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まぞくといっしょ  作者: 黒梵天
第二章
25/36

進めずの森とエキドナの村 これから始まる新生活

 はい、ようやくやってきました受け入れ先の村!

 ……いやあ、遠かったなあ。

 なんせ1カ月近くかけてようやくたどり着いたんだもの。

 だけどここに来るまでの間、アルシラさんからこの村についての色々な話を聞けたし、毎日楽しく移動できた。

 アルシラさんの話じゃ、この村はもう三百年近く続いているそうで、一度も人間に攻めてこられた事も、見つかった事もないそうで、ここら一帯を取り囲む森は『進めずの森』なんて呼ばれてて、案内がなければ抜ける事も進む事もできない迷宮になってるそうだ。

 んで、村の南側には岩肌むき出しの山があって、その向こうも、そのまた向うにも山があるんだけど、断崖絶壁が多くて傾斜が険しくて『ロッククライミング』みたいな事をしながら移動しなきゃいけない上に、木も草も生えない環境で動物もいないから、誰も近づこうとはしないんだそうな。

 過去に一度、好奇心旺盛な若者がその山越えに挑戦して、見事向こうにたどり着いたらしいけど、向こう側は人間も亜族も住んでない平原がちょっと広がってるだけで、その先はもう海しかなかったそうだ。

 まあ、ここからわかるように、この村にたどり着くルートは森を抜けてくるか、海で渡って裏から来るぐらいしか無いんだけど、海は魔物だらけで長い船旅は自殺するようなもんだからね……。

 そんなわけで、この村は一方向からしかやって来れない上に、ここに来るまでには迷宮の森を抜けなきゃいけない、なんて条件までついてる。

 だけど、いざという時の為に私兵施設まで作ってるし、村の血の気の多い男衆、女衆はこぞって毎日鍛錬を続けているそうです。

 ……さて、ここまでの話を受けて、俺は『なんでアルシラさんのお父さんや、アルシラさん達はそこで暮らしてなかったの?』って聞こうとして、すぐにそいつを飲み込んだ。

 話しても差し支えないものなら、きっとアルシラさんはすぐにでも話してくれる。

 そうしないって事は……知らないか、何か理由があるからだ。

 もし後者なら、きっと思い出したくない事なのかもしれない。

 ……だったら、いつか話してくれる時までゆっくり待てばいいさ。

 時間はいっぱいあるんだからね。

 ――さてさて。

 そんなわけで、俺達はとうとう村にやってきた。

 特にこれといった問題もなく村長さんにお出迎えされて、その村長さんの家に布団やら服やらを運び入れて、だいたいのお引越し作業が終わった所で俺達は休憩する事となったんだけど――。


「それにしてもハギワラ殿。長旅は人間の身には辛かったじゃろう?」


 黒い皮張りのソファに座る俺、そしてガラステーブルを挟んだ対面に、同じく黒い皮張りのソファに座って、葉巻をゆっくり燻らせてる美人な女の人がいます。

 もうかれこれ1時間ぐらい、俺はこの美人さんと、コーヒー片手にずっとお喋りしてるわけなんですが、何を隠そう彼女こそがこの村の村長さん。

 120年近く生きてるエキドナ一族の末裔の方で、名前は『カーリャ』さんです。

 さすがに120年も生きてるだけあってすげえ頭が良さそうだし、物腰も落ち着いてて不思議な安心感がある、それにすごい美人さんだ。

 めっちゃ長い亜麻色の髪を全部後ろに流して、髪の毛は全部編まれてる。

 それと瞳の色は金色、これはアルシラさんと一緒かな。

 んで、肌は褐色で青っぽいアイシャドウ入れてるのがなんとも色っぽい。

 しかも、そんなチョコレート色の健康的な肌を隠しているのは、たった三枚の布と肩に掛けたケープみたいなヤツだけ!

