二十一話、ルノとソラ
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瓦礫だからの城下町で、ルノは瞳を半分ほど開けて、現実を見据えた。
「あなたの言う意味はまたよく分からないの…………でも、ルノは、まだ、止まれないの」
ゴシックドレスに身を包み、飽きもせず飛び掛かる敵手へと回し蹴りを叩き込んだ。
「物覚えの悪い精霊……試行回数は三ケタを超えたと、ルノは記憶しているの」
「で? だからなんなのですか? シルベちゃんはまだまだ元気です」
シルベ、と名乗る謎の精霊。ソラ・ヤマナミに追従する意味不明な存在。
「飽きたの、ルノは同じ猿真似に100は付き合えない、と言ってるの」
ルノは呆れ気味に裏拳を放ってシルベの脳漿を撒き散らして吹っ飛ばす。
「まあ! 飽きたのに付き合ってくれるなんてなんて優しいの!! シルベちゃん
にち〇こがついてたらハメ殺してるのです。ばきゅーんとね」
「それはそれは随分と節操のない拳銃なの。でもそんな可愛らしい爪楊枝でルノは満足できない気がするの……ごめんね? なの」
次の刹那、飛び掛かるシルベちゃんの肩へ手刀を放ち、その圧倒的すぎるステータス差を以って切断する。
「(当たり前のように再生する……これだから精霊は、なの。
空間中の魔力を使用できる超越存在……要は魔力量が無限の魔術師なの)」
ルノが先ほどからシルベちゃんを殺しきれていない理由だった。
そう、シルベちゃんは際限なく自己再生をする。即死だろうがお構いなしに再生を繰り返す様は最早不死と言っても過言ではない領域だ。
痛いはずなのに当たり前のように突撃する――――治るんだからいいだろう? と言わんばかりに。
そんな狂気じみた様に、ルノはため息を吐き。
「でもこれで、うち止めなの」
――――己の勝利を確信した。
「が、ぁ……ぁっ……ッ゛……」
刹那、シルベちゃんが喉から血反吐と泡を吹きながら地へ伏した。
「言ったはずなの。猿真似はもう飽きた、と。
流石に同じ展開を何度も繰り返して、対策されないわけ無いの。馬鹿が、なの」
人生に置ける経験値の差である、と冷ややかな視線をルノは向けた。
「本当に意味不明だったの。
灰霧で臓器を侵しても、侵した個所を物理的に引き千切って治癒で再生しだすし、脳漿だろうがお構いなしに吹っ飛ばすしで……本当に疲れたの」
戦闘してる時の状況を思い出しながら鬱々と文句を言いだすルノ。割と文句言っても仕方ないレベルの気持ち悪い戦い方だったのでぐうの音も出ないシルベちゃん。
「ぁ゛、……ェ゛……?」
どうやったのです? と問いかけるシルベちゃん。その瞳は自分の死など微塵も斟酌していなかった。
「(ああ、ああッ!! 気になる気になる気になるのです!!
どうやって、どうやってシルベちゃんを追い詰めた!?
そしてその手段は〝シルベちゃんにどんな成長を齎してくれるのでしょう!?〟)」
彼女の思考は成長という方角に振り切れ過ぎている。
あまりにも奇怪で、あまりにも不気味な精神性は己の死すら興味の外へと追いやっている。
「気付かないように調整程度、戦場を生き続けたルノには訳ないの。
灰霧、侵されてることに気づなかったでしょ? なの」
冥途の土産と言わんばかりにルノは答えた。
警戒を今でも解かずに、いつ何が来ても対処できるように武器を握っているのはそのまま、シルベちゃんに付け入るスキがないことを意味している。
「気付かないほどの密度の低さで、お前の魔力回路を潰した。
これでお前は魔法の一切が使えない、そういうことなの。
灰霧のコストも下げられる以上、最良手だったの」
要はソラがエミール構成作戦をした時と同じだ。
――――魔力の残滓が少なすぎて全く気付けない。
それを応用して能力を|相手が気付けない程度に微細なモノにする、という程度、英雄と呼ばれるほどの戦闘者が出来ないわけがない。
「【自分の変化すら気付けない速度で侵す】というのが条件だった以上、猿真似に付き合う必要があったの。
けどまあ、適度に発情してアドレナリンを生み続けてたみたいだからかなり難易度が低かったなの」
全ての種明かしを終えてからルノは――――シルベちゃんを殺した。
◆◇◆
瓦礫の山で、腰を掛けながらルノは独白をしていた。
周囲には誰もおらず、その声はポツリと切なく消えていく。
「どうして人が傷付くのか、傷付かなければいけないのか。
ルノはずっと考えてたの」
脳裏に浮かんだ愛しい彼。傷を癒して、愛し続けたルノの最愛。
――――どうして彼は傷付かなければいけなかったのか、それを彼女は探していたのだ。
「正しい人が苦しんで、
間違えている屑が喜ぶ。そんな不条理、そんな理不尽……それが当たり前に通ってるという不具合があるの」
正しい人が救われて、
間違えてる人は嫌われる。
それが人々の描く理想だろう。だが理想は理想でしかないのだ。
それを嘆いて、嘆いて、嘆いた果てにいるのがルノだ。
「初めは、誰かを傷付けること……それを成す人間こそがルノの敵と……そう認識してたの」
戦争で、大切な仲間を守りたいから敵を殺した。
だが、後の経験で彼女の認識は変わってしまった。
「でも、違うの。誰かを傷付ける人間には、相応の傷が刻まれてたの……
誰かに傷付けられて、愛しい誰かにを求めて……誰からも、救ってもらえなかった……その果てに、自分以外の幸福を貶したいと願うの」
それは因果という概念。
傷付けられたからその傷が生まれる、悲しいから涙が溢れる、ただそれだけのことを知るのに沢山の時間を費やした、とルノは自分はやはり無価値だと認識する。
「人が人を傷付ける、ゆえに人の心は歪んでいく――――じゃあ、始まりはどこにあるの?」
闇の原初は――――悪意に満ちたアダムはどこにいる?
