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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第三章 『ガラクタピエロと泣かないシンデレラ』
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第28話 七海家

綾香あやか〜学校どうだった〜?」

「……」

「ね、ねえ七海ななみさん、お母さんが学校どうだったって訊いてるよ?」


 七海さんを家まで送り届けた僕だけど、偶然七海さんのお母さんに鉢合わせして、あれよあれよでお邪魔している。家の近くまでは何度も送り迎えに来たことがあるけど、こうして家に来るのも家族と顔を合わせるのは初めてだ。


「綾香綾香! 皺になっちゃうから制服着たまま寝ちゃダメだからね!」

「あーもう! お母さんうるさい! 楠君いるのに部屋に入って来ないでよ!」

「ははっ……えーっと……僕のことは気にしなくて大丈夫です」

くすのき君ごめんね〜、いつも綾香が我儘ばっかりで。ほら綾香もお礼言って」

「バカ! いいから出てってよ!」


 二人にとっては当たり前なのかもしれないけど、僕にはとても微笑ましい光景に見えた。学校ではいつも大人しい七海さんの家族の前で見せる顔、僕の前でのしっかり者の姿ともまた違う。度々ちょっかいをかけてくるお母さんにプンスカ怒る姿はこの上なく可愛い。


「はあ……はあ……本当うるさい」

「お母さん元気いっぱいだね」

「どっちが子供かわかんないよね」


 七海さんはドアを後ろ手に閉めながら息を整えた。

 そりゃ七海さんの方が子供なのは間違いないんだけど、お母さんは見た目も驚くほど若い。親子というより姉妹の方が全然しっくりくる。顔は結構似ているのに性格は全然似てないのが中々面白い。特に喋り方や行動的なところが全然若者だ。

 七海さんは学校では遠慮していて、本来はお母さんみたいなやんちゃな性格だったりするのかな……。


「さて、邪魔もいなくなったし何しよっか?」


 七海さんがベッドにペタリと座り込んで首を傾げるが、このタイミングで僕に振られてもそこはかとなく困るんだよな……。

 ベットの上にちょこんと座る姿は可愛らしいんだけど、このパスは中々にえげつない。

ていうか七海さん、さらっとお母さんのこと『邪魔』て言ったよな……。身内故の遠慮の無さなんだろうけど、僕と麻央も側から見たらこんな感じなのかなあ……。となると麻央はもうちょっと僕に優しくしてくれてもいいな。マジで。


「そ、そうだね……」


 返答に困る。そもそも今日は七海さんを家まで送るのが目的であって、家に上がるのは完全に想定外なのだ。それに何の前置きも無しに、いきなり七海さんの部屋だって? 色々と追いつかないに決まってるだろ。七海さんとは勉強以外では委員会ぐらいしか交流がなかったから、急に何しようかと振られてもすぐには出てこない。

 ただでさえ初めての七海さんの部屋で緊張しっぱなしだってのに。


「楠君どうしたの? キョロキョロして」

「あ、いや……」


 部屋の中を見回して何か話題にできそうなものを探す。同じ女子なのに部屋の雰囲気が麻央とは全然違うのに驚かされる。やたら派手な色合いの椅子もなければ、ゲーム機の類も全然無い。机の上や本棚はきっちりと整理されていて、参考書や問題集が大半を占めている。何本かあるブルーレイディスクは七海さんのお気に入りの作品だろうか。


「あ! ダメだよ! あんまりジロジロ見ちゃ!」

「え? だめ? すごく綺麗に片付いてるって思ってたんだけど……」

「だめ。恥ずかしいの」

「そこまで言うなら見ないけど……」


 何も恥ずかしがる必要はないと思うのだけど……。僕の部屋もどう思われてるのか、今更になって心配になってきた。


「そうだ。今日進路希望調査の提出日だったけど、楠君はちゃんと出した?」

「うん。前回と同じ志望校で出してきた」

「やっぱり泉谷?」

「だね。僕の学力とか通学を踏まえると、やっぱり一番適切な選択だとは思う。七海さんは?」

「私は葵空」

「そっか……」


 気まずいとしか言いようがない微妙な空気が二人の間に流れる。

 前回の希望調査でお互いの志望校は知っていたのだけど、胸の内に小さな糸のようなものが引っかかった感じが否めない。

 少しのきっかけで簡単に解けそうなのに、僕はそのきっかけも見つけ方も知らない。来月ともうそこまで別れは差し迫っているというのに、言うべき言葉を思いつけないでいるもどかしさが纏わりついて離れない。


「その……楠君、成績の方はどんな感じ? 順調?」


 目線を足下に下ろしたまま、七海さんが問いかける。

「成績はかなり上がってるよ。七海先生にに教わったおかげかな」

「よかった。でも楠君は元々頑張ってたから結果が追いついてきたんだよ」

 口調は明るいが、顔は伏せたまま。何となくだけど、僕は今かけるべきなのは謙遜でも感謝でもない気がした。

「……実を言うと今日職員室に呼ばれたんだ。今の僕なら葵空も狙えるって」

「っ!」

 ようやく七海さんと目が合う。歩道橋の上で会った時みたいに、髪の結び方が少し緩くなっているのをこんな時に気づくなんて……こういうとこがノンデリカシーだと言われる所以なのかもしれない。

 僕は七海さんのことを知っているようで、本当のところは何も知らない。今日だって家族の前では少し当たりがキツくなることを初めて知った。素顔も知らないし、髪を下ろしているとこも知らない。

 学校が違くなるだけでお別れとはならないんだろうけど、どうして僕は七海さんに対してこうも心配になるのだろう……


「あと一回、最終調査もあるし……」


 七海さんの反応を伺いながら慎重に言葉を選んでいるのだろう。

 お別れしたはずの面影が七海さんから一瞬でも感じたからなのか……それともこれから先も七海さんと一緒にいたいのか……。


 だとしたら僕が七海さんに持っている感情は——。


「ねえねえ綾香、一緒の学校に行きたいって正直にお願いしたら? 猫被って大人しいフリしても逆効果なんじゃない? マジでさ」

「……っ」


 表情一つ変えずにドアをピシャリと閉める七海さん。お母さんも中々粘り強い。


「本当にごめんね。うちのお母さん馬鹿みたいにしつこくて」

「全然。歓迎されてるみたいで嬉しいよ」

「嘘だあ。絶対お母さんに気遣ってるよ」


 そんなことはない。これは紛れもない僕の本心だ。普段家に一人でいることの多い僕からすると、こういう賑やかな感じがたまに恋しくなる時がある。学校じゃ見せない七海さんの姿も知れた。


「……楠君の成績が上がってるなら勉強会大成功だね」

「多分人生で一番成長を実感してるよ。全部七海さんのおかげだよ」

「大袈裟すぎ。褒めても何も出ないし、私との約束は守ってもらうからね」

「約束って……思い出がほしいってやつ?」


 僕と七海さんの勉強会のきっかけも、元々はこの約束が始まりだった。

 故意でないとはいえ、僕のせいで迷惑をかけてしまったことに対する償い。そのための関係。同じ高校を目指すために一緒に勉強をしたという思い出が欲しいと七海さんは言っていたけど、それがなければ必要のないものだったのかと疑問が残る。疑問が瞬く間に膨らんで、胸中に雲が立ち込めてしまう。

 あの時何事もなく誰にも目撃されなかったなら、今のこの時間もなかったのだろうか。

 同じ高校を目指してとは言ったけど、そこから先のことを七海さんはどう考えているのだろうと、次から次へと問い詰めたい気持ちだけが膨らんでいった。

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