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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第42話 九州奪還作戦、前哨戦

山口に向かう新幹線の車内は、妙に静かだった。


俺は窓際の席に腰を下ろし、流れていく冬の景色をぼんやり眺めながら、指先で紙コップのコーヒーを転がしていた。車内アナウンスとレールの継ぎ目を踏む音だけが、規則正しく耳に入ってくる。


――九州地方奪還作戦の、事前会議。


言葉にすれば簡単だが、その中身は日本どころか世界の命運を左右しかねない話だ。まさか、自分がその場に呼ばれる側になるとは、数年前の俺は想像もしていなかっただろう。


「……緊張、してますか。店主」


通路側に座る刹那が、前を向いたまま小さく問いかけてきた。黒髪を一つに束ね、いつもの探索装備ではなく、動きやすさ重視の私服姿。それでも、背筋の伸びた姿勢は戦場に立つ時と何一つ変わらない。


「別に。腹くくる場面は、もう何度も通ってきた」


そう答えると、刹那はわずかに口元を緩めた。


「そうですね。店主は……そういう方でした」


照れたようにも、どこか誇らしげにも聞こえる声だった。


実際、今回の件については、俺自身が望んで同行を申し出た。探索者ギルドから連絡を受けた時、最初は「後方支援の調整役として名前を挙げたい」という、曖昧な打診だった。


だから俺は、はっきり言った。


――現地に行く。会議にも出る。必要なら、作戦行動にも同行する。


一瞬、通信の向こうが沈黙したのを覚えている。料理人が、非戦闘員が、前線級の作戦に口を出す。その違和感は、理解できなくもない。


だが結果として、探索者ギルドは俺を正式なバックアップメンバーとして認めた。


戦闘員ではない。だが、補給・調整・緊急対応――いわば「戦力を最大化するための切り札」として、名簿に俺の名前が載った。


料理人として生きると決めた俺が、料理人のまま戦場に関わる。その形を、ギルドが受け入れたという事実は、少しだけ胸に来るものがあった。


「……理央は、もう動いてるんだよな」


独り言のように呟くと、刹那が小さく頷く。


「はい。西園寺グループの本隊に合流済みだと連絡がありました。物資管理、会計、契約関係……すでに現地調整に入っているそうです」


あいつらしい。探索者になれなかった過去を抱えたまま、それでも前線に食らいつくように、できることを全部やっている。


「店長として、誇らしい部下だな」


「……ええ。本当に」


刹那の声には、はっきりとした実感がこもっていた。


西園寺グループが動き出したということは、今回の作戦が単なる「討伐」では終わらないという証拠だ。奪還後の補給線、装備供給、長期的な維持運用――すべてを見据えた、本気の戦争。


その最初の顔合わせが、山口県の役所で行われる。


軍事施設でも、ギルド本部でもない。地方都市の行政庁舎。そこが選ばれた理由は単純で、九州に最も近く、かつ「戦場ではない場所」だからだ。


「会議、面倒な連中ばっかり集まりそうだな」


「ええ。でも……今回は、逃げ場がありません」


刹那の言葉に、俺は小さく鼻で笑った。


「逃げる気もないさ。飯作るだけの男にできることが、どこまで通用するか……見せてやる」


新幹線が減速し、次の停車駅を告げるアナウンスが流れる。


窓の外には、見慣れない街並みが広がり始めていた。


ここから先は、もう日常じゃない。


九州奪還作戦。その歯車に、俺たちは確実に組み込まれた。


そして――この会議を境に、物語は一段、深い場所へ踏み込んでいく。



――――――


山口県庁舎の会議室は、無機質という言葉がよく似合っていた。


長机がコの字型に並べられ、壁際には簡易モニターと地図パネル。空調の低い唸り音と、靴音だけがやけに響く。窓はあるが、ブラインドは半分閉められ、外の光は意図的に遮られていた。


――ここは戦場ではない。だが、戦争の始点だ。


俺と刹那は指定された席に並んで座っている。周囲を見渡せば、探索者、元探索者、自衛官、技術者、物流担当、医療班。肩書きも立場も違う連中が、一つのテーブルに集められていた。


