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天統べる者  作者: 月圭
第九章 昔話をしましょう
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17,『狂人の理論(Side庵哉)』


 そもそも、世悧の長兄・那依悧は世界各地の生物を実地で観察・研究する、という目的を掲げ、国外へと出発してから数か月、帰ってきていなかった。次兄・狗右悧もまた、毒キノコ寄生事件から回復したのち、自宅の研究室にこもって、またしてもわけの分からない植物を収集している、という話を聞いていた。それらは別に、割とよくあることだったので、気にはしていなかったのだが、それも汰浦の一件を聞くまでのことである。


 あの報告書には、汰浦が『龍を創り出す』実験をしていることや、龍使いと手を組んでいることのほか、那依悧や狗右悧もまた、『黄玉』の研究機関である『鏡』にて番号を与えられている構成員であること、そして汰浦の実験に勧誘されていたことが、記載されていたのだから。


 そうして、汰浦の勧誘を、二人して蹴ったことも、明記されていた。


 よって、王の命を得て、庵哉は那依悧・狗右悧の保護を秘密裏に行おうとしていたのだ。狗右悧はまだよかった。一向に自宅研究室から出てこないし、よくわからない植物が運び込まれること数十回を記録していたが、それでも部屋の中で、嬉々として研究に励んでいるだけで、生存確認と安全確保は、できていたからだ。


 奇怪な笑い声が、昼夜関係なく響き、時折爆発音が響き、頻々に異臭がする、という報告が、研究室の周囲を固める護衛から上がったが、それはいつものことなので、問題ない。護衛担当者たちの精神が、ゴリゴリ削られてはいたが、まあ、何とかなった。


 一方の那依悧は……これが全く捕まらなかった。庵哉たちは頭を抱えた。痕跡はあるのだ。奇抜な服装をして、常に生き物の死骸をまとった奇人が、何やら危険生物の巣に突っ込んでいった、という通報が複数あったからだ。その通報を聞く限り、那依悧は奇行を繰り返しつつも、汰浦の手に落ちることなく、元気ではあるらしい。……危険生物のところに、狂喜乱舞しながら飛び込むような男なので、汰浦側の追手も近寄りがたいだけなのかもしれないが。


 なお、汰浦の勧誘を断った時の、那依悧と狗右悧の主張はといえば。


「いやだよ。人間は滅びてもいいけれど、それ以外の生き物はすべからく健やかに、永久に繁栄すべきなんだよ? 人間がそのほかの生き物を創り出すなんて、失礼じゃないか! いったい何を考えているんだい? 人間はね、彼らのすばらしさをあがめ、讃え、教えを乞うべきであって、そんな冒涜するようなことは許されないよ!」


 という、那依悧(生物狂)


「は? ふざけるな……。日々の食物を生み給うこの大地と緑に感謝できない人間が何かのたまっている……。人間は、緑を消費し腐らせる害悪なのだから、植物を循環させ、育てることができる動物以下だ……」


 という、狗右悧(植物狂)


 結果的に、汰浦の非道な実験に加担しなかったことはいいのだが、加担しなかった理由が狂人の理論である。自分たちもまた、人間であることを、彼らは忘れているのだろうか。しかも彼らは研究者で、嬉々として動植物を対象に『いろいろ』しているはずなのだが、大丈夫か? 主張と言動が破綻していないか?


 そう思いつつ、庵哉は、正直な話、ドン引きした。そして、彼らの実弟として生まれたにもかかわらず、まともな感性を持って育った世悧に同情した。


 ともかく。そんな状況であったのだが、北龍による襲撃が始まった直後、その那依悧と狗右悧が、なぜか二人して王城に駆け込んでくる、という事件が起こったのである。


 当然、駆け込んできた二人は、王城の門前で騎士たちに止められた。なにしろ、那依悧の奇抜な服装はそのままだし、狗右悧に至っては白衣だったのだろうとは思うが、いろんな液体でまだらに染まった襤褸切れを、これまた襤褸切れ寸前の服の上にまとっただけ、という格好で突撃してきたからだ。


 完全に不審者である。……が、那依悧の奇抜な服装は、そのままであったがゆえに、門を守る騎士たちに、突撃してきたのが一体『誰』なのか、ということを瞬時に理解させる威力を持っていた。その騎士が、偶然にも元・世悧直属の部下たちだったのも、悪かったのだろう。何しろ、服装と言動で一見では気づきにくいものの、この三兄弟の顔は非常によく似ているのだ。


