14,『どろりと澱んだ、(Side世悧)』
正直な話、世悧はとても困惑していた。
ドロンで庵哉たちと別れてから数日。冬月と阿星という龍使い二人を連行……連行? 同行? しながら、本当にこれでいいのかと思うほどになじんでいる二人とともに、かなり気安い旅路だったと思う。むしろ、緊張感とか全くなかったし、吹雪も収まって順調に復路を進めていた。というか、天候の変化に敏感な冬月たちのおかげで、往路よりもサクサク進んでいた感すらある。
上司の庵哉や、長旅にも馬にも慣れていない医師の集団とは別れていたことも、気楽さに拍車をかけていたのだろうとは思うが、本当に何も問題もなく日々が過ぎていた。
気になることなど全くない、というわけではなかったのだが。
――冬月と阿星に対して、ほんの少しぎこちない対応をする騎士たちがいることには、世悧も何となく気づいていた。ただ、冬月たちが龍使いである、ということも相まって、ごく普通の感覚を持っている数名が、馴染みすぎている二人の様子に慣れないだけなのだろうと思っていたのだ。あるいは一応、部外者に当たる二人を警戒しているのだろうと思っていた。その時までは、明確な害意も感じなかったから。
(つくづく、俺は楽観的すぎるんだよな)
信頼と言えば聞こえはいいが、これは部下たちの動向に気づけなかった、自分の怠慢なのだろう。
ことが起こったのは深夜だったが、どんなに暢気でもここにいるのは騎士たちばかり。全員が騒動には気づいていた。世悧自身も飛び起き、阿星に押さえつけられた騎士と、その周囲で今にも襲い掛かろうとしているもう一人。
眠っていたのだろう他の騎士たちも駆けつけて、共に取り押さえたが、状況把握がすぐにはできたとは言い難い。ただの反射だ。ただ、誰にも悪ふざけの様子はなく、これは冗談ではないのだと気づいてハッとした。
阿星が襲われたなら……冬月は? そう思いまた駆けつければ、冬月の方も襲われた後で……二人ともが、自らの力で退けてはいたが、頭の痛くなる事態には変わりない。
それでも、まずは事情を聴くのが先決だろうと判断する。……比較的落ち着いて、そんなことを考えられたのは、ひとえに負傷者がいないからなのだが。
(龍使いが『強い』って、マジだったんだな……)
いや、もちろん、護竜山のふもとでその正体が露呈した折、騎士たちに取り囲まれながら飄々としていた姿からも、ある程度予測はしていたのだけれど。いかんせん、阿星はまだしも、冬月は華奢で小さくて幼げな少年なのだ。それが、入隊したばかりの新人とはいえ、それなりに上背があって、身体も鍛えている騎士に襲われて、無傷で退けて見せた。認識を上方修正する必要があるな、と世悧は思った。
ともあれ、襲撃に関与した者たちを、世悧のテントに集めた。一応隊長であり、貴族籍もある世悧は、広々としたテントを一人で割り当てられていたためだ。
冬月と阿星は被害者、という立ち位置のため、いったん、別のテントに待機していてもらい、まずは部下たちの話から聞くことを決めた。
実行犯の騎士は二人、協力者が一人。世悧も含めればそれなりのガタイの男ばかりが四人で、流石にテント内は少々圧迫感を感じる。しかし、皆が目を覚まし、ざわざわとしている今、外で話すわけにもいかないのだから我慢するしかなかった。
襲撃犯である騎士たち三人は、暴れないようにぎゅっと手足を縄で縛られている。まさか自分の部下のそんな姿を、この任務中に見ることになるなんて思いもしなかった。
「市来、丹是、津々易。弁明はあるのか」
世悧は一人一人、部下の名を呼ぶ。部下の名前と顔はすべて覚えていることはもちろん、彼ら全員と世悧は話したことがあるし、オッチェンジェスタ国民らしく、暢気でおおらかな気のいい部下だった。そう思っていた。
だから、世悧にはわからない。なぜ、彼らがこのような行為に及んだのか。彼らの間に共通点も思い当たらない。出身地はそれぞれ違ったはずだし、年齢もばらばら、騎士としての位も全員が同じというわけではない。
「……」
しかし、問いへの答えは返ってこない。じっと正面から彼らを見つめるが、うつむく部下たちの表情はうかがえなかった。
「弁明は、ないのか」
再度、問う。世悧は三人の中でも、市来――もっとも年長の騎士に視線を合わせた。三十代も後半の古株である彼。今は部下だが、かつては先輩後輩として、世悧も昔からいろいろと世話になった男だ。……おそらく、彼がリーダーとして残りの二人を率いていたのだろう。
阿星を襲ったのが、市来だった。そして冬月を襲ったのは、最も年若い丹是。津々易は、世悧たちが起きてこないかの見張りをしていたようだ。
彼ら三人がそろって今夜の夜番だったことも併せて、明らかに計画性を感じる。ただ、ずさんさも同時に感じた。
(冬月たちに会ってから思い立って……作戦を練った、んだろうな)