正面、最奥の席には、背筋を鋼のように伸ばした男がいる。


自衛隊元帥。


現場に出る人間ではない。だが、この作戦における「最終責任者」だ。その隣に控えるのが、会議を進行するらしい准将クラスの将校。年齢は四十代半ば、切れ長の目が印象的な男だった。


「――それでは、時間になりましたので始めます」


准将が立ち上がり、淡々と告げる。


「本日は、九州地方奪還作戦に向けた第一次統合作戦会議です。ここに集まっていただいた皆様には、現地突入、後方支援、指揮・調整の各役割を担っていただくことになります」


一瞬、室内の空気が張り詰めた。


「まずは互いの立場と能力を共有するため、自己紹介から始めます。形式ばらず、簡潔にお願いします」


そう言って、視線を右手側へ向けた。


「では、探索者ギルド代表から」


立ち上がったのは、スーツ姿の中年男性だった。だが、その背には歴戦の探索者特有の緊張感がある。


「探索者ギルド日本支部・作戦調整局の三浦です。今回はギルドとして、各国探索者の取りまとめ、スキル干渉の調整、現地での緊急判断を担当します」


続いて、刹那が名指しされる。


彼女は静かに立ち上がり、全員を一度見渡してから口を開いた。


「鷹宮刹那です。Sランク探索者。主戦力として前線に出ます。得意分野は自己強化と近接戦闘。深層単独行動の経験あり。今回も、前線維持と高脅威個体の排除を担当します」


簡潔だが、余計な言葉は一切ない。その一言一言が、これまで積み上げてきた実績そのものだった。


室内の視線が、一斉に次へ移る。


「……次、大崎悠斗」


准将に呼ばれ、俺は椅子から立ち上がった。


視線が集まる。探索者でも、軍人でもない立場。ここでは少数派だ。


「大崎悠斗。元探索者で、現在は民間の料理人だ。探索者ギルドからはバックアップメンバーとして参加している」


一瞬、ざわりとした空気が走るのを感じる。


「覚醒スキル《かくりよの手》を保有。ダンジョン食材を使ったバフ料理による回復、能力補助、状態異常の調整ができる。前線には立たないが、後方支援と緊急対応を担当する」


