皇妃たちの収穫祭 ―準備編
小説家になろう公式企画「ハロウィン2022」向けの作品です。
「リディア様……確かにここはリディア様の暮らす水の宮です。陛下からもリディア様がここでつつがなく過ごせるよう、ここを出て行きたくないと言いたくなるほど好きに過ごさせるようにと厳命されております」
カダルは口だけの命令ではなく、水の宮の準備については惜しみなく私費を投じ、何か不足があれば追加でいくらでも払うとテオに言づけている。
「……空き部屋だから良いかなって」
「確かに水の宮にはたくさん空き部屋がございます。しかし……これは酷い、酷すぎます」
歴代の皇帝たちが皇妃のために誂えた豪奢な部屋だというのに……それを使うのが佳人ではなく野菜。後宮管理人のテオとしては頭痛がし過ぎて涙も出てくる事態だった。
「何のためにあんなに大きな保管庫を作ったのか」
後宮にリディアが作った畑は、最初より拡大したとはいえ20坪ほどの広さ。テオも畑の大きさから十分と思える大きさの保管庫を作ったが(カダルの私費)、実際に収穫期になってみると全く足りなかった。
「今年はとても豊作……豊作過ぎてたのよ。ほら、見て頂戴?甘藷なんてびっくりするほど立派なのが大量に採れたの」
「ええ、ええ……この異常な収穫量に平均の3倍はありそうな大きさ……リディア様、一体何をなさったのですか?」
テオの追求する視線からリディアはついっと視線を逸らし、
「今回は皆様の力をお借りしてみたの……でもいつもと同じよ?魔法で土壌を改良したり、肥料を作ってみたり……同じだったのだけれど」
「その“皆様”の中に陛下もいらっしゃるのでは?」
テオの更なる追及にリディアは肯定の溜息を吐いた。
「陛下にも土に聖魔法をかけていただいたの。ほら、聖魔法には異常改善や体力回復の効果があるでしょう?だから聖魔法で微生物を活性化できないかなって。その結果がこれ、病気になりやすい土地には聖魔法をかけると良いと思うの」
「国の主たる皇帝を農村地帯に派遣すると国政が滞りますので、その案は諦めてくださいませ」
王城魔道士に聖魔法使いはいないのか?と訊ねるリディアに、「いても彼らは皇族、傍系であったとしても列記とした皇族の一員です」とテオはリディアの不敬を諫めた。
「リディア様、聖魔法が使える者はとても希少なのですよ?」
「分かっているわ、彼らが全員皇族の血を継ぐことも……だからこその聖魔法使いなのよ?」
リディアの言葉にテオは首を傾げた。
「畑の改良に有効な魔法が水魔法だったら私はその結果を隠したわ。公になったら水魔法狙いの誘拐や、最悪の場合は人身売買ってこともあり得るわ……北の隣国はそういうことしそうだし。でも聖魔法使いに庶子は一人もないのだから全員の所在ははっきりしているし、皇族も多くてそこそこの地位にいらっしゃるからある程度安全も保障されているでしょ?」
でも……と言い募るテオにリディアはにっこり笑う。
「聖魔法だからって特別扱いする必要は無いでしょ?水、火、風、土、それぞれ魔法を使って国を豊かにするのに協力しているわ。聖魔法だって同じよ?いえ、皇族なのだから他以上に国の発展に寄与しなきゃ。特に陛下の魔力は初代皇帝に匹敵するほど、出し惜しみするのは勿体ないわ」
リディアの言い分には一理あるし、国を発展させ続けようとするのは皇后になる者として望ましいため、テオはそれ以上は諫めないことにした。
「陛下もそうやって説得されたのですね」
「陛下自身は快く受けて下さったわよ?侍従長の方が日程を調整するのに文句を言っていたくらい」
唯一の寵妃であり、国中が皇后にと望むリディアのお願い……「あの皇帝に断れるわけがない」とテオは苦笑いをした。
「陛下が協力的なのにはサウザンド公爵のこともありますわ。あの土地は砂地が多くて農作物の生産には少々不向きですから」
「サウザンド公爵様も聖魔法の使い手ですし、この甘藷は砂地で育てていましたものね。あの方ならば上手に有効利用なさるでしょう」
無邪気に成果を喜びながら国の安寧にも寄与する。そんなリディアを皇妃に迎えて仕えることを誇りに思いながら、とりあえず目先の問題である《野菜の消費》に集中することにした。
「何か一気に野菜を放出する機会があれば良いのですが……この甘藷1本を消費するのに胃袋がいくつ必要になるのか」
「あら、それでしたら陛下の御名で『収穫祭』を催したらいかが?北の領地では毎年やっておりますのよ?」
一緒にサロンで話を聞いていた皇妃のうち、土の皇妃のサシャが『収穫祭』と銘打って大量にできた野菜を一気に消費することを提案する。
「全ての民に配布するには量が少ないわね……それなら王都内の店に安価で卸して、料理や菓子にして格安で振舞わせるのは如何かしら」
「それなら他の領地も参加しやすいですね。土の領地では栗の収穫時期ですし、菓子やパンの材料として割安で提供させて頂きますわ」