世悧は小さくため息をつく。静寂が支配するテント内に、思いのほかその音が大きく響いた。ぴりついた空気がさらに緊張感を増した気がして内心舌打ちをする。そして世悧は質問を変えた。
「……お前たちがあんなことをしたのは、冬月と阿星が、龍使いだからなのか」
それしか思いつかない。だけれども、『龍使いだから、何故』という問いへの答えが、世悧にはわからない。
けれど、この問いに、ふっと丹是が顔を上げた。今回率いてきた騎士団員の中で最年少。冬月たちの一つ年上の十八歳、童顔で、まだまだあどけなさが残る少年の顔には――どろりと澱んだ、憎悪が浮かんでいた。
「……そうです。そうだ。あいつらが、どうして、……っ、へらへら笑って生きてんだよ!!」
ガタン! と音を立てて立ち上がろうとし、縛られた手足故に床に転がる。興奮に息を荒げ、受け身も取れなかったのだから痛みはそれなりにあったろうに、それでもにらみ続ける視線の先は、世悧ではないのだろう。彼の眼に映るのは、ここにはいない冬月と阿星だった。
そこにあったのは、飲まれそうなほどに深い憎しみ。
そのふり絞るような叫びに、わずかに息を飲む。テントの外で待機している騎士たちも、声を聞きつけて不安げな、あるいは警戒のにじんだ空気が広がっていることを、世悧は感じ取った。
それでも、まだ詳しい事情は聴けていない。立ち上がった世悧は、丹是を押さえようとする。――けれど、そこでぴたりと動きを止めた。
(こいつら、)
いつの間にか、騎士たちは全員顔を上げていた。その瞳にぞっとするほどの憎悪を、憤怒をたぎらせて。丹是の言葉に倣うように、何故、と問うている。
なぜ、冬月と阿星は、笑って生きていられるのか、と。
あの二人の死を、心から望む、瞳だった。
☽☽☽
世悧は市来らの話を聞いた後、冬月たちの待つテントへと顔を出した。襲撃直後もそうだが、今に至ってもひどく冷静に、世悧に頭を下げる、二人の青年。先ほど聞いた話も相まって、複雑な心持になる。
つい数日前、初めて出会った二人。確かに、あれが初めての出会いだった。市来や丹是、津々易も、初対面だったはずだ。その証拠に、違和感のある空気に気づいたのは、冬月たちが龍使いであるとわかった後から。その直前の飲み会では、何の柵もなさそうに一緒になって騒いでいたことを覚えている。丹是など、年齢が同じであることで、ひときわ打ち解けていたように思う。
(……なのに、……)
先ほどのテントよりは狭い中で、三人、座って向き合う。冬月と阿星の護衛の意味もあって、ついていてもらった騎士は下がらせた。その騎士も、状況が理解しきれていない困惑をにじませていたが、まだ何も説明ができない。……冬月たちから話を聞いて、それですべてを説明できるようになるのかと言えば、そんなことはないのだろうが。
(くそ。……嫌な立場だぜ、隊長なんて)
思ったところで、変わるものは何もない。だから世悧は、内心の葛藤を殺し、問うた。どこまでも落ち着き払っている、二人へ。
「冬月、阿星。お前らは……わかっているんだろう? 予想できていたのか? あいつらが、こういうことをするって」
そうでなければ説明がつかないほどに、冬月も阿星も冷静だった。
「……そうですね。予測していました。本当に行動するかどうかは、わかりませんでしたが……備えては、いました」
その答えは、当然のように返されて、世悧は唇をかむ。……冬月と阿星の賢しさが悔しいのではない。己のふがいなさが情けないのだ。彼らが気付いたことに己は気づかず、可能性にすら思いいたらなかった。
その焦りに言及することなく、冬月は続ける。
「隊長さん、さっき聞いたんですよね? あの人たちから、僕らを襲った動機を」
そこで冬月は初めて表情を崩し、言いながらわずかに浮かべたのは苦笑だった。世悧はぐっと、組んだ両指に力を込めた。眉間にも無意識に皺が寄る。
「……ああ。市来達は……あいつらは、全員、『龍の襲撃』を受けたことがあった、と」
ばらばらの年齢、出身、地位。そんな彼らの共通点。世悧の言葉を受けても、冬月と阿星は表情を変えない。やはり、この動機までも、彼らは予測できていたのだろう。その様子に、今度はなんだか腹立たしくなってくる。
世悧の中の『常識的な感覚』は、冬月も阿星も、『何ら悪いことはしていない』と理解しているのだけれど。……この腹立たしさは、きっと長年共に過ごした部下たちへの感情移入に起因しているのだと気づいているから、言葉だけは努めて平たんに、世悧はつづける。
「そして、その襲撃で、あいつらは、――」
「大事な誰か、或いは何か、を喪ったんすよね」
と、阿星の声が、世悧にかぶせるように発される。
「そして、その襲撃現場に――『龍使い』はいなかった。そうなんでしょう?」
冬月の声も、冬の深夜に、静かに響いた。




