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天統べる者  作者: 月圭
第九章 昔話をしましょう
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11,『もう迷いはない(Side世悧)』


 自分でも本当に不思議だが、世悧は、冬月が性別を偽っていたことに、驚きはあれど、さほど腹は立たなかった。とりあえずは、麗々たちのところへ戻ってから話そう、ということになり、三人でサクサクと森を進んでいる。


 その間に、冬月は阿星から、留剛のこと、東龍王のことなどを聞いているようだ。やはりひどく衝撃を受けたようで、終始こぶしを固く握りしめていた。「ルルさん」と、声もなく落とした姿に、世悧の胸中にも痛みが刺した。


 世悧も話をところどころ、阿星の話を補足しつつ、……『冬月が少年ではなく少女だった』という事実があるだけで、普通に話ができている自分たちに、頭の片隅で、どうしてこんなに、驚き以外の感情がないんだろう、と考えていた。


 ……思えば事実としてそれを知った時、降ってきたのは衝撃だったが、同時に腑にも落ちたのだ。もう数か月も前の話にはなるが、南龍の巣へ向かう旅路で、様子のおかしい冬月が、『いつか必ず話す』と言っていた『秘密』はこれか、と。


 龍使いには男しかいない。そう聞いているし、事実そうなのだろう。けれど、冬月は実は『女』だった。そこには、阿星すら欺き通さねばならない、根深い何かがあるのだろう。


 だけど、彼女は言っていたのだ。『いつか必ず話す』と。……それまで待つと、世悧たちは答えた。けれど今回、……事故のような形で、『秘密』がさらけ出されてしまった。


(ああ、そうか)


 今回の件がなくても、冬月は自ら、話してくれていた。そう確信しているから、腹が立たないんだろう。


 怒りはない。ただ、受け止めたいと、思った。


 そうして、ようやく元の開けた場所まで戻ってきた時のことだ。


「冬月! 待っていたぞ! この女をどうにかしろ!」

「駄目ですわ! このセクハラ男……!」


 冬月に助けを求めたのは青をまとった男……東龍王で、その彼にしがみついて般若の形相をしているのが、麗々だった。


 え? なに? なんか……なんだろう。何があったんだ、この短時間に。


 世悧達三人は、一様に困惑した。


「……悪い、冬月。お前の話は聞きたいんだが、あっちをどうにかして、あと状況整理が先らしい……」

「あ、はい。そうですね……? 何してんだ、あの駄龍」


 かくっと肩の力が抜けた世悧が言えば、冬月が困惑しつつ答えた。……なお、最後のほうに、ひっくい声で何か言っていたのは、聞こえなかったことにした。


 とにもかくにも、どうやら東龍王、麗々くらいならば簡単に振り払えるにもかかわらず、彼女がけがをすれば、冬月に嫌われるのでは、と危惧して抵抗が中途半端になっているらしい。確かに、必死でしがみついている麗々を、東龍王の力で振り払うと、打ち所が悪ければ重症になりかねない。というか、さすがは武術をたしなんでいるだけあるというべきか、麗々は見事に東龍王の関節を極めていて、絶妙に動きづらそうだ。


(マジで、なんでそうなったんだ? つか、セクハラ男ってなに?)


 セクハラしたのか? 東龍王が麗々に? この東龍王、冬月にしか興味関心なさそうなのに???


 わけがわからないが、とにかく二人を引き離しにかかった。三人がかりで。そうして、ようやく落ち着いた麗々が吐き出した一言は、謝罪であった。


「……冬月さん、申し訳ありません。わたくしが不注意だったばかりに……このようなことになってしまいました」

「麗々さん。顔をあげてください。もとはといえば、隠していた僕が悪かったんです」

「いいえ。冬月さんが、意味のないことをなさるとは思いません。何がご事情があるのでしょう。それに、世悧殿や阿星さんにも、秘密になさっていたのでしょう? ならば、それはわたくしが不用意に暴き立てていいものではありませんでした」


 痛いほどにまっすぐな、麗々の青空色の瞳が冬月を見つめる。冬月はその紺青の瞳を揺らして、眉を下げた。


「……麗々さん」


 が。


「それに! わたくしが不注意で呪術を解いてしまった直後! あのセクハラ男から守れませんでしたわ! わたくしが一番近くに居ましたのに! あの男、……なんてのたまったと思います!? 『ふむ、このまま嫁にもらおう』ですよ! あまつさえそのまま眠っている冬月さんを抱き込んで……! 信じられません!!!」