「……え!? まさか、隊長……の、おにーさん!???」


 その驚愕と、一瞬の躊躇の隙を突き、那依悧と狗右悧は、叫んだのだ。ご丁寧に拡声の呪術が仕込まれた呪術具を装備して。


「汰浦宰相!!!! 私はあなたを許さない!!!! 許さない……!!! あなたの冒涜的な実験により、私のかわいい希少生物が絶滅した……! こんなふざけたことがあっていいはずがない!!!!!! 絶滅しても構わないのは人間だけだろう! 龍を創り出すなどという、ばかげた行為により犠牲になった、生物たちに詫びて、詫びて、詫びろ!!!!」 


 拡声の呪術は、その仕事を全うし、那依悧の声は爆音で、城にとどろいた。むしろ、オッチェンジェスタ国の首都・テンダー中に響き渡った。


「宰相・汰浦……! 俺もあんたは許せない……! なぜあんたの下らん実験に、あれほどの貴重な毒草を使ったのだ!? あれは、あれは、一株育つのに三十年かかる貴重な草なのだぞ! それを、それを、龍の毒を再現するだとか言う愚かなる思想で、何十株も無駄にしただと……! これだから人間は害悪なのだ!!!!」


 狗右悧の罵倒も、当然、爆音で首都中に響き渡った。


 しかも二人して、狂人の理論である。


 最悪だった。よりにも寄って、この二人、汰浦の名前をこれ以上なくはっきりと叫んだのだ。汰浦が何をしたのか、ということも含めて。その時、城内で仕事中だった庵哉は、まさかの事態に硬直し、次いで頭を抱えた。いっそ、膝から崩れ落ちたいほどである。


「申し訳ありません、大臣! 毒草搬入時に、業者が処分のために持って出る、廃棄土の中に隠れて、狗右悧氏が脱走したようでして……!」


 道理で、狗右悧の纏う襤褸切れ寸前の衣服が、土にまみれているわけである。そこまでして、汰浦を糾弾しようと思うほど、彼は腹に据えかねたらしい。


 それでも、このような常軌を逸した行動は、普通ならば狂人のたわごとだ、と流されて、むしろ汰浦への侮辱として、那依悧と狗右悧こそが嫌悪の目を向けられるだろう。


 が。なまじ、この二人が有名であったのが悪かったというべきか。とにかく普段から、素で言動がアレな那依悧と狗右悧は、興味関心がある事柄以外は、すべからくどうでもいい、と言い切る輩であるということは、周知の事実だったのだ。実際、拘束されようが、監禁されようが、やりたいことさえできるのならば何ら気にしない、そういう性格であると、国の中枢人物であれば中枢人物であるほどに、よく知っている。


 その彼らがここまでブチ切れている……。つまり、その『興味がある事柄』について、汰浦がやらかしたことは、事実なのでは? という認識が、瞬く間に城内に広がったのだ。


 最悪である。


 けれど、こうなってしまったのならば、早急に動くしかない。そうして、宰相・汰浦の執務室に飛び込んだのは、国王・御塙と軍大臣・庵哉のほか、この後行われるはずだった定例会議のために、近くにいた各大臣たちと、複数の騎士たちである。


 けれど、既に部屋はもぬけの殻であったのだ。


 その日、城から消えたのは、宰相・汰浦、騎士・亥良、そして複数の騎士と兵士、使用人含めた二十数名であった。


「なんということをしてくれたのだ……! 那依悧、狗右悧っ!」


 その夜である。拘束され、牢へと入れられた那依悧と狗右悧に、庵哉は対面していた。


「うーん、時機が悪かったのは謝罪します、庵哉様。ですが、私たちとしても、こうするしかなかったんですよね」


 へらっと笑ったのは那依悧で、ぶつぶつつぶやきながら、牢屋の土の性質を見ているのが狗右悧だった。


 いわく。はっきりと汰浦を拒絶してから、那依悧と狗右悧は汰浦の手のものに、命を狙われていたらしい。


「途中迄は、私たちの能力を認めていろいろとあの人、話してくれてましたからね、消しときたかったんでしょう」


 二人の保護のために庵哉たちが向かわせた騎士たちの中にも、刺客が混じっていた、と聞いて庵哉は戦慄した。そこまでのことは、御塙の『優秀な情報源』もつかんでいなかったのに、と。