「最初に歪んだ人は、なんで歪んだの?」
どうしてイヴは神の果実を食べたのだろう。
「災害、疫病、飢饉、生存競争……しなければいけない状況にまで追い詰められた人々の……戦争。
きっと、〝人が歪む〟……それがこの世界の理なんだと思うの」
嗚呼、きっとそれは世界がそういうものだからなのだろう。
と、ルノは知ったのだ。
「だからルノは――――こんな世界を認めたくない」
――――ゆえに、破滅へ導こう。この間違えた世界を。
「……この世界は間違えてる。誰もが傷を負いながら生きなければいけない世界なんて、間違えてるに決まってる」
ギリ、と音が出るほど強く歯を食いしばり。
瓦礫の山に立ち、現れた敵手へと殺意に満ちた眼光を向けた。
「だからこその、お前なの――――ソラ・ヤマナミ」
ソラの到着。ルノは見下しながらその姿を見た。
「お前の属性、ルノは見たことがあるの。
痛みを知った上で突き進む在り方。
見るだけで惹かれてしまう背中。
他者と全力でぶつかり、その果てで分かり合う精神性。
――――それは英雄の在り方なの」
ソラ・ヤマナミは英雄だ。その精神性、その破滅性がそうであると、戦場を駆け抜けた少女は確信と共に告げる。
「そう……英雄は凄まじいの。
まるで痛みを感じてないみたいに、進んで、進んで、進んで――――それを追いかけた人々を傷付ける」
それは何も悪くない。寧ろ、その在り方は正しいとさえ言える。
だがルノが敵意を向けている理由はそこではない。
厳密には、その中にある。
「一つ聞きたいの、ソラ・ヤマナミ……お前は、痛みをどう思う?」
「は……痛みをどう思うか?」
嘲笑うように吐き捨ててから、ソラは告げた。
「そんなの――――素晴らしいに決まってるだろうが」
――――ルノと真っ向からぶつかる信念を。
「痛みとは、哀しみとは、全てが全て成長のためのハードルなのだから、
ハードルは越えるためにある、当然の摂理じゃないか」
全人類そうあるべきだと、にこやかに宣言する。
ルノは言葉を続きを問いかけた。
「そのハードルを越えれずに、死を選ぶ人がいたとしても、お前は素晴らしいといえるの?」
〝あの時〟……あと少し、ほんの少しルノが遅れていれば。手遅れになっていたことだろう、そんな情景は死んでも考えたくはなかった。
「無論だよ。
だってハードルを越えられない奴はそもそも人間じゃないじゃないか。ははは、面白い冗談だな、俺も大好きだよ、そういう妄想遊び」
だというのに、この男は。
「人を自称している猿は、しっかりと処分しなくちゃ、いけないよなぁ?
ハードルを越えるための成長もせずに苦しんでる奴が死んでるのはそういう事さ――――そういう猿は、しっかりと現実の重みに潰れて処分されるべきだ。
ただ生きているというそれだけで人と猿の分別ができるなんて、この世はなんて素晴らしいんだろうなぁ、あはは」
飄々と、ルノが愛した悲しい男を、救われない人々を、全て、全て、何かもを嘲笑い。
「……お前を
殺すの」
――――戦乙女は心の底から憎悪した。
ルノちゃん、その屑を〇してくれ!! 作者も応援してる!!
いや読み返したらガチでゴミクズすぎてワンチャンソラ死亡エンドあるぞこれは。