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天統べる者  作者: 月圭
第一章 華乱す風
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15,『生き抜くために』


 わかっていた、と世悧に返した冬月。彼女は、気づかなかった己への自責と、部下への同情と、平然としているように見える冬月と阿星へのいらだちに苛まれて、形容しがたい表情を晒す世悧を、じっと見つめかえした。


「……こう言っては彼らに悪いのでしょうけど……よくあることの一つとして、話を聞いています。……『龍使いがいなかったから、大事な人が死んだんだ』と……恨まれることがあるのだと」


 その感情を否定はしない。大事なものを喪った時、『もしもあの時』と考えないものがいるだろうか。天翔ける脅威。龍。その力を唯一御せる『龍使い』。


 もしもあの時、龍使いがいれば。


 その思いが、『なぜあの場にいてくれなかったのか』という恨みに変わる。それが無茶な願いであってもだ。積もって積もって、どうしようもなくなって、そして、……彼らは、自らの騎士という立場を捨てても、『龍使い』を恨んだんだろう。


 殺したいほどに。


 けれど、冬月のその言葉を聞いて、世悧は眉をひそめた。


「……『よくあること』? お前らにとっては、『よくあること』なのか? 救えないことを、そんな風に仕方ないと受け止めて諦めるのが、よくあることだって言ってんのか……っ?」


 ギリギリ耐えたように、荒げる寸前の声。世悧をとどめるのは立場か、或いは理性なのか。そんなものは知らない。ただ、世悧の言葉を聞いて、自分の先ほどの言い方は少し誤解を与えたな、と他人事みたいに思った。別にわざわざ言い直す気はないけれど。


 何を言っても、今の世悧には曲解されるだろうから。そもそも丹是ら、襲撃犯である騎士たちの方が、世悧にとって近い立場なのだから、同情も感情移入も、あちらの方が抱きやすいだろう。


 ……別に冬月は、龍使いのことを他人に理解されようとは思っていないし、世悧からどう思われてもさほど気にするような性格でもない。世悧のことは気さくな『いい人』として認識しているが、それだけ。それは世悧から冬月たちに抱く印象も同じだろう。たった数日行動を共にしただけの関係。軽口はきいても、自分自身の話はどちらも何も語っていない。それで相互理解なんて不可能に近い。


 そう、だから、冬月だって苛立たないわけではないのだ。こちらからすれば理不尽極まりない襲撃に、両者無傷で相手を抑え込んだうえ、面と向かって糾弾するわけでもなくおとなしくしているのだから、随分と大人の対応ができていると冬月としては思う。


(あ、でも、まずいな)


 冬月がこれだけ苛立っているということは、阿星もしかり。冬月も阿星も、沸点は特別低くはないが、ことさらに高いわけでもない。今回、限界が近いのは阿星のようだ。


(僕は丹是がほとんどしゃべらないうちに意識を奪ったけど……阿星は、何か言われたんだね、この様子だと)


 そもそも、このテントに誘導され、顔を合わせた時から、阿星がいつになく不機嫌であることは察していた。それでも、幼馴染である自分だからわかる程度の薄い怒りだったのが、今、隣で高まっていることに気づいた。


 もはやはっきり、びりびりと張り詰めたものを感じる。目の前の世悧からではなく、すぐ横の阿星から。けれど、冬月がなだめるように彼の名を呼ぶよりも早く、その怒りは発露された。


「ふざけてんすか? 適当な気持ちの奴が龍使いになんてなれないんすよ」

「……阿星、落ち着きなよ」


 怒気のにじむ言葉にわずかに怯んだ世悧を見て、冬月は今にも立ち上がりそうな親友の袖を引くが、彼は目を吊り上げたまま、低くうなるように続ける。


「なあ、あんたらが言うそれって龍使い(俺ら)なら犠牲になっていいって言ってんのと同じじゃねえの? 俺らに滅べって言ってんの? 頭使って考えてみろよ。たかが千人にも満たない龍使いに、数千万の龍から、十数億人の人間を救えってのが馬鹿げてんだよ」


 申し訳程度の敬語すらも吹き飛んで、阿星は静かに激高する。阿星、と再度呼ぶ冬月を振り切って、彼は続けた。


「なあ、救えるものなら救いたいんだよ。でもできねえんだよ。できねえから恨まれる。憎まれる。『よくあること』だ。俺たちはそんな恨みや憎しみがそこらに転がってることを知ってんだ。だからさっきの襲撃を察して備えた。それが悪いとでも? 恨みを受けて殺されてればよかったってあんたは言うのか?」

「……いや、」

「知ってるか。冬月の両親は二人とももういねえんだよ。俺は父方の爺ちゃんには会ったこともない。俺がちっせえに死んだ、母方の爺ちゃんには、右腕の肘から先と、右足のももから先がなかった」

「おい阿星!」


 想定以上の怒りを纏ったまま、自分たちの過去に触れる阿星に、冬月は思わず強い口調で咎めるが、やや怯んだものの、それでも怒りの消えない幼馴染は、止まりはしなかった。


「……それがどういうことか、わかるだろ? 龍使いは確かに頑丈だぜ? 龍に対抗する力がある。でも万能じゃねえし、不死身でもない。……血を流して、死んでいくんだよ」

「……」


 冬月は苦い顔をしてため息をつく。阿星の言うことは事実だ。龍使いも死ぬ。不死身でも何でもない。数年里に帰還しないあの人は、もうこの世にはいないのかもしれないと、毎年のように思っている。そのくらい身近に、『死』がある。