「……」


 冬月は、一気に胡乱な瞳になって、東龍王を見た。東龍王は阿星に、一応とばかりに腕をつかまれつつ、楽しそうに冬月を見ている。そして世悧は、なにゆえに麗々が東龍王を指して『セクハラ男』と憤っているのか理解した。そうだ、冬月は男、という認識が根底から抜けきらないせいで、微妙に失念していたが、改めて聞くと、意識を失った少女に対してその言動は、普通にやばい変質者だな、と納得した。


 その後。どうにか麗々をなだめて、東龍王と南西龍王には、少し離れた場所で待機するよう冬月に言い聞かせてもらい。……留剛を、荼毘に付した。


 いつまでも、冷たい土の上に寝かせておきたくない、という意見が一致したのだ。四人ともが手を合わせ、言いたいことはいくつもあるはずなのに、どれも言葉にならなくて、ただ歯を食いしばった。麗々が丁寧に呪術陣を描いて、そうして煌々と燃え上がる焔の中、留剛が真っ白な灰になるのを、じっと見つめた。


 もし、留剛の遺体をこのまま持ち帰れば、その残った体を解剖すべきだという意見も、当然出ただろう。悍ましい実験を施されたのが、留剛だけとは限らない。判別方法や、対処法が分かるなら、それに越したことはない。


 それでも、世悧たちは自分たちの感情を優先した。


 もう何ものにも、留剛の体を傷つけられたくなかった。もてあそばれたくなかったのだ。


 感情論で動くのは愚かだと、わかっている。わかっていて、選んだ。全員が、同じ選択肢を。


 それは、それだけ留剛が、この場の全員に愛されていたことの証左である。


 世悧も、留剛が想ってくれるのと同じ想いは返せなくても、それでも人として、友人として、好きだった。


 閉じられた、麗々の瞳からはとめどなく涙が流れている。冬月は片膝をついたまま、血管が浮くほどに両手を組み合わせて祈りをささげている。阿星はかみしめた唇の端から、血が伝っていた。


 そして、世悧は。暗い空を見上げて、一粒だけ、冷たいしずくが、ほほを濡らした。


(……必ず、仇はとる。手掛かりなら、残ってる)


 東龍王が南西龍王を地面にたたきつけたときに絶命した、あの異形。汰浦たちはあれを回収はしていかなかった。まあ、東龍王と南西龍王が争っている真っただ中で、逃走したのだ。そこまでの余裕があるはずもない。そもそも、南西龍王がたたきつけられてできた、地面の亀裂の奥深くにめり込んでいるそれを、簡単に回収はできないだろう。


 汰浦と、亥良。世悧とかかわりのあった二人が、深く関与している『実験』。絶対に許さない。……絶対に。


 冬月と阿星が手早くこしらえた、骨壺代わりの木箱に、真っ白な遺灰を納める。世悧も、冬月も、阿星も、麗々も、手を合わせ、あるいはこぶしを握り。抱える思いの深さも、その色だって、それぞれに異なるだろうけれど。考えていることは同じだろう。


 汰浦と亥良を、……『黄玉』と龍使いの里のたくらみを、必ず止める、と。


 それから、麗々は休む間も惜しんで、帝都・ホノロアティスへと移動の呪術陣で帰還した。東龍王や、南西龍王のこともあり、世悧たちはここに残って、数日後にはまた、呪術で合流することで話がまとまったのだ。


 冬月の話を、聞く前に出発してしまっていいのか、という問いに、彼女は答えた。


「わたくしには、冬月さんのお話を聞く権利は、きっとまだありませんわ。だから、冬月さんのことは、たとえお母様にであっても、許可なく伝えることは致しません。……知らないほうがいいことや、知ってはならないことがこの世にいくらも存在すると、わかっていますもの」