 腰に巻くように身に付けられた黄色やら赤やらの色が混じった民族衣装っぽいスカートみたいな腰布の下から『にょろり』と蛇の下半身が生えてる。

 ……あれ多分パンツ穿いてないね。

 そんでおっぱいが大きい、多分アルシラさんよりも大きい。

 赤銅色した布のアンダーに金で出来た細いアクセサリーがいっぱいくっついた水着みたいな、ブラみたいなもので二つのおっぱいの先っちょ隠してるんだけど、布が柔らかいせいなのか、おっぱいが大きすぎるのか、先っちょが『ツン』ってなってるのがすごくえっちです。

 ……あの布の下は一体何色の実が隠れているんだろう。

 アルシラさんのは、ブルーベリー。

 そしてエクセリカちゃんは苺。

 カーリャさんは……ごくり……。

 ――やめよう。

 ……あんまりエロい目で見たら気づかれる。

 女の人は視線に敏感だもの。


「あ、いえ、案外大丈夫でしたよ、自分鍛えてますから!」


 力こぶを作る、そして胸筋を動かして逞しさアピール。

 ここの大臀筋も今日最高やろ?

 わお! 何だいこの胸鎖乳頭筋は! どこまで! どこまで僕を――何だいこの寒い筋肉アピールは……魅了できるわけないだろ……話題が無いにしてもこれはないわ……。

 うう……それに話の種が尽きてきたぞ……。

 アルシラさんやエクセリカちゃんがいてくれれば、俺は聞き役に徹する事も出来るんだけど、二人は現在それぞれの仕事をこなしてるわけでして……。


「~♪」


 キッチンの奥から愛らしい鼻歌が聞こえる。

 つまり、アルシラさんは料理の仕込み中……。

 そんでエクセリカちゃんは村の私兵団のとこまで挨拶しにいって、その足で村の周辺にいる魔物を狩りに行くって言ってた。

 ……本当は俺もエクセリカちゃんについて行って、私兵団の人に挨拶とか狩りにいきたかったんだけど――。


『その気持ちはありがたいんだが……リッキが、村の中をうろうろすると余計なトラブルになりかねん。すまんがカーリャ様の家で待っていてくれ。明日あたりに顔見せがあるからな、それ以降は自由だ』


 といった理由で押し戻された。

 ――人間やめたい。

 ……さて、それならアルシラさんのお手伝いをしようと思い立ったんだけど、ションベンちびりそうになるぐらいヤバいお仕置きを食らったわけでして……。

 今でも思い出すと体がゾクゾクしてくる……。

 そう、あれは俺が何気なくキッチンに入った時から始まった――。


『あ、リッキさん、今ちょっとナイショのソースを作っているので、もうちょっと待ってくださいね。……見たらお仕置きしちゃいますよ? ふふっ』


 なんて首を傾げて『にっこり』笑うもんだから、てっきり前振りなんだと思ってそのまま俺は普通にキッチンの中に踏み込んでしまって――。


『ふふっ。もう、リッキさんったら……本当に、しちゃいますよ?』


 そんな風に言いながら、焼き鳥にタレを塗るような、細い毛先のついたハケをどこからともなくもってきて、俺に自分の体を押し付けながら『こしょこしょ』と体をくすぐってきまして……。

 ……愚かにも俺はそれをちょっとした『おふざけ』か何かだと思い、反撃にアルシラさんの首の下に手を伸ばしたら――。


『やんっ……。もうっ……本当にしちゃいますからね? ……ごにょごにょ』


 魔法を呟いて俺の体を拘束して――。


『ふふっ……ここは女の子の聖域なのです……。もしも了承なしに踏み込んだら……こしょこしょ……あはっ! くしゅぐったいのですか? ……くすっ……こしょこしょ……』


 慈愛顔でシャツを脱がされ、そのまま口に謎の布きれを押し込まれてから、天国のような、地獄のような、そんなくすぐり責めを延々とされて――失禁しかけた。

 ……さて、そういった経緯もあって、俺は大人しくソファに座ってカーリャさんとお話しする事になったわけです。

 だからね……俺のトークマター(話の種)はもう尽きてきてるんですよ……。

 ゴールデン○ッグスのボディービル部の回を思い出しちゃうぐらいに……。


「なるほどのう。うむ、中々良い体つきをしておる。確かにこんな時代じゃからのう、戦わなければならん時が多い――いや、今はもう少し楽しい事を話すべきじゃな。……ああそうじゃ、ハギワラ殿も葉巻を嗜んでいてくれてよかったわい。村の者は体に毒だなんだと言って面白みが無くてのう。客人も早々来ないし、来てもこのように誰かと煙を燻らせる事が出来なんだ。じゃから数年ぶりに誰かとこうやって煙を交えられて、ワシは今、少し興奮しておるかもしれんのう。ほっほ、じゃから年甲斐もなくお喋りになってしまっているかもしれんが、許しておくれな」