それだけ言って、座った。


説明は十分だ。これ以上飾る気はない。


次に立ち上がったのは、自衛隊の制服を着た女性だった。


「早乙女澪、一等陸佐。自衛隊所属の探索者です。中部地方防衛線での実績を評価され、今回は狙撃支援と対スタンピート制圧を担当します」


弓使い――というより、もはや戦略兵器だな、と内心で思う。


さらに続く。


「氷室龍也だ。北海道方面の深層制圧を担当してきた。氷魔法主体だが、環境制圧と広域足止めが専門だ。今回は前線の安定化に回る」


低く、落ち着いた声。無駄がない。


「久遠寺恒一。クラン《千里眼》のマスターです。念話による全域通信、探査魔法、後方からの指揮支援を行います。現地では“目”と“耳”を担当します」


後方支援席からは、物流担当、医療班、技術者が次々と名乗りを上げる。


西園寺グループ代表代理の名も挙がり、物資供給と装備更新の責任を担うことが明言された。理央の顔が脳裏をよぎる。あいつは、もうこの作戦の裏側を走り回っているはずだ。


一通りの自己紹介が終わり、准将は小さく頷いた。


「――以上で、主要参加者の確認は完了です」


最後に、誰もが無意識に視線を向けた先。


自衛隊元帥は、まだ一言も発していない。ただ、重い沈黙の中で全員を見渡し、その存在だけで場を支配していた。


「次は――」


准将が続けようとした、その時だった。


「作戦概要に入る前に、確認しておくことがある」


元帥が、初めて口を開いた。


低く、しかし確実に届く声だった。


「――君たちは、これが“奪還”であることを理解しているか?」


その一言で、会議室の空気が、はっきりと変わった。


ここからが、本番だ。


元帥の言葉に、誰もすぐには答えなかった。


奪還――取り戻す、という言葉は簡単だ。だがその裏には、すでに失われたものがあり、犠牲になった人間がいて、そして“敵が根を張っている”という現実がある。


沈黙を破ったのは、進行役の准将だった。


「……失礼しました。では、作戦概要の前提条件を整理します」


彼は手元のタブレットを操作し、壁面モニターに地図を映し出した。


九州全域。赤黒く塗り潰された領域が、視覚的な圧力となって迫ってくる。


「現在、九州地方は第十八区画を中心に連鎖的なスタンピートが発生し、ダンジョン由来モンスターによる生態系の上書きが進行しています。既存の防衛線はすべて崩壊。人的被害は……」


一瞬、准将の言葉が詰まる。


「――確定数のみで、五桁に迫っています」


会議室に、重い息が落ちた。


俺は、無意識に拳を握っていた。ニュースで数字は知っていた。だが、こうして“公式の場”で突きつけられると、胃の奥がひっくり返る感覚がある。


「よって本作戦は、防衛でも制圧でもありません」


准将は言い切った。


「人類側が一度失った土地を、武力と継戦能力によって取り戻す奪還作戦です」


その言葉に呼応するように、元帥が静かに頷いた。


「各位の自己紹介で確認できた通り、今回集められたのは“最強”ではない」


元帥の視線が、ゆっくりと全員をなぞる。


「生き残るための能力を持つ者、他者を生かす能力を持つ者、そしてそれらを繋ぐ者だ」


そこで、元帥の視線が一瞬だけ――俺に向いた。


「大崎悠斗」


名を呼ばれ、背筋が自然と伸びる。


「君は探索者ではない。だが、この会議にいる誰よりも“人を生かしてきた”」


場の空気が、わずかにざわついた。


「料理で、だ」


元帥は淡々と続ける。


「君のスキルは、これまでの戦争の常識を逸脱している。回復、補助、精神安定、さらには中毒治療……兵站の価値を根本から変えかねない」


准将が言葉を継ぐ。


「そのため、本作戦において大崎氏は特別後方支援要員として扱います。現地展開時は、戦闘班の直後――安全圏と前線の境界に配置予定です」


なるほど。前に出す気はないが、遠ざける気もない、か。


「なお、同様に後方支援には――」


画面が切り替わり、いくつかの役割が表示される。


・医療班:ポーション・応急処置・負傷者後送

・物流班:西園寺グループ主導による装備・食料補給

・情報班:久遠寺恒一を中心とした探査・通信網

・戦闘班:刹那、氷室、早乙女を主軸とする即応部隊


「そして、これら全体を統合指揮するのが――」


准将は一歩下がり、元帥に場を譲った。


「私だ」


短い言葉だったが、それだけで十分だった。


「私は勝つためにこの作戦を立ち上げた。英雄譚を作るつもりはない」


元帥の声には、感情の揺れがほとんどない。


「生き残れる可能性を一パーセントでも上げられるなら、私は何でも使う。探索者の力も、企業の資本も――そして、料理人の鍋もだ」


その瞬間、会議室の視線が、はっきりと俺に集まった。


逃げ場はない。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「……上等だ」


俺は小さく呟く。


刹那が、隣でほんの少しだけ頷いたのが見えた。


「では次に」


准将が息を整える。


「第一段階――橋頭堡確保作戦について説明します」


モニターに、九州北部沿岸部が拡大表示された。


ここからだ。


九州奪還作戦は、いよいよ具体的な形を取り始めた。


准将はモニターを切り替え、九州全域の地図をさらに拡大した。


赤く塗り潰された領域の中央――宮崎・鹿児島・熊本、その県境付近に、ひときわ濃いマークが浮かび上がる。


「まず、前提条件の確認です」


准将の声は淡々としているが、その内容は重い。


「第十八区画ダンジョンは、現在確認されている限り、宮崎・鹿児島・熊本の県境付近に存在しています。今回の大規模スタンピートは、ここを起点として九州全域に拡散しました」