流石言い出しっぺ。サシャは自分の利を得るのを忘れなかった。
「風の領地では名物の葡萄酒が解禁される時期……未だ若いので少し物足りなさもありますが、さっぱりしているので女性に飲みやすいと評判ですの。後宮からといって振舞いませんか?輸送なら私の得意分野ですし」
「お酒なら水の領地でも米を使ったお酒が出来る時期です。フィーア様、うちから王都までの輸送も依頼できますか?」
彼女たちは皇妃であるが、実業家でもある。1つの提案に対して10も20も意見が出て、さらにそこかしこで金の落ちる幻聴が聴こえるところにテオは素晴らしさと力強さを感じていたが……
「皆様、後宮の妃たちが外に出て民に混じって祭りに参加することはできませんよ?宜しいのですか?……全く他人が楽しむのを傍で大人しく見ている性格ではございませんでしょうに」
4人の顔に一様に浮かんだ「私たち皇妃だったの忘れていた」という表情にテオはため息が出た。特にそれがリディアの顔に浮かんだのが目に入ったときは、テオはカダルに全力で同情してしまった。
「それでしたら私たちは仮装をして、サロンで宴を楽しむのはいかがかしら?火の領地では丁度この時期、子どもも大人も仮装して楽しみますの。火の一門に恨みをもつ悪霊を脅かして追い払うために始めた儀式なのですが、いつの間にか仮装を楽しむ祭りになっていました。」
他の領地にも「恨みを持つ悪霊」が勃発するらしく、それぞれの地方に伝わる怪談に花を咲かせ始めた皇妃たちにテオは呆れた。
「風の領地は冬によく出ますわ。悪霊も風魔法の使い手が多いですからね、空気が乾燥している冬は風の威力が強くなるので……4年ほど前は風の先々代侯爵の霊で、魔力も強かったから一族総出で魔法合戦しながら除霊しましたわ」
「水の領地は逆に夏に出ますわ。川や池で水遊びとかしていると悪霊に水の中に引きずり込まれてしまうことが多くて……雷を起こす魔道具を使って一度水の中を浄化してから泳ぐように通達しているのですがなかなか……」
楽しく話すフィーアとリディアを見ながらテオは自分が王都出身の庶民であることを後宮管理人であることを感謝した。
「王都に幽霊は出ませんの?」
「王都には恨みつらみ系の幽霊がよく出るようですが、王城には皇帝の結界があるので幽霊は出ませんよ?聖魔法の結界は『人間に害意がある人間じゃないもの』を排除するので幽霊もそれに該当するといのが一般的な見解です」
テオの言葉にカサンドラは納得したがどこか残念そうで、
「恨みつらみ系なら後宮で出そうですけれど……陛下に結界を解除してもらってみます?」
「面白そうですわね。万が一のところは陛下の寝所に行くように言えば大丈夫でしょうし」
皇帝陛下を幽霊浄化の魔道具扱いしている皇妃たち。
「皇帝に幽霊を差し向けるのは……流石に不敬では?」
「あら……ではお守り代わりにうちで使っている雷を起こす魔道具を携帯して頂きましょうか」
幽霊を呼び込むことは諦めず、呼び込んだ幽霊への対処法を出すリディアにテオはため息を吐いたが、他の皇妃たちは違う所に食いついた。
「幽霊に雷が効くというのは初めて聞きましたが、どうしてご存知でしたの?」
「偶然ですわ。私の祖父がシイタケの栽培を研究中に開発した魔道具で、幽霊が出たとき慌てて起動させたら除霊できたので、それ以来うちでは水場に行くときその魔道具(量産品)を持って行っていますの」
シイタケの栽培と雷の関係がテオには分からなかったが、魔道具話は続く。
「その魔道具を棒状に加工できれば警備員として派遣されてる者の安全性が高まりますわ……リディア様、ぜひ一緒に開発を」
「私も協力したいわ。馬車に常備して、御者にも持たせれば盗賊対策になりますもの」
棒状に加工された雷発生機が王城の警備兵の装備品としても採用されるのは近い未来の話。
***
「これが収穫祭の計画書(草案)と見積書たち……俺の会計士宛ての見積書の項目にあるドレスが4人分なのはなぜだ?4人分ならば後宮管理費から出るだろうに……カサンドラか」
「ご名答です……そして、『絶対に損はさせない』というのがカサンドラ様から陛下への伝言でございます」
カサンドラの言葉に「楽しみ6割、不安4割」と呟くカダルにテオは深く同意した。
「まあ、良い。他の3人分も出せばリディアも気兼ねなくドレスを選べるだろう。3人の着せ替え人形となる可能性が高いが……それも良い経験になるだろう」
カダルの皇妃たちの仲の良さは、南の隣国に同じ機能のハレムを持つ皇帝が見たら目玉が飛び出るほど奇妙なものに違いない。
「リディアは母を10代で亡くしたし、その母も侯爵の仕事と王城のいざこざで忙しくしてたからな……女性たちと何かをした思い出は極端に少ないからな。ドレス代くらい安いものだ」
その言葉を後に後悔することになるのだが、未だそれを知らぬカダルは楽しそうに笑った。




