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魔女は宝玉を獲りにいったのだが。


 屋外の練兵場。

 広い。実に広い。そして何もない。爆発だの爆裂だの、どれだけあっても問題なさそうだ。


 その練兵場の中央あたりに、魔女と魔術師は対峙している。


 王さまを始めとするおれたち観客は安全のために相当離れていて、対戦者たちは指先ほどにしか見えない。それでもお互いが発する気合いにも似た魔力は感じることができた。どちらも一歩も退かないかまえだ。


 とは言え、アシュリンは攻撃魔法が使えない。そのため、ハンデを貰っていた。

 今アシュリンの手の中には『六属性の宝玉』のうち、水と土の宝玉がある。残りは三人の魔術師が分けて持っていた。


 遠くを見やるおれのそばで、キャセイがちょっと心配そうに言う。


「勝負をけしかけたような形になってしまいましたが、大丈夫なのですか?」

「さあ?」

「さあ、って……」


 キャセイは苦笑いだ。


「でもあいつも本気の眼をしているからな。大丈夫だろうさ」


 この勝負の肝は、勝つことではない。いかに相手に納得させるか、だ。

 だからある意味、ただ戦って勝つより面倒くさい。果たしてどんな手を考えているのだろう。


「ちなみに魔術師たちは、どんな能力なの?」


 隣からリアノンが訊いてきた。


「アサド殿は宮廷の魔術師団の団長で、光属性の使い手ですね」

「団長みずからお出ましかよ。もし負けたら面目が立たないぞ」

「ああ見えて、けっこう血の気が多い方でしてね」


 またもキャセイは苦笑い。意外とみんな苦労させられているのかもな。


「残る二人、トア殿は水属性、ステラ殿は土属性が得意です」


 なるほどね。それに宝玉の力を加えて全範囲を網羅しているわけか。

 なかなか考えている。


「それでは! これより勝負を開始する!」


 審判役の魔術師が朗々と宣言した。

 アシュリンも魔術師も、杖を構える。


「両者とも、いざ尋常に! はじめっ!」


 魔術師たちが一斉に呪文の詠唱に入る。大物の魔法のぶつかり合いだ。

 と思いきや、アシュリンが前に飛び出した。その身体をあっという間に黒霧が包み込み、次の瞬間には魔術師たちの眼の前にいた。


「えっ?!」

「なんだと?!」


 魔術師たちは意表を突かれて一瞬動きが固まってしまう。

 アシュリンは振りかぶると、


「えいやっ!」


 杖で三人の頭をひっぱたいた。


「…………」


 叩き伏せられた魔術師たちも、もちろん見ているおれたち一同も、開いた口がふさがらなかった。

 てっきり壮絶な魔法戦が展開されるかと思っていたのに。


「なあに? アタシが正面から魔法を撃つとでも思った?」


 アシュリンは魔術師たちに、ぐいっと顔を近づける。


「悪いけどね、戦場で悠長に呪文を詠唱している暇なんてないわよ。相手が剣士で、今みたいに踏み込んできたらどうするの? アンタたち今ごろ首がなくなってるわよ」


 正論だ。

 魔術師の使う魔法は強力だが、大きな魔法ほど発動するまでに時間がかかる。長い呪文を詠唱しなければならないからだ。だから戦場では魔術師は後衛なのであり、敵の隙をついていかに魔法を発動させるかが腕の見せ所でもある。


 ぐうの音も出ない魔術師たちに、アシュリンは不敵な笑いを見せた。


「でもこのまま終わったらアンタたちも納得できないでしょ? もう一回よ。今度はアタシも足を止めて魔法戦を受けてあげる。まさか今さら逃げるなんて言わないでしょうね?」

「当たり前だ! われわれをなめるな!」


 怒りで顔を真っ赤にした団長どのが立ち上がる。

 これだけコケにされては、黙って引き下がるなんてできっこない。



 ◇


「それでは! はじめっ!」


 第二回戦。

 今度は魔術師側も油断していなかった。

 団長どのが素早く杖を振る。天空から雷がアシュリンに襲い掛かった。

 黒い霧が広がって雷を吸収する。大した威力がないことはおれにもわかった。これは牽制だ。

 その間に両脇の魔術師がそれぞれ呪文を詠唱している。


「氷槍よ来れっ!」


 先に完了したのは水魔術師の方だ。頭上にいくつもの氷の槍が浮かぶ。

 杖を振って槍を撃ち出す。と同時にアシュリンも杖をふるった。

 黒霧がアシュリンを包み込む。それが分裂して霧消すると、三人のアシュリンが現れた。


「なっ!?」

「分身? いや、幻惑魔法か!」


 当然氷の槍の狙いは外れる。


「どれが本物だ?」

「ええい、かまうものか。まとめて焼き払ってやる」


 残る土属性の魔術師が宝玉をかざす。見る間に巨大な火柱が湧き上がって、アシュリンを三人とも包み込む。だがアシュリンは薄笑いを浮かべたまま、何のダメージも受けた様子がない。


