千鶴子の人生
青野千鶴子は裕福な家の第二子として生まれた。ちなみに兄、妹との3人兄弟である。
伝統のある家系だったが、そのせいなのか父親は大変保守的な…要するに男尊女卑な思考の持ち主であった。
女は男を立てろ、黙って夫に付き従い影で支えるのが良い妻だと幼少期より散々言い聞かされ、そのためのお稽古を詰め込まれた。
食事も兄や父とは違うものだったし、男の決定に逆らうなどとんでもないという雰囲気だった。
本当は進学したかったけども許されるはずもなく(そもそも当時は女性が入学できる大学はほぼなかった)、他の多くの同級生同様、高等女学校を卒業したら結婚する予定だったのだ。
その予定がズレたのは戦争が始まったから。
家族全員どうにか生き延びたが、終戦の頃には家はかつてほどの余裕はなくなってしまった。
食い扶持を減らすために、国内情勢がある程度落ち着いたところで私はとっとと嫁に出された。
まあすでに18歳であり、本来ならば数年前には結婚していたはずなので異論はなかったが。
結婚相手の男性は30歳。
徴兵されどうにか生きて帰って来たものの、親族が皆戦争で死んでしまい天涯孤独の身となってしまったらしい。
お父上が生前経営されていた会社を復興させ、2年ほどで軌道に乗せたというのだから見事なものだ。
そんなやり手にも関わらず、なかなか女の影が見えない彼を心配した同僚が伝手を辿った結果、私との結婚につながったというわけである。
この人…晴政さんはとかく寡黙だった。
結婚式で初めて会って挨拶した時も、「よろしく」の一言だけだったし、銀婚式を迎える程一緒にいてもそれは変わらなかった。
愛を囁くどころか会話の99.9999%は私が喋り、彼はそれに「ああ」もしくは「そうか」と相づちを打つだけだ。
こんなにも寡黙でどうやって仕事しているのかしら、と思ったが仕事中の指示などはちゃんとしていたらしい。
でも彼は良い人だった…と思う。
私の言動に干渉することも、否定することもなかった。
なのに子供がなかなかできず、私が父親に「子も産めない出来損ない」と罵倒された時は、
「子は授かりものですから、それが来ないのは私たち2人の不徳のいたすところです」
と庇ってくれた。
今でこそ不妊は男女ともに原因があり得ると言われているが、当時は妊娠・出産にまつわる全てが女性の責任だと思われていたから、夫がこんな風に妻を庇うのはとんでもないことだったのだ。
この時私は彼の優しさに恋に落ち、この人を支えたいと思った。
そこから数十年。
私は「良き妻」であれるよう家周りの仕事に尽力し続けた。
夫より早く起き、遅く床につく。
食事は毎食5品以上は作った。どれも健康に配慮した献立だ。
社長の身だしなみが乱れるなんてあってはならないから、洗濯とアイロンには人一倍気を遣った。
自宅では寛げるよう、常に家中をピカピカに保った。
彼はそのどれにも大きな反応はしなかったが別に良い。私が好きな人を支えたくてやってることだから、いわば自己満足。
気づけば夫の会社も大きくなり、余裕が出てきたので昔習っていたお茶やお花を再開した。
そこでできたお友達は皆穏やかでいい人たちだった。
結局子供は授かれなかった(だから賢母というのは間違いである)が、その分甥や姪を可愛がった。
兄は父の思想をあまり継いでなかったし、兄弟仲は悪くなかったのでよく家族同士行き来していたのだ。
これは晴政さんが亡くなった時大変有難かった。
歳を重ね覚悟していたとは言え、やはり愛する人が死ぬというのはとても辛い経験だった。
しかし落ち込む私を励まそうと、甥や姪、その子どもたちが毎日交代で遊びに来てくれたのである。
ちなみに友人たちも心配してよくお茶に誘ってくれた。
おかげであまり塞ぎ込まずに立ち直ることができた。
死ぬ前に「大人になってからは周囲に恵まれた」と懐古したのはこういった流れがあったからだ。
正直戦前であれば、晴政さんと結婚することはなかったと思う。
家柄も中庸な上に天涯孤独なんぞ馬の骨もいいところ、と父なら怒鳴り散らしていたはず。
けど晴政さんとの結婚が私の人生を穏やかなものにしてくれたのだと胸を張って言えるし、そう思うと私の青春の全てとたくさんの命を奪った憎き戦争にも良い影響はあった。認めたくはないけど。
…でも、私は愛する夫にすら最期まで言えなかったことがある。
私、本当は男の人みたいに進学して仕事をしたかった。
裁縫も料理も別に好きじゃない。
高等女学校で一番好きだったのは理科と算数だった。
お茶とお花だって、昔から習っててある程度できたのと、良い妻だと思われやすい趣味だから再開したのだ。
本当の趣味は晴政さんの書斎に置いてある化学や生物、数学と書かれた教科書をこっそり読むこと。
基礎も治めていない私ではほとんど理解できなかったのだけれど、数字や化学式の羅列を見ているだけでなんだかワクワクしたものだ。
読んでいるのが晴政さんにバレないよう、いつも最新の注意を払って本棚から取り出していたのはいい思い出である。
私は良妻賢母なんかじゃない。
お淑やかでも家庭的でもない。
ただ時代に流された女でしかなかった。
晴政さんも亡くなって10年が経とうかという頃、姪の娘(又姪)が大学生になった。
理工学部へ進学し、学業にバイトにと毎日忙しそうにしていた。
彼女の友達の一人は単独で海外一周しているのだという。
それを聞いた時は大層驚いて、女性一人で海外なんて、と言ってしまった。
すると又姪が友達がインターネットに挙げているという写真を見せてくれた。
そこには見たこともない鮮やかな景色の中で、満面の笑顔で写る女の子がいた。
それを見た時、私は彼女たちが眩しくて…それと同時に羨ましくて仕方なかった。
彼女たちは私よりもずっと広い世界に生きて、無数の選択肢がある。
今の世の中に生まれていれば、私も大学に行って好きなことを思い切りできたのだろうか?
自分の人生に満足はしているけど、それだけは後悔として胸に刺さっていた。
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「…そうだったわね」
青野千鶴子の人生を振り返り、目を開く。
深くため息をついた。
本当はわかっていたの。
私はただ逃げてただけ。
確かに時代に翻弄されたところはあったけれど、勉強だって仕事だって、それこそ大人になってからはいくらでも選択できたはずなのに。
言い訳をして避けていたのは怖かったから。
いい年をしたおばあちゃんが今更勉強なんてと笑われるのも、新たな仕事で失敗するのも、「良妻賢母」のイメージが壊れてしまうのも、全部全部怖かった。
仕方ない、又姪たちとは時代が違うと言い聞かせて楽な方向に進んでた。
彼女たちだって、選択肢が多いからこその悩みや辛い経験もあっただろうし、そもそも私の同世代にも、僅かとは言え進学や就職した女性がいたのにね。
私に足りないのは、好きなことを突き通す覚悟と勇気だった。
また自分よりも世間の基準を優先して生きて、死ぬ前に後悔するの?
…そんなのは、嫌。
「せっかくのセカンドライフですもの。セレスティア・アズールは好きに生きさせていただくわ!」
史実とズレがあったらすみません
ファンタジーってことで許してください…