「まあ、それなりに彼に近い研究者としてかかわっていましたし、彼、私たちのことを誤解していたので、協力するに違いないと思ってたみたいですよ」


 だから、いろいろ知ってるんですよ、と。そうして冷たく笑うさまは、なるほど、本当に心から腹を立てているときの世悧によく似ていた。兄弟なのだな、とこんな時だが、強く思う。


「それで、私は自分の伝手を使って逃げ回って、狗右悧は部屋に閉じこもることで何とか身を守っていたのですけどね、どうにも最近、強硬手段に訴えてきていて、非力な私では、かわし切れなくなってきてしまって。私の愛する希少生物の巣も被害を受けましたし、そもそも城の前で告げた、絶滅の話も本当ですし、……許せないでしょう!?」


 那依悧の主張には、ちょくちょく生物愛が挟まってはいたが、おおむね、個人では逃げ切れなくなったので、助けを求めに来た、というのが真実であるらしい。


「ならば、あそこまで騒ぎ立てる必要はあるまいに……!」

「ああ、それも理由はありますよ。宰相が、まだのうのうと城にのさばっているのなら、一刻も早くどっか行ってほしかったんですよ。ああすれば、逃げてくれるでしょう?」


 グッと眉間にしわを寄せれば、ひらひら、と手を振って、あっけらかんと那依悧が返す。


「は?」


 思わず剣のある声で短く問い返してしまったが、那依悧は一切ひるまなかった。むしろ、彼には珍しい、ひどく真剣な顔で、告げる。


「……どこまで、庵哉様がつかんでいるのかはわかりませんが。……この城にもいますよ、宰相の実験の、犠牲者は」

「っ、」


 その情報は、つかんでいた。けれど、『人造龍』が暴れだすための条件が、どのようなものかわからず、下手に保護もできなかったのだ。もしも、それが城内で暴れだせば、どれほどの惨事が起きることか。


 沈黙を返した庵哉に、那依悧は淡々と続ける。


「基本的には下級兵士や、メイドなんかが『実験の犠牲者』です。でも、私たちがやってきた、あの時間帯なら、宰相は執務室に居て、下級兵士もメイドも近づきません。けれど、早くしなければ庵哉様たちが駆け込んで、追及や捕縛をされるでしょう。そんな状況になれば、宰相ならすぐさま逃げると思ったんです。……『人造龍』は宰相の合図で、宿主の腹を食い破り、暴れだします。それをする暇を与えたくなかったので」


 ガッと、庵哉は鉄の檻をつかむ。


「お前たち、……まさか、本当に……!」


 にこりと、那依悧は笑った。ようやく土から目を離した狗右悧も、引きつったような笑みを浮かべる。


「ふふふふふふ、私たち、結構、あの実験について、理解しているので……何が何でも、あの生物の冒涜者を、ぎゃふんと言わせますよ!」

「宰相は毒草の敵……敵……ふふふふふふふふふふふ」


 牢の中には、不気味な笑いがこだました。


 ——けれど、それは。汰浦の企みを砕く、大きな一手になりうるものだった。


(だから、それほどまでに、この二人を殺そうとしていたのか)


 そう納得を得た庵哉は、御塙とも話し合った結果、今度こそ信頼できる、と断言する者たちだけを厳選し、守りを固めながら、那依悧と狗右悧が、汰浦の実験の犠牲者たちを救うための研究をすることを、全力で支援している。


 それから一か月……さすがの彼らも苦戦しているようだが、原理や暴走条件などは、じわじわと割り出され、実験の犠牲者となった者たちを見分ける術も、開発できそうだと言っていた。


 今となっては、那依悧と狗右悧が城に突撃してきた日は、悪夢のような一日ではあったが、それで救われたものもあっただろう。すべてではなくとも、ある程度、庵哉たちの動きが汰浦にはわかっていたのなら、捕縛の時に『人造龍』を暴走させることができるよう、計らっていたはずなのだ。


(那依悧たちが、まったくもって予想できない奇行をやらかしたからこそ、汰浦側も対処できず、逃げるしかなかったのだ)


 ふう、とため息を深くつく。なあにはともあれ、今はできる限りのことをするしかない。那依悧と狗右悧の研究の支援、北龍の襲撃の対処。


 ——そして、八大国会議に向けて。











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