皇妃たちの収穫祭 ―当日編
2022年ハロウィンに公開した話を修正し、長かったので「準備編」と「当日編」に分けました。
「テオ……何だこれは?」
収穫祭当日、皇妃たちに連名でサロンに招かれたカダルは驚きで目を見開き、付き従うテオに責める視線を向けた。
「吃驚ですよね……私もまさかこのような光景を目にするとは」
「……白々しい」
カダルの言葉は正しい。
後宮管理人であるテオは後宮に出入りする荷物を全て確認しており、カサンドラの商会が納めた4人分のドレス(この場合は衣装)の箱の中身も確認している。
「俺にどうしろと言うのだ」
いまカダルの目の前には黒い布を被った人物が4人いた。人が被っているので「人」と言ったが、頭の先からすっぽり布で覆われているので「物体」と言っても良い。
「手紙を預かっております」
そう言ってカダルに手紙を差し出すテオは『私も被害者です』という態度だが、笑っているし、『リディアはどーこだ(1)』と書かれた手紙を堂々と差し出せる時点で共犯である。
「(1)ということは未だあるのだろう、他のも出せ……全部だ」
『リディアはどーこだ(1)』と書かれた封筒にテオが手を重ねたと思うと、テオは片方の手をスッとすらし……そこには最初の1枚を含めて3枚の封筒。
「俺が皇妃たちに敵う日など一生来ないのだろうな」
「陛下、ファイトでございます」
肩を小刻みに震わせるテオに「笑うのを堪えながら応援されても嬉しくない」と不貞腐れた顔を向けたカダルは(1)の封筒を開く。
「この中に1人だけリディア様がいらっしゃいます……だろうな。それにリディアは1人に決まっているだろうが、馬鹿者。……他の3人は皇妃たちか?いや、答えは良い」
テオが皇妃たちの回し者だと思い出したカダルはテオに答えを求めるのをやめた。
「見事当てられたら陛下には♡甘いごほうび♡が待っていますわ……何だ、これは?いや、答えるな」
「ではルールを説明します」
「皮肉に気づけ……続けろ」
「はい。陛下にはこの中から1人を選んでいただき、布を取らずにそのままサロンの外に用意したテラスに向かって下さい。テラスはとってもロマンチックに飾り付け済み、整備した小道を通れば水の宮にそのまま行ける作りになっております。ちなみに今日は水曜日です」
「至れり尽くせりなのが……本気で怖いな」
ひょいっとカダルがテラスを除けば、2人掛けのソファで照明は小さなキャンドルの仄かな灯りだけ。実にロマンチックであるが……リディア以外を選んだら地獄、針のむしろの上に座ることと同じことになる。
「絶対に間違えられないデンジャラスなゲームを御用意しました」
***
4つの物体を前に悩むこと10分。
4人とも高位貴族の令嬢としての作法を身につけた人たち、10分程度ならば揺らぐことなくピシッと立ち続ける。焦れたのはカダルが先だった。
「どんな手を使っても良いのか?」
「何をなさるか分かりませんが……特に皇妃様たちからは制限されておりません。恐らく名前を呼んでも返事はしないでしょうし」
「……そこまで稚拙な手を使わない」
出来れば使いたくない手であるが、カダルとしても絶対に間違えるわけにはいかない。週1回の貴重な水曜日、それもロマンチックな空間で過ごせる貴重な機会なのだ。
「それじゃあ行くぞ……構えろ」
なぜ「構えろ」なのかとテオが首を傾げる間もなく、カダルの体から魔力が勢いよく吹き出る。体に襲いかかる膨大な魔力に、テオの本能が反応して自分から魔力が吹き出る。
そして自分でも制御できない魔力が最も得意な火の魔法となってカダルに襲い掛かると同時に、テオの後ろからも火・風・水・土の魔法が一斉にカダルに襲い掛かる。
「陛下!!」
ドッカーンと盛大な爆発音にテオの声はかき消され、自分が皇帝を攻撃した事実とカダルに襲い掛かった魔法の威力に顔を青くした。
「ふう……こんなに全力で防御魔法を展開したのは久しぶりだな」
もうもうと立つ煙の向こうから聞こえたのは飄々とした声、視界がはれると金色の光に覆われたカダルが笑いながら立っていた。テオの中で心配が一気に怒りに変換される。
「なぜこんな真似をしたのですか!!」
「どんな手を使ってもいいのだろう?お前も知っての通り、うちの皇妃たちは外見はさておき内面は実に好戦的だ。殺気……は無理だが、膨大な魔力を叩きつければ攻撃してくるだろうと思ったのさ。結果は案の定、魔力で威圧すると同時に攻撃とは怖い怖い」
そう言ってカダルは右から2番目の塊に近づき抱き上げる。不意のことに「きゃあ」と上がったリディアの悲鳴にカダルは満足気に笑う。
「俺の勝ちだな。このまま連れて行くが、この後サロンに料理と酒が届くから好きに過ごすと良い……気分がいいから隣国から仕入れた菓子も差し入れよう」
テラスに出たカダルは扉をしっかり閉めて、さらに結界魔法を応用してしっかり扉を固定する。二人のラブラブを見物しようかと思っていた3人の皇妃は敗北に溜息を吐く。
「魔力で威圧するなんて卑怯ですわ」
「何であれ先ず攻撃というお父様の教えが憎いですわ」
「うちも瀕死が理想的と言われていたので咄嗟に」
「お兄様は土壁を作るのが上手いのですが私は石礫派なんですの」
物騒な反省会をしながら届いた酒と料理に歓声を上げる皇妃たちを見ながら、テオは後宮管理人を辞すことを本気で悩んでいた。
***
「それが今回新しく買ったドレスなのか……確かに3人の好みが其処かしこにあって、リディアでは選ばないデザインだな。とても似合っているし、意外性に惚れ直した」
首まで覆うロング丈のドレスは慎ましやかなものを好むサシャの影響で、慎ましやかな前面とは対照的に大胆に露出された背中はきらきら輝く何かが付けられておりカサンドラの影響を感じた。フィーアの影響は袖のひらひらしたところである。
「他の女が着ても何とも思わないだろうが……リディアが着るとグッとそそられる」
他の女が聞いたら目を吊り上げそうなことを言いながら、普段は隠されている真っ白な背中に指を滑らせる。
「……陛下」
「惚れた女が美しく着飾ったら我慢できない……触れたくって仕方がない」
カダルの指が腰の辺りを意味深になぞり、耳元でささやかれた熱い言葉にリディアの頬が染まる。
「リディアも……少しは期待しくれたのか?俺は、少しは自惚れてもいいのか?」
カダルの質問にリディアは目を泳がせたが、こくりと喉を鳴らして、意を決したように首を縦に振る。そんなリディアの仕草に、カダルの胸には愛しさと嬉しさが同時に湧き上がる。
「勝負に勝ったのだから……褒美が欲しい」
「……陛下は酷い方ですわ。陛下にそんな風に振舞われたら……どうしていいのか分かりません」
リディアの言葉にカダルは優しく笑い、
「存分に悩むといい……俺がこんな風に振舞うのはリディアだけなのだから、こんな俺に悩むのはリディアただ一人だ」
「……そういうところがズルいのですわ」
不貞腐れたようにリディアは頬を膨らませたが、カダルがその頬に口付けると蕩けるような笑みを浮かべた。