 これでもわたくし、皇女ですから。


 そうしてきれいに笑った彼女は、きっと虚勢もあったのだろう。それでも背筋を伸ばした姿は、誰にも揺らぐことのない、堂々とした『皇族』だった。


 かくして、この場に残ったのは、世悧、冬月、阿星。そして東龍王。意識はないだろうが、南西龍王。その五名だった。


 その場の面々を見渡して、冬月が浅くため息をつく。夜もかなり更けて……むしろ明け方が近いが、眠気は一向にやってこなかった。


「話、しましょうか」


 麗々が残してくれた、防音と目くらましの呪術陣の中、焚火を囲んで丸く座り、冬月が苦笑とともに切り出す。


「……隊長、……阿星」


 冬月は世悧たちに視線を合わせ、じっと見つめる。だから世悧たちも、目を逸らさずにじっと見つめ返した。冬月はそんな二人に、深く深く、頭を下げる。


「説明を、します。でもその前に、謝りたい。……今まで嘘をついていて——本当に、すみませんでした」


 沈黙。


 そして冬月は毅然と顔をあげた。その顔に、もう迷いはない。


「聞かれたことには、知っている限りこたえます。その中には、信じられないような話もあると思うけど……」


 冬月は、今度は東龍王も含め、三人を順番に見ながら、一言一言はっきりと告げた。


「でも、僕はもう誓って、嘘はつきません。——真実を、知るままに話すと、誓います」


 ゆるぎなく、誤魔化しもなく。彼女は誓った。


「……信じるよ。信じるから」


 阿星が、絞るような声を出す。その顔は悲しみとも苦悩とも、あるいはどこか迷っているように、歪んでいた。


「ああ。信じる。だからちゃんと、全部話してくれよ」


 世悧は阿星の言葉を引き取って、軽口にしようとして、ちょっと失敗して。わずかに震えが滲んだ声になった。けれど、冬月はそれで、ふっと肩の力が抜けたようだ。


「はい。もちろんです」


 それから凛と、またこちらを見据えた。

 ——隠した全てを、語るため。


「……じゃあ……どこから話そうかな……。えっと、一体、何から聞きたいですか?」


 そう投げかけられた時だ。葛藤するような表情をしていた阿星が、口を開いた。


「待ってくれ、冬月。俺も、全部話しておきたい。というか、謝らせてほしい」


 まるで迷子のような阿星の声に、世悧は目を瞬く。冬月も首をかしげていたが、阿星の次の言葉に、二人して目を見開いた。


「俺、知ってた。知ってたんだ、冬月が『女の子』だってこと」

「え……?」


 こぼれそうなほどに、冬月が紺青の瞳を丸くする。世悧は息をのんだ。


「い、つ、から……? なんで……?」


 動揺のためか、冬月の声はとぎれとぎれだ。


「……あの時。歓迎の街・レガロで……香西(かさい)さんと話した後。夜中に冬月、こっそり出ていっただろ。俺が見張りの時で……不自然に眠くなって、意識が落ちたけど、すぐに目を覚ましたんだ」


 世悧には初耳の話を、淡々と阿星が語る。冬月は心当たりがあるのか、硬直していた。阿星いわく、目が覚めて、寝台の中から冬月だけが消えていたため、慌てて探しに出たのだという。


「見つけたんだ、話してるところ。……東龍王とな。あの時の男が東龍王だって気づいたのはさっきだけど。俺の意識が不自然に途切れたのも、東龍王の仕業だったんだな。……それで、聞こえたんだ、お前が『女』だって。お前が、否定しなかったことも」

「……そっか……」

「そういえば、あの時から阿星、時々様子がおかしかったな。そのせいか」


 ぼそり、と世悧は納得する。


「盗み聞きしたのも、それを黙ってたのも、悪かった。ごめん。隊長にも、何も言わなくって、すみませんでした」


 阿星はそうして、勢いよく頭を下げた。冬月が慌てて顔を上げさせる。


「いや、いいよ。僕が言わせなかったんだろ」

「俺のことも、そんなに気に病むなよ。立場が逆でも、同じことをしたと思うぜ、俺は」


 口々に言葉をかければ、しゅん、と肩を落としていた阿星も、ほっと息をつく。そこで空気を変えるためもあり、世悧は口を開いた。


「で、今の阿星の話で、疑問がさらに深まったというか……もちろん、冬月がどうしてそこまでして、男だって偽る必要があったかってことは聞きたい。——けど……」

「『けど』?」


 世悧は頭をわしわしと掻いた。冬月はその言葉尻をとらえて、聞き返してくる。


「ああ、うん。まず先にはっきりさせときたいんだよ。その……東龍王殿? 冬月の知り合いなんだろう。いったいどういう関係なんだ? 意味深な発言や、不可解な言動が多すぎるんだが」


 冬月は目を瞬いた。まさかそこからとは思っていなかった、とありありと顔に書いてある。そうして冬月は、ジェタの方を軽く睨んだ。


「……お前……はぁ……。彼はジェタ、といいます。関係性は……ち、知人……? いや……」


 冬月はそこで言いよどみ、沈黙する。そして、ひどく眉をひそめて、頭を抱えた。


「………………」

「「……???」」


 あまりにも悩んでいる冬月に、世悧と阿星は疑問でいっぱいである。そんなにも、複雑な関係性なのだろうか、と思って顔を見合わせ、東龍王・ジェタを伺ったところで、ようやく冬月が顔をあげた。