 カーリャさんは蛇の尻尾の先をパタパタと動かして楽しそうに笑ってくれる。

 よかった……どうやら逞しさアピールは別に気にされなかったようだ……。


「お喋りなんてとんでもないっす。俺も嬉しいし、楽しいですよ。……アルシラさんやエクセリカちゃんは吸わないし、喫煙仲間が居ないっていうのは結構寂しいもんです」


 ソファに腰かけながら、コーヒーがたっぷりと注がれたマグカップを傾けて、口の中いっぱいに芳醇な香りと、まろやかな苦みを感じながら、ゆっくりと嚥下。

 ……このコーヒーすげえうまいな、酸味は強いけどこっくりとしてる。


「確かにのう。大空の下、星を見上げながらの一服も興があるかもしれんが、やはり気の合う者と温かい部屋の中で、言の葉を食みながらの一服ができないというのは独り身の体にも沁みるもんじゃ」


 リンゴの果肉入りの『穴の空いてない小さなドーナツ』を口の中に入れて、手についた砂糖を自分のコーヒーの上にパラリと落とすカーリャさん。

 大空の下か……。

 こっちにやってきたばっかりの時は、寒空の下で日本を思い出しながら紙タバコ吸ってたっけなあ……。

 確かに寒空での一服は身に沁みたよ……。


「ああ、わかります……。ん、このドーナツ美味しい」


 俺もカーリャさんと同じように小さなドーナツを食べる。

 これはもちろんアルシラさんがおやつに作ってくれたものでござる。

 ……アルシラさんは美味しいものしか作れないんじゃないかな。


「……あ、そうじゃハギワラ殿。これを試してみておくれ」


 カーリャさんがテーブルの下から、大理石で作られたような重くて高そうな箱を取り出して、その蓋を取り払って、中から細い葉巻を一本掴んで、シガーカッターで端っこを切ってから俺に寄越した。


「おお、ありがとうございます」


 テーブルの下から取り出すとき、その美味しそうなおっぱいが揺れて『ツン』とした先っぽが布地から少し見えそうになったけど、俺はすぐさま視線をそこから葉巻に移してからお礼を言った。

 危ない……やっぱり気を抜くとおっぱい見ちゃう……。


「それではさっそく……いただきます」


 それを受け取って、静かに口に咥えてからライターで火を付ける。

 ……ん、ココナッツみたい香りがするな。


「ココナッツみたいな香りですね……。久しぶりに嗅ぎました、この香り……ああ、すごくいいです……」


 あんまり肺に吸い込まないようにしながら、ゆっくりと口の中で煙を燻らせて、その甘い香りをたっぷりと舌の裏に馴染ませる。

 ああ……何だか幸せになってくる、この香り……。


「おお、ココの実の香りを知っておるとはのう。もしやハギワラ殿はこの辺りの生まれだったり――おっと、これは少し詮索しすぎじゃったな、いかんいかん」


 灰皿を俺の近くまで押してくれるカーリャさん。

 俺はそれに『ありがとうございます』と付け加えて受け取った。

 ……癒されるなあ、この空気。

 可愛い女の子の作ってくれたお料理食べて、美人のお姉さんとお喋りしながらいい香りのする葉巻吸って美味しいコーヒーを啜れるなんて夢にも――いや、実際何度か夢に見たけど、実現するとは思わなかった。

 それに、こういったオシャレな感じというか、大人の匂いが漂う落ち着いた空気っていうのは、俺にとっては無縁のものだと思ってたけど……いざ身を投じてみるとかなり居心地が良い……。