「くそっ、やはり幻影なのか?」

「いや、よく見ろ」


 団長が指摘する。


「真ん中の奴だけ魔術師の杖を持っている。おそらくあれが本体だ」

「じゃあ、あれを集中的に叩けば……」

「うむ。ステラ、もう一度火の範囲魔法だ。その間に私がけりをつける」

「はっ!」


 再び業火がアシュリンを包む。

 三人のアシュリンは笑ったまま、三人とも動かない。


「余裕を見せていられるのも今のうちだ。これならどうだ!」


 水の魔術師がアシュリンの足もとを凍らせた。これで動けない。

 そこへ団長どのの渾身の雷撃が襲い掛かった。狙いは真ん中のアシュリンのみ。

 まばゆい光と轟音に包まれて、アシュリンの姿は見えなくなった。


「どうだ。もう立ち上がれまい」

「あれが本体だったらね」

「!」


 後ろからの声に魔術師たちは文字通り飛び上がった。


「きさま! いつの間に?!」

「正面に本体がいるなんて誰が言ったのかしら?」

「なんだと?!」

「三体とも囮か!」


 魔術師たちが杖を構えるより早く、アシュリンの手のひらが地面を叩いた。

 一瞬のうちに地面が沼地のようになり、魔術師たちは地面にずぶりともぐり込んでしまった。

 腰くらいまで埋まってしまい、動きがとれない。


「! な、なんだこれは?」

「地面に取り込まれた!?」

「これは一体……?」


 なるほど。

 おれは理解した。液状化だ。


 土魔法と水魔法を同時に使い、土の中に水をしみこませる。それから地面を高速で振動させると、土中の水分が上に上がってきて沼地のようになる。地震のさいによく起きる現象だ。

 その後水分を抜いてしまえばもとの固い土に戻ってしまう。魔術師たちは液状化の地面にはまりこんだところを、元の地面にもどされて完全に固まっていた。


「くっ! こんな子供だましを!」

「その子供だましに引っかかったのは誰よ?」


 悔しそうに表情をゆがめる魔術師たち。


「こんなことで、こんな卑怯な手で勝ったと思うなよ」

「へえ。卑怯、ね」


 アシュリンの眼つきが不穏な色に染まるのを感じて、おれは身震いした。あまりやりすぎるなよ。

 アシュリンは黙って杖を振る。背後に大きな霧が現れ、形を変えてうごめいた。杖を何度か振って霧の形を整えると、そこから躍り出たのは。


「うわっ!」

「レッドドラゴンだと?!」

「落ち着け! 幻影だ。本物なわけがない!」

「そう。これはまぼろし。だけどね」


 アシュリンの手ぶりで、巨大な赤竜は鼻先を魔術師たちにぐいっと近づけた。


「!」


 魔術師たちは声にならない悲鳴をあげた。頭だけでも自分の身体ほどある。大変な威圧感だ。幻影とわかっていても怖いものは怖い。


「アタシたちはさ、こんなのと戦ってきたのよ。手持ちの戦力だけで。アンタたちにできる? こいつの正面に立つ勇気はある?」


 赤竜は今にも火を吹かんばかりに大きく首を振った。再び魔術師たちが悲鳴をあげて縮こまる。


「こんなのを何匹も使役している魔族と渡り合わなきゃならないのよ。アタシたちには力が必要なの。そのためなら手段を選ばないわ。さあ、どうする? 宝玉を守ってアタシたちの代わりにドラコンと戦ってくれるのかしら?」


「そのくらいで勘弁してやってくれないか、魔女どの」


 後ろからの声に、アシュリンは素早く身を引いて片膝をついた。

 王さまのお出まし。つまり勝負はついたということだ。


「アサド卿。国のためを思う卿の忠義、余は嬉しく思うぞ」


 負けた方の魔術師団にも気遣いを見せるあたり、中々に度量の広い王さまだ。もっとも当の魔術師たちは半分土に埋まったままで、格好がつかないことこの上ないのだが。


「この魔女どのが言った通り、彼らはこれら強敵と一戦交えようとしている。我々のためにだ。なれば出来る限りの手助けをしてやりたいと思うのだが、いかがであろう?」


 主君にここまで言われては、臣下としては返す言葉もない。あれだけ大見得を切っておいて、それを責められないだけでも「ありがたき幸せ」というところ。


 魔術師たちはうなだれながらも、黙って宝玉を差し出した。王さまはそれを受け取り、アシュリンに手渡す。


「先のドラゴン退治でもそうだったが、魔女どのはそらおそろしい力をお持ちだな」

「おそれいります。わたくしとしては『おそろしい』より『可愛い』と言われたいのでございますが」

「違いない」


 王さまは軽く笑うと、口調を改めた。


「魔女アシュリンに我が国宝を託そう。その力を我が国のため、いかんなく発揮してほしい」

「はっ」


 こうしてアシュリンは、念願だった攻撃魔法を手に入れたのだった。





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