「すみません。当てはまる関係性が、どうしても一つしか浮かばないです」


 彼女の眼は、まっすぐ、きれいに、……それでいて、どこかうつろだった。



「ストーカーです」

「「なんて???」」



 思わず聞き返したが、しっかりはっきり、冬月は繰り返した。「ストーカーです」、と。聞き間違いじゃなかった……。


「は? 友人関係とか、こ、こぃびとかんけぃ……とかじゃなく!?」


 阿星がやや、どもりつつも身を乗り出して詰め寄った。冬月はそれに肯い、東龍王は、何を考えているのかさっぱりわからないが、笑顔だった。


「出会ったのは……ほら阿星。まだ里に居た頃、龍に襲われた蜜香を助けて、うっかり僕が東龍の巣にさらわれたことがあっただろ。……あの時が初対面ですね」

「ああ、私と冬月のなれそめか。懐かしいな。あの時の冬月は、実に面白かった!」


 冬月の頭が痛そうな表情で絞り出された言葉と、東龍王曰くの『なれそめ』が、まったくもって印象が重ならない。というか、『面白かった』って何? 東龍王に目を付けられるような何をしでかしたというんだ、冬月。


 世悧が阿星に視線を投げると、彼は遠い目をしていた。


「あったけど。あったっすけど! はぁ!? そんな頃からかよ!!!?」


 しかし、冬月がしでかした何らかの所業は説明されることなく、思った以上に関係が長かったことに、阿星は叫んでいた。


「そんな頃からなんだよなあ……。まあ、その。その出会いの後、うっかり性別が彼にバレてしまって……そこから……。旅に出てからも、ちょいちょい顔を合わせていてな……でも言えないだろ。東龍王にストーキングされているんだ、とか言えないだろ! 何しでかすかもわかんないのに!」

「「それはそう」」


 世悧と阿星は同時に、うなずいた。あんな、冬月以外に興味のない、最強龍王様がついてきていたとか……え、こわ。いまさらだけど! その最強龍王様は、「道中の逢瀬もよきものだった」とかなんとか言っていて楽しそうである。実は脳内花畑なのか?


 これには、冬月も思うところがあったようで、口角を引きつらせている。


「……あのさ、ジェタ。今回、危ないところを助けてくれたのは、感謝してるよ。さっきも礼を言ったけど、一応もう一度伝えるよ。……ありがとう。お前のおかげで、僕は生きてここにいる」


 そして、冬月はきちんと東龍王に向き直り、しっかりを頭を下げた。東龍王は相好を崩して彼女を見つめている。そこだけ見れば良好な関係性に見えなくもない。の、だが。


「でもそれはそれとして、なんでまだ僕に着いてきてたんだ……? 僕は相当こっぴどくお前を振ったと、自覚しているぞ?」


 冬月がぶっこんできた。世悧と阿星は混乱する。だって、ん? 『振った』ってことは、前提として東龍王から冬月への『告白』があったのでは? 待てよ。話を総合すると、この東龍王……一目ぼれした相手(冬月)を、一方的に付け回し、告白を断られたにもかかわらず、いまだに付きまとっているということに……?


「「ストーカーじゃねえか!!!」」

「うん。そう言ったでしょう」


 そうして、疲れたようにため息をつく冬月と、相変わらず世悧にも阿星にも興味がなさそうな東龍王。しかも、ただ微笑むだけで、一向に冬月の質問にも答えないし。その様子を見て、冬月はもう一度、大きくため息をついた。


「あの、いったんジェタの話、終わりにしましょう。進みませんよ、このままじゃ」


 その冬月の言葉に、世悧たちは素直に従う以外のことはできなかった。だって、聞けば聞くほど疑問が出るし、納得できないというか。『先ほど冬月を助けた』という事実がどうにか押しとどめているだけで、一連の話を聞くだに、あまり冬月に近づかないでほしいと苦言を呈したくなるので。


 けれど、どこか緩んだ空気も、そこまでで。


「じゃあ、本題ですね。……どうして僕が、性別を偽っていたのか」


 一瞬の沈黙。痛いようなそれを縫って、冬月はさらに続ける。


「長い、昔話になります」


 一気に満ちた緊張の中、冬月は再び、口を開く。













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