 龍に最も近く、龍に対峙する一族。だから、龍使いの一番の死因は龍に相違ない。


 ――丹是たちの気持ちなんて、冬月たち龍使いが一番わかっている。ゆえに彼らの恨みも憎しみも否定しない。『仕方がない』と受け入れる。


 だって、自分たちも……その絶望を味わっている。失ってきた。奪われてきた。目の前で仲間を屠られたこともある。だからあの騎士たち以上に、わかっているかもしれない。力があるのに及ばないこの悔しさは、後悔は、憤怒は、憎悪は、自責は……龍使いだからこそ、深く深く穿たれている。


「……ならばどうして、龍使いは龍に立ち向かうんだ? そんな風に思っているなら、立ち向かわずに隠れ住んでいればいいんじゃないのか? 自分たちの身だけを守れば……」


 気圧されていた世悧が、ややかすれた声でそう問うた。これもやはり、知らないがゆえの……否、彼の人柄では思い当たりさえしないがゆえの、問いなのだろう。


 ハッと、阿星は鼻で笑った。冬月はここで、とうとう阿星の肩をガっとつかむ。しかし、制止をかき消すような阿星の声。


「昔はそれなりに、意味があったかもな。でも今は、俺らは生き抜くために今の在り方を貫いてんだよ。きれいなもんなんか妄想すんなよ。人間のためなんかじゃない。自分たちのためだ」

「おい!」


 さすがにしゃべりすぎたと、冬月は判断した。あまり、龍使いについて外部の人間に話すものではない。それは阿星もわかっているはずだ。判っているはずなのに止まれないのは、それだけ頭に血が上っているのか。世悧は、冬月と阿星の顔を見比べるようにせわしなく視線を動かしている。けれど、強く止める冬月の声をさらに上回る強さで、阿星は言葉を続ける。


「龍使いって存在はだれもが知ってる。けどそれが人々を救わない一族だったらどうなる? 簡単だ、今より過激に恐怖されて狩られる。迫害される。人は異端を嫌うだろ? そして捕まれば使い潰される。だから俺らは、今みたいに生きていくしかないんだろうが!」

「阿星! しゃべりすぎだ!」


 ぐっと胸倉を掴んて、冬月は声を荒げた。しかし阿星も負けじと冬月の胸ぐらをつかみ返してくる。世悧が慌てているのが見えたが、にらみ返してきた阿星に意識を持っていかれた。


「ああ!? うっせえな、冬月もだんまり決めこんでんじゃねえよ! お前も俺と同じこと思ってんだろうが! いっつもそうやっていい子ちゃんしてんなよ!」


 互いにつかみって、既に完全に立ち上がっている二人は、すぐそばの世悧のことなど頭から吹き飛ばしていた。そもそも冬月だって機嫌がいいとは言えなかったのに――阿星のこの言いぐさ。


「……は? そこまで言われる筋合いはないんだけど? この人一応貴族なんだぞ、無駄に僕らの情報を渡すんじゃないって言ってんのがわかんないのか単細胞が!」

「なんだと!?」

「なんだよ!?」


 手が出たのはどちらが先だったのかはわからない。『男同士』の幼馴染として育った彼らは、どちらも相応に、喧嘩になれば手が出て足が出る大喧嘩は当たり前だった。


「おいお前らやめろ! 何で喧嘩してるんだよ!」


 世悧が二人の間に入り引きはがそうとするも、冬月と阿星は、そこだけは仲良くそろってギッとにらみ、叫んだ。


「「うっせえな! ひとの喧嘩に口出すな! 引っ込んでろ!」」

「え、えぇ~……」


 俺が野暮なの? 違うよな??? と、先ほどまでの空気とは一変して困惑仕切りの世悧。ここで一瞬、世悧は手を止める。そして冬月は阿星と喧嘩を続行。


 ――ただ、結果的に、冬月たちの喧嘩は、すぐに止まることになる。


「あの、どうしたんですか、隊長?」


 さすがにこの騒ぎに、外の騎士が様子を伺いにやってきた、その時。――入り口からその騎士が顔を出したその瞬間、冬月と阿星は、ぴたりと動きを止めた。


「は?」

「え?」


 先ほどの剣幕から、まさか第三者の登場で止まるとは思ってもいなかった世悧と、何が起きたのかよくわかっていない騎士の困惑の声。


 しかし、そんなことは、冬月たちにとってはどうでもよかった。ただ、ほんのわずかに聞こえた音と、急速に近づいてくるものの『気配』を感じ取る。バッと、視線を向けたのは顔を出した騎士ではなく、外。そして二人して、テントから飛び出す。


「おい、どうしたんだって……!?」


 世悧の声をまたもや無視し、冬月と阿星はそのまま奔りだす。奔る、走って、そして。


 ――ドガッ!!!


 自分たちが感じとった『気配』にむかって、強烈な蹴りを繰り出した。左右対称に全く同じ動き。すぐそばには、事態が理解できないかのように固まっている騎士が数人ほど。


「……!?」


 同じくテントから飛び出してきた世悧を含め、ほかの騎士たちも次々と集まってきては絶句する。そして一気に顔色をなくした。


「これは……! 『白狼(はくろう)』じゃねえか!」

「『雪山の殺し屋』がまさかこんなところに……!?」


 冬月と阿星が蹴り倒したもの。すでに首の骨を折られて絶命しているのは、白い狼だった。


「近くの山から下りてきたんだ……。たまにあるんですよ、数が増えすぎて食糧不足に陥った群れが、人里を襲うことが……!」

「今倒したのは斥候役っすよ! 本隊の群れが……もうすぐ来る!」


 冬月、そして阿星の言葉に、一気に場はざわめきを大きくしたのだ。









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