 苦みの中に混ざる甘ったるい、酔いも似たメロウな旋律が、この部屋の空気をまったりと満たしている気がする……。

 ……すごく、良い。


「ほっほ。ハギワラ殿、なんともうっとりとした顔をしておる」


 カーリャさんが口に手をあてて笑う。


「え、そ、そうですかね……? ……あ、ほんとだ」


 コーヒーに映る自分の顔は、なんとも間抜けな顔だったわ……。


「ハギワラ殿はよほどコーヒーが好きと見えるのう。そんな風に幸せそうな顔をしてもらえるのなら、ワシらも育てた甲斐があるというものじゃ」


 カーリャさんがコーヒーポットから、自分のカップにお湯を注いでる。

 さすがコーヒーの産地だけあって手馴れて――あ、この村の特色は何も森やら断崖絶壁だけじゃないんだった。

 もう半年以上、自然にコーヒーが出てたから不思議にも思わなかったんだけど、もちろんコーヒーってのは栽培に適した土地ってのがあるわけで……。

 ここは最南だけあって一年中それなりに温かい気候らしくて、コーヒーの木を栽培するには中々いい気候なんだわな。

 アルシラさんの家でコーヒー飲んでたけど、あれはここから届けて貰っていたんだって事を最近になって聞いた。

 牛車やら馬車でのんびり行って一ヵ月近くもかかるっていうのに、毎月のように届けさせてくれたカーリャさん。

このお方はきっと女神様か何かなんだろうと最初は思ってたんだけど、どうやらそういう事じゃなくて――。


「……アルシラもあいつを真似てコーヒーを飲むなら葉巻の一つでも嗜めば――いや、やはりアルシラの体が悪くなっては事じゃから、やはり止めるべきが親心かのう……あいつもそう言っておったしのう……」


 そう、こんな感じでカーリャさんは、アルシラさんや、アルシラさんのお父さんの事を語る時があるんです。

 最初は『恋人だったのかな?』なんて下衆な勘繰りもしちまったけど、話を聞いている限りだと惚れた腫れたなんてのは失礼千万な話で、どうやら親友――むしろ盟友のような関係だったように思う。

 ……亡くなった盟友が残した一人娘。

 俺には親友はおろか友達がいなかったけど、何となく大切なんだって事はわかる。

 すごく心配なんだろうし、何かしてあげたくなるんだって事もわかる。

 ……だからやっぱり、どうしても不思議でならない。

 アルシラさん達を、今までどうしてこの村に呼び寄せなかったのか。

 そして呼び寄せていたとして、どうしてアルシラさんはそうしなかったんだって事がさ。


「おっと、すまんのうハギワラ殿。どうも歳をとってくると昔語りが多くなってしまうのう……。ああそうじゃ、コーヒーの話で思い出したんじゃが、これから数日後にコーヒー豆を取引する為の物品を取り決めるんじゃが……葉巻はもちろんの事、他に何かいり用なら早めに言っておくれ。可能であれば手に入るやもしれん」


 手を『ポン』と打って、俺に『欲しい物はあるか』と聞くカーリャさん。


「あ、それはとても助かります。……だけど、今思いつくのは代用が効くようなものばっかりなので、次の機会にお願いしてもいいですかね?」


 俺の言葉を受けて、カーリャさんは頷く。

 ……そう、ここは人間の暮らす地域の物が手に入る場所でもある。

 ここに来るまでの間に、俺は何度かアルシラさんからその話を聞いた。

 確かその話によるとこの村は『とある人間』とコーヒー豆を、闇ルートで取引しているとの事だ。

 もちろんお金とかじゃなくて物々交換が基本だから、大体は『香辛料』に代わるんだけど、それ以外に『シルク』だとかの高級品や『葉巻』や『お酒』なんかの嗜好品も取り扱ってるようで、俺が今吸ってる葉巻もそういった取引で得たものだったりする。

 人間にも頭の良い悪いヤツと、頭が残念な悪いヤツがいる。

 あいつらは魔族――亜族は人間の敵だと言ってるけど、お金の匂いに敏感なその『とある人間』は、敵だとか味方だとかじゃなくて、純粋な損得で考えて動いているようだ。

 まあ、そいつが何処ぞの何某かって事は未だによくわかってないみたいなんだけど、多分ただの商人じゃない。

 普通、人間が亜族と取引している事がバレたらただじゃ済まない。

 なら徹底的に隠ぺいしてるんだろうけど、そんな事を一介の商人が出来るはずが無い。

 何か後ろ盾があるか、もしくはその後ろ盾自身だ。

 ここで俺が考えたのは後者。

 だって香辛料やらシルクったら高級品で、それともりもりグラム単位で交換できるんだから、コーヒーもかなりの高級品のはずだ。

 たっぷり稼げるかもしれないけど、亜族と取引してるなんていう弱みをバックヤードに握られている限り、その純利益はガンガン減っちまう。

 何割上前を跳ねられてるかわからないけど、かなり減るんじゃないの?

 そんな真似……商人がするかね?

