(8)宿にて
外の人や馬車の数で予想は出来ていたが、宿の中に入っても相当な人がいる事に眉を顰めているヨシエとポフル。
二人共にヘルナンド公爵領地内部限定ではあるが、その立場を利用して好き勝手にしており、下々の民と同様に黙って列に並ぶなどと言う事ができる訳もない。
宿の職員に直接話すか、それとも列を無視して対応している職員の方に向かうかを考えていた所で、最も欲していた食事の話が聞こえてくる。
「おいおい、昨日の晩飯は凄かったぞ!聞いたか?なんでもランドフィッシュが入荷されるようになったんだと!そいつの初入荷を祝って気合の入った飯になったらしいんだ!」
「うるせっ!クッソ~!なんで一人分しか予約できなかったんだよ!」
どうやら二人でこの宿に泊まりに来たらしいのだが一人しか宿泊できずに残りの一人はあぶれ、二泊目の今日は一泊目に野営をしていた側の人物が入れ替わりで宿泊する様だ。
「だがよ?今日の晩飯に何が出るかはわからねーだろ?明日の朝、自慢してやっからお前は野宿してろ!」
この話を聞いて余計にお腹が空いてきたヨシエは、二人の会話の中で出てきたランドフィッシュの情報について思い出していた。
自分と同じ召喚者がいるミルソ公爵領の村にある川で得る事が出来る魔獣であり、非常に手に入れるのが難しく全く市場に出てこなかったのだが、とある時期から……その村の領有権がミルソ公爵からコステル伯爵に移行した辺りから市場で時折見かける事が出来る食材だ。
ヨシエも試食レベルで口にした事があったのだが、その美味しさにやられた事があるので情報を仕入れており、流通経路も村からの出荷は全量がソルバルトと言うコステル伯爵領に住む行商人を通してのみ行われると言う事まで知っている。
実際には水神アクアの加護の範囲に入っていた村で獲れるランドフィッシュの事を知ったアクアが、自分が解放された事を知らせると共に世間話の中で情報を炎神ファントに共有した事から交易を行う事になり、炎神ファントを通して長い時間をかけて漸く植神エリアスに事情を説明する事に成功した結果、アドビのいる集落とランドフィッシュのいるステールの村で行商人ソルバルトを介して取引が行われる事になった。
素材レベルで非常に美味しく、更には有名なアドビの調理となれば絶品である事は間違いなく、どうしてもその食事を食べたいと意気込むヨシエは最も近い列の先頭に移動して対応中の人を押しのけるように強引に割り込む。
「ちょっと、あたしはヘルナンド公爵の者だけどさぁ~、この宿の食事ってアドビが作っているんでしょ?それにランドフィッシュを出せるようになったんだって?ちょーうける。で、何食分でも良いから直ぐに準備して……」
「おい、ヘルナンドの娘。今は私が対応してもらっていたのだぞ?」
まさか公爵家の者と言った上で反撃されるわけがないと思っていたヨシエは、不機嫌さを隠さずに振り向く。
「何?ちょ~うけるんですけど。しゃしゃり出ないでくれる?」
ポフルは突然ヨシエが動いてしまったので一歩引いた位置でこのやり取りを見ているのだが、ヨシエに対して言い返して見せた男の服装が良い事からどう見ても貴族であると判断し、余計な巻き添えを食わないようにそっと距離を取っている。
「しゃしゃり出てきたのはお前だろうが。どこをどうすればそのような横柄な態度が取れるのだ?噂によれば、国王陛下の怒りを買って爵位継承権を失ったらしいが、その態度ならさもありなんと言う所だな」
「はっ?チョーうける。余計なお世話だし!」
ヨシエにしてみれば爵位継承はどうでも良く、贅沢な生活が保障されていれば寧ろ余計な仕事をしなくて済むし自由な行動ができると、他の三人と共に喜んでいたほどだ。
「あの、ヨシエさんですね?今はコステル様の対応をさせて頂いておりますので、御用があるのであれば列に並んでいただけますか?」
このロビーにも帝国アグニの騎士がいる……と言うよりも、そもそもこの宿の一部は騎士の長期滞在用の宿にもなっているので、宿周辺にはアドビの食事を特別報酬として受け取ってやる気に満ち溢れている騎士で溢れかえっており、この騒ぎをしっかりと把握した騎士が厳しい視線で近づいてくる。
いくら召喚者で力が有るとは言え自分が持っている力は回復魔法だけであり、身体強化を使えるほどに鍛えているわけでもないヨシエは、今までは公爵家と言う立場で守られていた事もあって初めて直接的な敵意を目の当たりにして急に大人しくなり、黙って受付から離れて行く。
ヨシエの耳には、再び受付と話を始めているコステルと名乗った男の声が聞こえる。
「全く、アレが公爵家の者とは恐れ入る」
「ご迷惑をおかけしました、コステル伯爵。ですが、伯爵の領地であるあの村から出荷されているランドフィッシュは、アドビさんの手によって調理されておりますので期待以上なのは間違いありません」
「フフフ、そう言ってもらえるとソルバルトも行商人として大きく市場を変えたと喜べるだろうし、ステールもより漁に励むだろう」
まるで自分の領地でランドフィッシュが獲れると言っている……と、ここで漸くこのコステルと言う男が伯爵である事に思い至ったヨシエ。
慌てて振り向くと、確かに服装は貴族らしく気品に満ちていた。
「ちょーうける。なんで伯爵が民に交じって列に並んでいるのよ!最悪じゃん!」
まさか自分よりは爵位は低いが、中位貴族とも言える伯爵が普通に列に並んでいるとは思えなかったヨシエは、ランドフィッシュを出荷している村の領主に目をつけられてしまった事に怒りを隠せない。
相当楽しみにしていた食事、自分の領内で食べる食事は日に日に質素になっているので恥を忍んでこの場まで来たのに、何も口にする事が出来ないばかりか最悪は二度とランドフィッシュを食べる事が出来ない状況に陥ってしまったのだ。
ヘルナンドの待つ屋敷に戻ると、報告はポフルに任せて自分は部屋でふてくされていた。




