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今回で本編が終了します。
「…柚葉」
扉を開けると、椿がこちらを見て、少し驚いたような表情をする。
私が失恋したと確信したあれ以来、私と椿がこうして会うのは初めてだった。
私はぎこちない笑みを浮かべて、体調はどう?と聞いた。椿もそんな私に少し苦笑いして、ぼちぼちだよ、と答えてくれた。
「…今日は桔平と一緒じゃないんだね。桔平は2日前に退院したから、一緒に来たんだと思ったよ」
椿の言葉にずきりと胸が痛んだ。
私は首を振った。
「桔平さんとは何もないよ」
そう言うと、椿は眉を顰めた。
付き合っているんじゃないの、と尋ねる椿に私は慌てて首を振る。
まさか、椿はベランダでの話をちゃんと聞いていなかった?
「椿…私が好きなのは桔平さんじゃないよ?」
え、と声を上げる椿に確信した。
これは、おそらく途中から聞いて勘違いしたのだろう。
…これは、告白するチャンスなのでは。
そう思った時、私が覚悟を決めて、生唾を飲み込むと、椿が先に声をあげた。
「じゃあ、柚葉には付き合っている人はいない?」
椿が確認するように尋ね、私は頷いた。
「好きな人はいるんだよね…でも、僕は柚葉がその人に想いを伝えるより先に、伝えたいことがあるんだ」
椿は私の手を取り、私を見つめた。
椿はベッドにいて、私は立っているから、上目遣いで私は見つめられる。端正な顔立ちの椿に見つめられると、ドキドキしてしまう。
「桔平と柚葉が付き合っていると思った時は、絶望に駆られた。どうして、もっと早く想いを伝えなかったんだろうって。遊園地の庭園で誓った約束も忘れているし、肝心なところで僕は柚葉を守れないし、傷つける一方で…僕と柚葉は幼なじみの関係のままでしか居られないと思っていた」
椿の真剣な表情に私の鼓動は高鳴る一方だ。
「あの日、遊園地の庭園で誓った言葉をもう一度言わせて」
そう言われ、私は首を縦に振った。
「どんな時でも僕は柚葉の味方だし、柚葉を守り続ける。僕は柚葉のことを永遠に大切にすることを誓うよ」
そうだ、思い出した。
なんで、私はこんな大切なことを忘れていたんだろう。
景品の指輪をはめて、まるで結婚式のように私達は誓い合ったんだ。嬉しさのあまり、卒倒したから、その時のことを夢だと思い込んでしまったのかもしれない。
「今でも僕は柚葉のことが大好きだ。能力も大したことないし、思うように僕は柚葉のこと守れてないけれど…これから、もっと頼られるような男になる。だから…僕と付き合ってほしい」
そう言って、椿は私に頭を下げた。
乙女ゲームのシナリオなんて、関係ない。
これは、現実だ。転生者のチートなんかに頼ろうとしたから、今まで私達はこんな回り道をしてしまったのかもしれない。
「もちろん、こんな私でよければ」
その私の言葉を聞いた椿は、私を抱きしめた。
「ありがとう…柚葉」
椿の震えた声に、私は思わず涙が出そうになった。
「こちらこそ」
原作の乙女ゲームのシナリオ通りに進むよりも大切なことに気づかせてくれて、ありがとう。
こうして、原作の乙女ゲームのシナリオというパラレルワールドでいじめっ子といじめられっ子として設定されていた私達は時空を経て、恋人として結ばれたのだった。
数年後。
今日、私と椿は結婚式に出席している。
誰のかって?それは勿論ヒロインである桃香の結婚式だ。
桃香は養成学校を卒業した後も、蓮央に猛烈にアタックをして、最終的に桃香の熱烈なアプローチに折れた蓮央と交際を始めた。そして、順調に交際を進めていき、本日結婚式を挙げることになった。
桃香の蓮央への想いを知った後でも、長年桃香のことを想い続けていた柊吾は少し寂しそうにしていた。しかし、最終的には桃香の幸せを願い、身を引いたらしく、二次会のパフォーマンスで、マジックを披露するらしい。今の柊吾はマジシャンを生業としているらしく、乙女ゲームでは描かれなかった職業に就いていて驚いたのが印象に残っている。今や、芸能界でも引っ張りだこの超有名イケメンマジシャンだ。
同じく桃香に想いを寄せていた杏一は、桃香の幸せそうな姿を見て、むせび泣いていたけれど。
桃香は養成学校で起こったあの事件をきっかけに、能力者と一般人が共生していけるような未来を築くべく、非営利財団の運営をしている。
結婚した蓮央は、広告会社に勤めて、様々なキャッチーなプロモーションを創り上げている、かなりのやり手だ。
咽び泣く杏一をドン引きしながら、諌める一犀は、なんと父親の会社に入った。
よく入れたな、と思ったが、どうやら自分の力で頑張る一犀に改心したらしく、後継者として、自分の息子を育て上げるつもりらしい。父親との確執が薄れたようで、私としても嬉しい。
柊吾の隣に座る桔平は、自分の能力を活かして、レスキュー隊として活躍している。