 ……そんなわけで、俺は後ろ盾自身――多分マフィアか何かじゃないか? しかもかなりデカい組織が取引相手なんだと予想してる。

 その儲けた金で自分の組織をいかに大きくできるか、人々の生活をどこまで掌握できるか、そして国の政治に対してどれだけの影響力をもてるかってのを考えているんだったら、亜族と取引してでも金が欲しくなるのも頷ける。

 ……と、ここまで予想してみたけど、間違ってたらとても恥ずかしいのでこれ以上考えるのはやめようと思った。

 それに俺そんなに頭良くないから内政TUEEEEEとか出来ないもの。

 得意なゲームはハック&スラッシュです。


「ああ、しかし無料というわけにはいかんぞ? そうじゃのう……代金はハギワラ殿の体で返してもらうというのはどうじゃ?」


 カーリャさんは『ニヤ』っと笑う。


「もちろん枯れ果てるまで頑張らせて頂きます! コーヒー豆は高級品ですからね……どれだけお手伝すればいいか見当も付かないですけど……まずは畑からですかね?」


 窓の外から見える畑を指さして言うと『ほっほ! なんじゃ、もっと初心な反応を期待しておったのにのう』なんて言って笑った。

 ……ふふ、確かに俺には童貞臭さがあるかもしれないけど、こういったエロジョークは俺だって使うんだもの、さすがに慌てたりはしないさ。


「……まあ、確かにまずは畑からじゃのう。村人も増えて、これか少し土地の拡張もせねばならん。ほっほ、ハギワラ殿は体力に自信があるようじゃから、きっと大きな助けになるじゃろうて――ん、もう飲んでしまったか」


 カーリャさんは象牙色のポットからお湯を注ぎ、同じ象牙色のマグカップに被せた布のコーヒーフィルターを通してまったりと俺の為にコーヒーをドリップしてくれた。

 ……確か亜族の村の村長って『王家の血を引く者』だって話を前におじちゃんから聞いたような気がするんだけど……。

 それを考えると俺は、アルシラさん、そしてカーリャさんといった王家の方にご飯作ってもらったり、コーヒー注いでもらったりしてるんだよね……?

 ……考えたらちょっと身震いしてきた。


「あ、ありがとうございます。それじゃあ俺も……火をどうぞ」


 カーリャさんが俺のマグカップにコーヒーを注いでから、新しい葉巻を一本取り出して口に咥えたんで、俺は自然な流れでポケットからライターを取り出して『シュボッ』って付けて差し上げました。

 ……ただ、これは喫煙者同士の挨拶みたいなものだから、別にお返しだとかそういう意味じゃないっす。


「ふー……。うむ、まっこと便利な道具じゃな。いちいち魔法なんぞを使って火をつけるよりもよっぽど効率的じゃ」


 カーリャさんが感心しながらライターを見る。


「俺は魔法が使えたらなー……って思います……」


 学校の勉強はかなり嫌いだったけど、発売したばかりのゲームとか攻略するの好きだったし、魔法もそれと同じような感覚でいっぱい覚えたんだけど、結局真面目にやっても発動しなかったんだよな……。

 だからオリジナル魔法とか出ないかなって思って『ファイヤーボール』とか『アイスストーム』とか色々叫んでみたけどそれもダメだったのよね……。


「ふふっ。葉巻ぐらいわたくしが火をつけてさしあげますよ?」


 アルシラさんが俺の後ろからやってきて、そっと肩に手を置いてきた。


「お、もしかして休憩? まだ何かあるなら、今からでも手伝うよ」


 振り向いてアルシラさんの顔を見上げると、アルシラさんは首を横に振って『下ごしらえはバッチリなのです』とにっこりと俺に伝えて、そのまま左隣にちょこんと座った。


「あ、じゃあコーヒーぐらい俺が……」


 ……と思ってポットを持ち上げたけど、中にはもうお湯が殆どないや。


「ううん。リッキさんのでいいのです。それ、ちょっともらいますね?」


 俺のマグカップを手に取るアルシラさん。


「あはっ、まだ少し熱いのです……んっ……こくん……。あれ、随分濃い……? あ、わかったのです、これはきっとカーリャ様に淹れてもらったのですね? リッキさんは急いで淹れるから『しゃびしゃび』なのです、ふふっ」


