呪いと呪縛です!!
「ねぇねぇマナちゃん」
「どうしたの?」
「......ん、呼んでみただけ~」
嬉しそうにニマニマしながら、メリーは子供のようにはしゃぐ。始めての友達が出来たと言うように。
だが、この灰色の世界を創ったのはメリーだ。メデューサの石化の能力は人にだけ発動すると考えていたけど、それは甘かったようだ。
このゲームの世界なら、壁や鉱石......空気すら石化出来ると考えても良さそうだ。
それよりも、メリーに聞くべき事がある。
「ねぇ、メリー」
「ん?」
「メリーは何でここにいるの?」
その瞬間。
空間が固まったような違和感を覚えた。
メリーの体からは空気が歪むぐらいの強い殺気が、渦巻いている。
先程の可愛らしい女の子とは思えない程の強い力を感じる。
だが、その殺気は私に向けたものではなく......
「あいつを殺すため......あのふざけた神を殺すため」
「神......ミーニャ」
不意にこぼれたその言葉に、メリーの殺気は吹き飛び、驚きだけが残っていた。
「え、マナちゃん。知ってるの?」
「私もその神を探してる......大切な人を取り返すためにね」
「じゃあ......わたしと同じだね」
そして、何かを思い付いたように、メリーはポンと手を叩く。
「マナちゃん、わたしと一緒にここで待たない? あいつが現れるその時まで、お話してよ?」
「......」
そうしたいのは山々だけど、私には時間が無い。カナさんがどういう状態なのか分からない今、なるべく速くミーニャを探さないと。
「ね、良いでしょ。わたしにお話を――」
「ごめん。それは出来ない」
「え......どうして」
「私には時間が無いの、速くミーニャを見付けないといけない。だがら―――」
「わたしを見捨てるの?」
光を無くした瞳でメリーは私を見ていた。
「友達になれたと思ったのに......」
瞬間、体が氷付くような底知れない殺気が私へと向いた。
「違う。私は――」
「言い訳なんて聞きたくない!!」
メリーの目からは、涙が溢れていた。
「みんな、みんなわたしと一緒に居てくれない!! もう、一人は怖いのに、嫌なのに!!」
私の話を聞いてくれそうな雰囲気じゃない。ここは、どうにかして、落ち着かせないと。
「だから、一緒に居てくれないなら......もう居なくていい」
灰色の世界に一粒の涙が落ちた。
黄金の眼を見開いたメリーを見た瞬間に、私は嫌な予感がして左に避けた。
すると、さっきまで私が居た場所に、5メートル以上はある岩石が音速を越えて降ってきた。まるで隕石がぶつかったように轟音を響かせ、灰色の世界を歪める。
「マナちゃんが石化しないのは分かった......だから」
また、メリーの黄金の眼が私を捕らえる。
だが、今度起きた異変は......
「だから、マナちゃんの周りの空気全部を石にする」
身動きが取れない。それよりも、呼吸が出来ない。
だけど、石に手が触れているなら能力が......
「やっぱり、さっき石化が手まで進行した瞬間に消えたから、マナちゃんは手で触らないと能力発動できないんだね」
くッ、良く見てるな。私の手以外を石に変えたのか......まずい。
だけど私には―――
「さよなら、マナちゃん」
その瞬間。メリーと最初に出会った時と同じ異常が発生した。
無理矢理力で壊そうと思っていたが、なぜか体が全く動かない。
「ごめんね、わたしの最初で最後の友達」
パキッと乾いた音が木霊した。
ポタリと流れ落ちた涙と最後の言葉と共に。
「誰か、わたしをこの呪いから......たすけて」
☆★☆★
あれから、数時間が経過した―――
うずくまって泣いていた黄金の瞳を持つ少女は、むくりと立ち上がり、マナが埋まっている巨大な岩石を見つめた。
そして、マナの死体だけを取り出そうと、マナにかけていた石化ともう1つの、発動者を可愛いと思った相手を動けなくするという能力『魅了』を解いた。
その時、パキッと乾いた音が響いた。
そして、それに共鳴するように、マナが埋まっている岩石にパキッパキッとヒビが入っていく。
「え、何これ?」
そして、岩石が弾けとんだ―――盛大に灰色の砂埃を上げて。
巻き上がった砂ぼこりの中、あるはずの無い影が見えた。
「ふぅ~、やっと外に出られた......エリックに風魔法習ってなかったら死んでた」
ふわりと揺れる長い白髪。灰色の世界で光る深紅の瞳。
「どう......して」
その深紅の瞳がわたしを捕らえる。
だが、その顔はなぜか、笑っていた。
「メリーをたすけるため......かな」
眩しいほどに輝くマナを見て、「よかった」と思い安心する自分と「戦わないと」と思う自分が居た。
せめぎあう二つの気持ちがぶつかり、何も考えられなくなってしまう。
「メリー。私はメリーと一緒に居たい......だから」
ふわりと、いい匂いがした。そして、人の温かさを感じた。
そこでやっと、抱き締められている事に気づいた。
「待つんじゃなくて、一緒に行こう」
「......でも、わたしには呪いが―――」
見てしまっただけで、全てを石に変える呪いが付いている。
わたしが外に出てしまえば、全てが石に......
「大丈夫。私が助けてあげるから」
なぜかその言葉を信じることが出来た。
ポンポンと頭を撫でられている、くすぐったいけど嬉しい感覚に身を任せた。
「能力発動」
そう聞こえたと同時に、体にまとわりついていた重い何かが取れたように感じた。
「メリー、これで石化をやってみて?」
「......うん」
眼を見開いき、いつものように石化を―――することが出来ない。
「......出来ない」
何かを失った感覚と、失ったことに喜ぶ感情は、後者の方が圧倒的に大きかった。
今まで悩んでも変えられなかった石化の呪い。誰かと話したくても、話せない。それどころか化け物として恐れられ、剣を向けられ......孤独だったわたしは、もう居ない。
そう思うと不思議と涙が出てきた。だけどこれは、いつものような悲しい涙じゃなくて、嬉しくて出た涙。
優しく抱き締めてくれるマナに、甘えてずっと涙を流した。
ずっと灰色だった世界が、色づき始めた。
☆★☆★
これは、石化の呪いが切れたからなのか、メリーがそう望んだのか分からない。
だけど多分、これはメリーが望んだ光景だろう......色とりどりの花が咲く丘がそこに広がっていた。
もう、孤独な少女はどこにも居なかった。
 




