第10章 記憶
第10章 記憶
今やアンドレイにとって、この世界はまるで手のひらの上にあるかのようだった。
かつて訪れた場所ならどこへでも瞬時に移動でき、時間と空間そのものが彼に従っているようだった。
しかし、それはまだ序章にすぎない。
本当の実験は、これから始まるのだ。
ある旅の途中、彼は一人の死んだ冒険者の遺体を見つけた。
アンドレイは静かに膝をつき、その亡骸を調べた。
そして小さな追悼碑を作る。
簡素な石板と一本のろうそく――かつて冒険を求めながらも、その終わりに辿り着けなかった者のために。
名前は分からない。
だが、その死は忘れられなかった。
フレイアの姿となったアンドレイは、新たな実験に挑んだ。
それは“記憶の魔法”と“時間の流れ”を融合させる試みだった。
彼は頭の中で無数の魔法を組み合わせ、ありえない構造を構築していく。
通常、肉体を過去の状態へ戻す魔法は存在する。
それは癒しと再生のための高度な術だ。
だがアンドレイは、それをさらに超えた。
複数の魔法を同時に融合させることで――
“過去を見る魔法”を生み出したのだ。
彼の意識はまるで幽霊のように、時間の逆流する世界へと沈んでいく。
世界が巻き戻る。
木々は元の形へ戻り、足跡は消え、風は逆方向へ流れ始める。
しかし彼は干渉できない。
ただ“観測する者”として存在しているだけだった。
そして時間は、ひとつの瞬間へと到達する。
――死の瞬間。
アンドレイはその出来事を“現在”として再び目撃した。
四人の冒険者が必死に逃げていた。
背後には怒り狂ったミュータントの群れ。
岩場に響く悲鳴。
「ヴェルン! もっと早く!」
中央の少女が叫ぶ。
しかし彼の足は傷つき、動きは鈍い。
死がすぐ背後まで迫っていた。
仲間のひとり――高身長の男が決断する。
彼はアンドレイの見ている前で、アレを振り下ろした。
アルバレストの一撃が、ヴェルンを貫いた。
彼は最後の息を吐き、その場に崩れ落ちる。
「行くぞ!」
誰かが叫ぶ。
「置いていくしかない!」
少女の声が震える。
「でも……!」
「今は逃げるしかない!」
彼らは走り去った。
仲間を置き去りにして。
アンドレイはその一部始終を“観測者”として見ていた。
恐怖、焦り、絶望――すべてが生々しく流れ込んでくる。
そして静かに現実へ戻る。
彼はヴェルンの墓の前に立っていた。
インベントリから簡素な道具を取り出す。
そして墓石に刻む。
名前、死亡日時。
そして――一文。
「その勇気が永遠に記憶されることを願う」
さらに彼は、もう一行を刻んだ。
それは“責任”だった。
ヴェルンを貫いた者。
彼を見捨てて逃げた者。
そして救えなかった者たち。
すべての名前を、正確に刻み込む。
まるで世界に“記録”として固定するかのように。