 口に手を当てて笑うアルシラさん。

 ……実はエリシェアに来てから、毎日コーヒーを飲んできたんだけど、前に自分でコーヒーを淹れてみた事があって――。


『しゃびしゃびなのです』


『しゃびしゃびだな』


 なんて二人から言われてしまってから、一度もコーヒーは淹れてない。

 インスタントばっか飲んでたから、上手なコーヒーの淹れ方が全然わからなかったんよね……。

 だけど、そんな俺が淹れた『しゃびしゃび』の苦みの薄いコーヒーを『あ、でも丁度いいのです』なんて言っちゃうアルシラさんは、多分苦いのはちょっぴりダメなんだと思う。

 だって牛娘ちゃんがかなり短い間隔でミルクを届けてくれているのに、それがすぐに切れちゃう理由っていうのは――。


「アルシラさん、ミルクは使わないの?」


 アルシラさんがミルクいっぱい使うからなんだもの。


「つ、使わないのですよ? も、もうミルクは卒業したのです!」


 そうは言うけど、アルシラさんが俺のマグカップから『ちびちび』とコーヒーを啜るたびに、ちょっとだけ苦い顔をしてるわけで……。


「無理しなくても良いんじゃよアルシラ。自分の美味いように飲めばいいんじゃ。ほれ、お前さんの作ったこの茶菓子を食べながらお飲み」


 カーリャさんが小さなドーナツが載った皿を、アルシラさんの近くに寄越す。


「あう……。そうします……」


 アルシラさんが小さなドーナツに手を伸ばした。

 いつも余裕がある大人っぽいアルシラさんも、カーリャさんの前では少しだけ年相応か、それより少しだけ幼くなっちまうんだなあ。


「ドーナツ美味しかったよアルシラさん。……あ、今度ショートケーキとかも作らない? 俺、ホイップクリーム作る手伝いとかするからさ」


 そうそう、コーヒーと生クリームの組み合わせも中々いいからね。

 エリシェアにきてからショートケーキやらエクレアとか全然食ってないから、やっぱりたまには食いたくなるもんです。

 コンビニでカップ麺とかおにぎり買うついでに、よく近くの棚に並んでる『微妙に高いお菓子』とか買って食うの好きだったかんなあ。


「ショートケーキ?」


「ホイップクリームとな……?」


 アルシラさんもカーリャさんも首を傾げる。

 ……あれ、この世界じゃ違う言葉なのか?


「え、ほら、あれっすよ……生クリームをホイップしたのがたっぷりのケーキっすよ、こんくらいの……」


 手で『こんくらい』ってジェスチャーをしながら言うけど、二人ともずっと『生クリーム?』とか『聞いた事ないのう……』みたいな感じで首を傾げてる。

 ……まさか、生クリームをホイップしたりする概念がない?


「チーズやバターはありますよね?」


 二人とも頷く。

 そりゃ毎日のように食ってんだもんよ、無かったらおかしい。


「その、バター作る時に使う乳を――」


 俺がジェスチャーを交えながら事細かに説明すると『ええ? ぜ、贅沢なのです……』とか『うむ……ミルクは殆どチーズにして保存するからのう……飲む以外にそんな風にする事もあったんじゃな』ってな具合に、理解はしたけど驚いてる感じ。

 ……もしかして、基本的に森の中に住んでて、食料が安定しない亜族の人達は、生クリームをホイップするなんて発想がなかったのか……?

 それともこの世界の人達ってのは、ミルクは貴重なタンパク源だから、しっかり保存食として備蓄する事があたりまえで、そういうものを作らないのかな……。


「ただいま戻りました」


 玄関のほうから声が――エクセリカちゃんかな。


「村の周辺は常々安全でした。むしろまったく魔物が見当たらず、少し不気味な感じがしましたが……きっと偶然でしょう」


 中に入ってくるエクセリカちゃん。


「ご苦労様じゃった。慣れない土地での見回りと狩りは疲れたじゃろう? 今日の所はゆっくりと休んでおくれ」


 エクセリカちゃんは『はい、ありがとうございます』と頭を下げて、ゆっくりと俺の隣に座った。

 ……さて、これからきっともう少しだけ談笑して、飯を食って、ゆっくり寝る為にベッドに入ったところで一日が終わるんだろうね。

 明日からきっと忙しい一日が始まるんだろうけど、わりとそれが楽しみでもある。

 うーっし、待ってろよ新生活!!

 俺はなんだって楽しめる! 

 ……でもちょっとだけ、ほんの少しだけ欲を言うなら――米を下さい。

 最近パン飽きてきた。


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