低評価。確かに味は美味しくはないから、好き嫌いが多そうな美咲には合わないかもしれない。飲み物というより食品に分類されるから、その点も良くなかったのかも。野球部の先輩に勧められてからは部活後必ず飲むようにしているけど、一年続けてもあまり効果を実感できない
「あ。そういえば紅茶があった」
「それ! それがいい!」
飲みたいものがあるなら遠慮せずに言ってくれればいいのに。遠慮なんて美咲らしくない。
お湯を入れるだけならプロテインよりよっぽど楽だ。
「はい。お待たせ」
「ありがとーございまーす」
僕もちょうど温かい飲み物が欲しくなっていたので、同じレモンティーを二つテーブルに置く。形の全く違うカップから全く同じ香りが漂っている。お茶菓子の一つでもと戸棚を漁ってはみたが、あったのは個包装されたウエハースチョコレートだけだった。僕は結構好きなんだけど、紅茶と一緒に並べるとなると相性はどうだろう。美咲の好みを把握してないから堂々と出しにくい。小綺麗な箱に入ったクッキーやチョコレートがこの場は適切なんだろうけど、僕に出来る精一杯のおもてなしはこんなとこだ。
「さてと……」
「いただきま〜すっ。うま」
向かい側に座ると、美咲は早速お菓子を口に運んだ。及第点の反応だ。
「美咲も知ってたんだな。あのアニメ」
「よく観てたよ。シンデレラとか白雪姫とか……あとは赤ずきん。陽也くんはどのお話が好き?」
「そうだな。僕は……人魚姫かな」
当時は特に気にしていなかったんだけど、人魚姫のお話というよりは、人魚姫そのものにちょっとした憧れを今になって抱いている。人魚姫は好きになった王子と一緒になるために、魔女と取引までして人間の姿を手に入れる。
結局人魚姫の想いは届かなかったが、好きになった人のために美しい声まで差し出した意思の強さというか、気持ちの強さが僕にはなかった。
想いを伝えられないどころか、いつまでも過去を引きずり続けている僕とはまるで違う。そんな強さに僕は一種の憧れを持っている。
「ぷっ。陽也くんって意外と女の子目線?」
「な、ちがっ! 僕が人魚姫を好きなのは彼女自身に対するものであって——」
「なるほど、あんな感じが好みなのか……さっぱりわからん」
全く噛み合っていないうえに『シンデレラ』の方が可愛くない? とか言い出す始末。
「そうじゃなくて! 僕は人魚姫に色んな意味で憧れてるんだって!」
「お姫様になりたかったの? 陽也くんて結構女の子寄りの趣味だったり? 男子にしては声高いし、顔も可愛い寄りだし……もしかして!」
「は……はあ!? 変な冗談はよせ! 僕が憧れたのは人魚姫のつ、よ、さ!」
女子から言われる『可愛い』がこんなに屈辱とは思わなかった……! 僕は一体なんの理由があってこんな辱めを受けているのだろう。
「つーか美咲は女子校だったんだから僕以外の男子は知らないだろ!」
「陽也くんが部活に出てる時にちょっと見た」
「うげっ! 練習見てたのか!?」
「うん。ちょっと見ちゃった」
な、なんだと……! よりにもよって一番見られたくない相手に。
「昨日陽也くんを待ってる時にね。つまらないからすぐにやめたけど」
「人が努力してるとこをつまらないって言うなよ」
「だって本当のことだもーん」
言ってることは分からなくもない。練習じゃなくて試合ならもっと違うんだろうけど……。
「ま、あたしがあの時出会ったのが陽也くんでよかったよ」
「……そ、そうか」
「他の男子だったら仲良くなってないよ。絶対」
躊躇いもなく不意打ちですごいことを言う。揶揄ってきたと思ったら急に真面目なことを言い出すし、どんな時だろうと僕は美咲には振り回されっぱなしだ。




