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心臓あつめ  作者: 卯月 絢華


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フラッシュバック

 私という存在を一言で説明するならば、多分「出来損ない」なのだろう。子供の頃からスクールカーストは低く、スポーツは全然出来ない。コミュ障であるが故に友達は少ないし、この歳になっても結婚願望は持っていない。


 そんな私に唯一取り柄があるとすれば――「昔から無類のミステリ好き」ということだろうか。小学生の頃に江戸川乱歩の『少年探偵団』に触れ、中学生で横溝正史の『金田一耕助シリーズ』に触れて、ついでに京極夏彦や島田荘司にも手を出したか。もっとも、京極夏彦に手を出すきっかけを作ってくれたのは、数少ない私の友人だったのだけれど。


 そういう事情もあって、大学ではミステリ研究会に所属していた。後で知った話だが、ウチの大学のミス研は、あの有栖川有栖を輩出していたようだ。


 有栖川有栖を輩出したミス研――言わずもがな、京都の某キリスト教系大学である。いわゆる「関関同立」の一角と言われる関西でも屈指の難関大学であり、私はそこでギリギリを生きていた。


 そして、ギリギリを生きすぎた結果、私の精神はすっかり壊れてしまい、鬱病を発症してしまった。多分、就活で上手くいかなかったというトラウマが私の精神を壊したのだろう。


 今の私は――何をしているんだろうか?


 毎日を「死にたい」と思いながら生きていて、それでもって、気付いた時には自傷行為に手を染めている。


 こんな私、いっそ死んでしまった方がマシだ。


 *


 ドアノブにタオルを引っ掛けて、首を置いていく。確か、とあるロックスターはこうやって自ら命を絶ったんだっけ。


 でも、死のうと思うと――心臓の鼓動が速くなる。私は、どこかで「死ぬこと」を恐れているのか。


 そういう雑念を取り払ったうえで、私は改めてタオルに首を置いていく。多分、絶命の理論は多くの貴族の命を奪ったギロチンと同じだと思う。


 覚悟を決めて、首に重心をかける。――ああ、首が絞まっていく感触がジワジワと伝わる。


 首が絞まっていくにつれて、意識が朦朧とする。これが、死ぬ間際の感覚なんだろうか。


 ――ピンポーン。


 えっ? 来客? ――マズい。そう思った私は、タオルから首を離して、何事もなかったかのように振る舞うことにした。


 ドアを開けた先にいたのは、私の数少ない友人の1人だった。


「――ヒロロン、また死のうとしたの?」


 友人にそう言われてしまったら、仕方がない。私はなんとか誤魔化していく。


「いや、私はただ単に肩こりを治そうと思ってとあるロックスターのマネを……」


 でも、それは間違った方法だったらしい。


「そのロックスターって、一説には肩こりを治そうと思ってタオルに首を吊ったって言われてるけど、そんな方法で肩こりが治る訳ないじゃないの。どう考えても死んじゃうと思う」


「やっぱり、沙織ちゃんには私の行動パターンなんて見透かされてるよね。――それで、私になんの用事があって来たの?」


「実は……ヒロロンに解決してほしい事件があって」


「沙織ちゃんはそう言うけど、私は探偵なんかじゃない。ただの小説家よ?」


「ヒロロンの考えは織り込み済みだけどさ、この通りだから、頼む!」


 そう言って、私の友人――西野沙織(にしのさおり)は土下座した。彼女の情けない土下座姿を見て、私は心が折れた。


「仕方ないわね。――事件について言ってみてよ」


「分かったわ。ちょっと長い話だけど、ちゃんと聞いてね」


 そう言って、西野沙織は「事件」について詳しく説明してくれた。


「アタシの大学時代の友人に『金崎友美(かなざきともみ)』って子がいるんだけど、彼女の家に脅迫状が届いたのよ。それも、ただの脅迫状じゃなくて――『一家を皆殺しにしてやる』って感じの恐ろしい脅迫状だったって訳。金崎家自体は神戸で開業医を営んでいるんだけど、アタシの考えだと、もしかしたら脅迫状の送り主は金崎家を恨む人間によるモノなんじゃないかって思ってる。それで、ヒロロンに白羽の矢を立ててみたのよ」


 話を聞いたところで、私は(あご)を擦りながら話す。


「確かに、話を聞いただけだと沙織ちゃんの言う通り『金崎家を恨む人間による犯行』だと思う。その時点で私の仕事は終わりだけど……その様子じゃ、そういう訳にもいかなさそうね」


 私の話に、西野沙織はものすごい勢いで頷いていった。


「そうなのよ。もう一つ話を付け加えるならば、金崎家が営む病院――つまり、金崎医院の周辺で相次いで変死体が見つかってるのよ。死んだのはいずれも金崎医院に通っている患者で、遺体には『本来そこにあるべきモノ』がなかったのよ」


「本来そこにあるべきモノ……まさか、心臓?」


 私は(なか)ば冗談交じりでそう言ったのだけれど、どうやら本当にそうだったらしい。


「その通りよ。遺体は5人見つかってて、いずれも心臓がきれいにくり抜かれた状態だったわ。しかも、ただ単に心臓をくり抜いた訳じゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()のよ」


「それは――酷いわね。なんとなく『刑事さんが踊る映画』を思い出すけど」


「刑事さんが踊る映画? ――ああ、アレね。あの映画で発生した事件は、胃の中にぬいぐるみを埋めるってモノだったっけ? とはいえ、心臓の代わりに何が埋まってるかはまだ分かってないんだけど」


 相次いで見つかった心臓がくり抜かれた遺体。一家惨殺を予告する脅迫状。ここから導き出される答えは――もしかしたら、厄介なモノかもしれない。


 そう思った私は、西野沙織にある約束を取り付けた。


「沙織ちゃん、少しいい?」


「ヒロロン、どうしたの?」


「仮に私がこの事件を解決したら、温泉旅行に行かない? 場所は――城崎で」


「良いわね? ちょうどアタシも豊岡に里帰りしたいって思ってたし」


「じゃあ、契約成立よ」


 そう言って、私は西野沙織と握手をした。


 *


 西野沙織は、私を「ヒロロン」と呼ぶ。それは中学生の時からの長い付き合いがそうさせたのだろう。もっとも、私の名前は「廣田彩香(ひろたあやか)」というので、当然の話ではあるのだが。


 そして、私のことを「推理小説を書いているなら探偵も務まるだろう」と勘違いしているのか、時折彼女は私に事件の解決を依頼してくる。大抵の場合、それらは「人が死んでいない事件」なので、「人が死んでいる事件」の解決を依頼されることはめったにない。


 ところが、今回依頼された事件は「人が死んでいる事件」である。それも、西野沙織の話を信じるならば、この時点ですでに5人が殺されている状態である。一刻も早く解決しなければ。


 *


 なんて思っていたけど、この事件――一刻も早く解決するどころか、私と西野沙織の命まで狙われるという危ういモノになってしまったのは言うまでもない。


 もちろん、無事に生きているからこうやって小説として書いているのだけれど。ただ、それだけの話だ。

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