モニター上で、矢印が四方へ伸びていく。


「ただし――」


准将は一度言葉を区切った。


「今回確認されたモンスター群には、飛行能力を持つ個体、ならびに海洋遊泳能力を持つ個体は存在しません」


会議室の空気が、わずかに緩む。


「つまり、敵は地上を移動するしかない。これは、人類側にとって明確な利点です」


准将は画面を操作し、九州北部沿岸に青い円を表示した。


「以上を踏まえ、本作戦は以下の段階に分けて実行されます」


ここからが、本題だ。


「第一段階:九州北部沿岸への上陸、および橋頭堡の確保」


画面には、複数の港湾都市と想定上陸地点が示される。


「上陸地点は、モンスター密度が比較的低く、かつ補給路を確保しやすい北部沿岸部。海上からの直接侵入は確認されていないため、艦艇および輸送船団を用いた大規模展開が可能です」


「刹那、氷室、早乙女を中心とした即応部隊が、先行して制圧にあたる」


刹那が静かに頷いた。


「第二段階:前線基地の建設および維持」


港湾部を起点に、内陸へと矢印が伸びる。


「確保した橋頭堡に、簡易ダンジョン対策型前線基地を建設。医療、補給、通信、後方支援の拠点とします」


ここで、准将の視線が一瞬だけ俺に向いた。


「この段階から、大崎氏のバフ料理を含む特殊補給体系を本格運用します。長期戦を前提とした兵站の安定化が目的です」


……飯が、戦争を支える。悪くない。


「第三段階:九州全域に散らばったモンスターの掃討、および生存者救助」


地図上の赤い領域が、少しずつ青へと塗り替えられていく。


「前線基地を拠点に制圧範囲を段階的に拡大。モンスターの討伐を行いながら、同時に生存者の捜索・救助を継続します」


「この段階は、最も時間がかかり、最も消耗します」


准将は、はっきりとそう言った。


「よって、戦闘班と後方支援班の連携が、作戦全体の成否を左右します」


そして、画面は再び中央へ。


第十八区画ダンジョンが、強調表示される。


「第四段階:第十八区画ダンジョンの封鎖」


会議室の空気が、再び張り詰めた。


「ダンジョン周辺を完全制圧し、封鎖ラインを構築。これにより、新たなスタンピートの発生を物理的に遮断します」


「ここまで達成できれば、九州全域への拡散は止まります」


だが、それで終わりではない。


「最終段階:ダンジョン内部への精鋭部隊投入」


准将は、言葉を選ぶように続けた。


「スタンピートの根本原因は、ダンジョン内部に存在する異常個体、あるいは環境変異の中枢と推定されています」


画面に、「原因不明」「未確認高脅威個体」という文字が浮かぶ。


「封鎖完了後、刹那を含む精鋭探索者部隊をダンジョン内部へ送り込み、原因となった個体を排除。これをもって、作戦の完了とします」


説明が終わり、准将は一度息をついた。


会議室は静まり返っている。


――奪還。

――封じ込め。

――そして、根絶。


どれも簡単な言葉だが、その裏にある犠牲と覚悟は、全員が理解していた。


元帥が、ゆっくりと立ち上がる。


「以上が、九州地方奪還作戦の全体像だ」


その視線が、参加者一人ひとりを射抜く。


「これは短期決戦ではない。だが、無限に時間をかけることもできない」


元帥は、最後にこう締めくくった。


「――生き残りたい者は、力を出せ。生かしたい者は、知恵を出せ」


そして、低く言った。


「次は、この作戦に対する各自の懸念点と想定リスクを洗い出す」


会議は、さらに深い領域へ踏み込んでいく。


准将の一声で、会議室の空気が切り替わった。


「ではここから、各自の立場で想定されるリスクと懸念点を挙げてください。些細なことでも構いません。現場での“想定外”を減らすことが目的です」


真っ先に手を挙げたのは、久遠寺恒一だった。


「情報面から発言します」


柔らかな物腰とは裏腹に、その声ははっきりしている。


「九州全域は、現在も瘴気濃度が不安定です。通常の探査魔法は通りますが、ダンジョンに近づくにつれてノイズが増大する可能性が高い。特に第十八区画周辺では、念話の多重接続が途切れるリスクがあります」