ゲームでは語り継がれなかった未来を歩む登場人物達。プレイヤーの時は、切り取られたエピソードしか知らなかったけれど、一人一人の登場人物に色んな背景があることを実感することができた。
私に気がついた杏一が手を振って、こちらに駆け寄った。
「柚ちゃんのパーティドレス凄く似合ってるよ!」
相変わらずの杏一のひょうきんさに、私は笑いながら、ありがとうとお礼を言った。
「そういえば、さくらと蘭丸、脱獄したんだね…今日のニュースで言ってたよ」
祝いの席でこんな話をするのはタブーだと思ったが、私は杏一にそんな話をした。
未成年とはいえ、数ある人を傷つけた2人は終身刑に処された。
10年近く経った今、突然2人が脱獄し、行方不明になったというニュースはトップニュースとして、今朝報道されていた。
「うん…きっと、蘭丸くんは耐えられなかったんじゃないかな。あの子は洗脳されているというより、本心でさくらちゃんのこと好きみたいだったし」
杏一は少し悲しそうな表情をした。
2人が幸せになれる日が来るといいな、という杏一。私はそうだね、と返した。
杏一は旅亭を継ぐことが出来、毎日慌ただしい日々を送っているみたいだが、ストレスフルな社会に揉まれても、なお、杏一の性格が変わっていないようで安心した。
「柚葉さん!」
こちらに気づいた桃香が嬉しそうに駆け寄る。桃香の後ろには、お前かよ、とげんなりした顔でついてくる蓮央の姿。
来てくれて、嬉しいと言った桃香はとても可愛らしかった。ウェディングドレス姿も相まって可愛さ5割増しだ。
「看護師としての仕事はどう?大変?」
そう。私は能力を無効化する力を使って、看護師になった。看護師として、治癒をするだけでなく、患者へヒアリングを行い、必要があれば、能力者とコンタクトを取り、無効化を図る。たまに、肉体的な危険は起こるけれど、今のところ大事に至ってはいない。そもそも、危険だと思うところに椿は私を行かせてくれない。
無事、私は武器として使われることのない仕事に就き、かつ自分の能力を活かした生活を送ることが出来ている。
桃香の質問に、私はぼちぼちかな、と答えた。
「それで、椿くんとの結婚はいつ?」
桃香は高校時代と変わらない茶目っ気たっぷりの笑顔で、そう尋ねた。
私達はまだ結婚をしていない。というよりも、お互いが忙しくて籍を入れるタイミングを逃しているのだ。
ちらり、と椿の方を見る。
椿は、椿達のクラスの担任の長話に捕まっていた。
私達は良くも悪くも変わらない。いつか、結婚するだろうな、とは思うけど、それが具体的にいつかはまだ想像できない。
「もう少し先かな…」
そう答えると、桃香は残念そうに、えぇ、と声をあげた。私は反応に困り、苦笑いで返した。
「ほら、呼ばれているから行くぞ」
私達の話を聞きながら、つまらなさそうにしていた蓮央が、式場の人に呼ばれたことに気がつき、桃香を引っ張る。私は椿との結婚への追求を逃れたことに、内心ホッとしながら、笑顔で2人を見送った。
誓いの言葉が終わり、私達、独身女子はブーケトスの為に、集まった。正直、ブーケトスなんて乗り気じゃないし、周りのギラギラした威圧感が凄くて、参加しないでいようと思ったのに、桃香が私に気づき、手招きをしてしまったので、止む終えざるを得ない状況となった。本日の主役の誘いを断るわけにはいかないからだ。
花嫁である桃香は可愛らしいピンクのブーケをカウントダウンに合わせて、振る動作をした。
『3,2,1,0』とカウントダウンが終わると、桃香は私の元へ駆け寄り、ブーケを渡した。
「次は柚葉さんの番だよ」
桃香に笑顔でそう言われて、私はくるっと後ろを向かされる。そこには椿がいた。
椿は私に近づき、唇に優しくキスをして、私の目の前に跪き、そして、ポケットから指輪を取り出した。
「あの誓いからだいぶ時間が経ったけれど、僕の想いは色褪せてない。もし、柚葉もそうなら、僕と結婚してほしい」
そんなのイエスに決まっている。
私は泣きながら頷いた。
乙女ゲームの原作のシナリオにも、没シナリオにも書かれることのなかったハッピーエンド。
私は、この人生で能力に過信せず、予備知識を頼らない方が幸せになれることを知った。
シナリオ通りじゃなくていい。私の人生は私自身が主人公なのだから。自分の進みたいように進めばいい。
私は大好きな幼なじみと歩む未来を選んだのだ。
こうして、私こと、ライバルキャラの京 柚葉は、攻略対象の1人である宮崎 椿と共に乙女ゲームの没シナリオの先にある未知の世界を歩むことになったのだった。
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他にもいくつか恋愛モノを書いております。良ければ、そちらの方もご覧いただけると幸いです。
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