准将が即座に確認を入れる。


「代替手段は?」


「中継点を多層化します。前線基地ごとに“念話ハブ”を設置し、完全遮断を避ける。ただし――」


久遠寺は一度言葉を切った。


「それでも、内部突入部隊は孤立する前提で動く必要があります」


誰も異論を挟まなかった。むしろ、それが当然だという顔だ。


次に口を開いたのは、氷室龍也だった。


「戦闘面の話をする」


低い声が会議室に落ちる。


「今回のスタンピートで飛行・水棲個体が確認されていないのは朗報だ。だが逆に言えば、地上特化で最適化された個体が出てくる可能性が高い」


モニターに映る地形を睨みながら続ける。


「森林、山岳、市街地……九州は地形が多様だ。環境適応型のモンスターが増えれば、制圧速度は確実に落ちる」


「対応策は?」


准将の問いに、氷室は即答した。


「無理に進まない。凍結、地形破壊で“動かさない”。前線を押すより、線を固める意識が必要だ」


次に、早乙女澪が手を挙げる。


「狙撃・防衛面から」


背筋を伸ばしたまま、淡々と述べる。


「長距離からの排除は可能ですが、視界不良が最大の敵になります。瘴気、煙、夜間――そのどれか一つでも重なると、狙撃効率は大きく落ちる」


「つまり?」


「無理に私を主火力にしないでください。狙撃は“刺さる時に刺す”。それ以外は前線との連携を重視すべきです」


その判断は、経験に裏打ちされていた。


ここで、物流担当の男性が口を開く。


「物資面での懸念を」


「西園寺グループを中心に補給線は構築しますが、九州内陸部への進出が進むほど、輸送効率は低下します。特に――」


一瞬、視線が俺に向いた。


「生鮮のダンジョン食材については、現地調達が前提になるでしょう」


俺は軽く頷いた。


「それは問題ない。刹那がいる」


刹那は、当然のように受け取る。


「はい。食材確保は私が担当します。前線で使える分は、必ず持ち帰ります」


この二人のやり取りに、会議室の何人かが小さく息を吐いた。役割分担が、はっきりしている。


最後に、准将の視線が俺に向けられた。


「大崎氏。後方支援としての懸念点は?」


俺は一拍置いてから、口を開く。


「……長期戦だ」


全員が、こちらを見る。


「バフ料理は万能じゃない。効果が強いほど、消耗もでかい。精神的にもな」


少しだけ、言葉を選んだ。


「前線が押され続ければ、“飯を食う余裕”すらなくなる。そうなれば、俺の役割は半分死ぬ」


准将が頷く。


「つまり?」


「無理をしない前線運用が必要だ。勝つためじゃなく、続けるためのペース配分。それを守れないなら、奪還は失敗する」


元帥が、静かに口を開いた。


「……理解している」


その一言で、十分だった。


「だからこそ、君をここに呼んだ。大崎悠斗」


元帥は言う。


「この作戦で最も重要なのは、“まだ戦える”状態を維持することだ。勝利条件は、敵の全滅ではない」


視線が、再び全体に向けられる。


「人類が九州に戻れること。それだけだ」


会議室に、重い沈黙が落ちた。


だがそれは、先ほどまでとは違う。


恐怖ではなく、覚悟の沈黙だった。


准将が深く息を吸い、言った。


「――以上をもって、第一次作戦会議を終了します」


「各部隊は、ここで出た懸念点を反映した詳細計画を作成。次回会議で詰めます」


椅子が引かれ、人が立ち上がる音が重なる。


俺は席を立ちながら、隣の刹那を一瞥した。


「いよいよだな」


「はい、店主」


刹那は、はっきりと頷いた。


「ここからが、本当の仕事です」


その言葉通りだった。


この会議は、始まりにすぎない。

九州奪還という名の、長く重い戦いが――静かに動き出していた。

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