第11話 探検と後宮の真実
……暇ですわ。
何故か今日は庭(畑とも言います)に出ることを禁じられたので宮の中にいるのですが……やることがありません。
……不思議ですわね。やることがないと何故か「何かやらなければいけない」と思ってしまいます……貧乏性というやつなのでしょうか。
「サロンに行かれてみてはいかがですか?私も、所用をすませましたら伺う予定です」
テオが来るなら安心できますよね……サロンと言えば過去にレオノーラが最も暴行事件を起こした場所です。
……一番厚いコルセットを着けていきましょう、護身用です。
「リディア様、そんなご心配は必要ありませんが……」
「いえ、油断してはいけませんわ。テオも皇妃様たちは陛下の関心を買うのに熱心と言っていたもの……そうね、頭部への攻撃に備えて髪も高く結って頂戴」
「テオ様……表現が悪いです」
侍女たちの表情は……なぜ呆れるのかしら。
貴族令嬢を害したときの賠償金はとても高額ですのに。レオノーラの不始末に何度最新の農機具を諦めたものでしょう……
「扇で頬を叩かれたりすれば賠償金をとれるかしら」
「お止めください。リディア様がそんな目にあった瞬間に私どもが陛下に首を切られます。そもそもそんな心配は不要です。現在この後宮にいる皇妃様たちは穏やか……な方たちではないですが、そう言った心配は全くの杞憂です」
そうは言っても……備えあれば憂いなしと言うでしょう?
***
初めて行く場所に緊張するのは当然……そこに皇妃様のどなたかがいれば尚更です。ですから、サロンの扉からテオが出てきたときホッとしました。
「丁度良かった、他の皇妃様たちがぜひリディア様にもご参加いただきたいと仰っていまして。リディア様はそこにいるだけで全く構いません……まあ、参加されても皆様ある程度は手加減して下さるでしょうが」
後宮の管理人は皇妃による新顔の洗礼を推奨しているのかしら?
テオは抜け目ないけれど親切な人だと思っていたのに……見る目を変えるべきですわね。護衛騎士も「言葉選びが絶妙過ぎる」と言っていますし……暴行的なことに喜びを感じるサド気質なのでしょうか。
「お先にどうぞ、リディア様」
いえいえ、テオが先に……あ、押さないで下さいまし。手付きは優しいですが有無を言わさない絶妙さがサド……
「なにを……なさっていらっしゃるのですか?」
扉を開けた先は貴婦人の優雅なお茶会でも、髪を掴んで取っ組み合う風景でもなく……
「来期の後宮管理費の用途に関する話し合いです」
煌びやかなドレスを着た皇妃様たち(お話したことはありませんがお顔だけは遠くからチラリと)が机を挟んでにらみ合い、そんな皇妃様たちの後ろを赤、白、黒をそれぞれ基調とした使用人らしき方々が並んでいます。
「こっちの決済お願いします」
「今から外宮に行きますが、他に持っていく書類はございますか?」
「ありがとうございます、これをお願いします」
そこそこの厚みになった書類をもった黒いリボンの女官が外に出ていったと思ったら、入れ違いで入ってきた赤い服の女官の「訂正が必要な書類がございます」に嘆きの声が一斉に上がります。
なんだかとっても馴染みのある光景です。
「外宮と関わることも多いため、外宮に一番近いこのサロンでやっております」
「来期なら、私も参加すべきでは?……もしかして兵糧攻め?」
後宮の管理費が支給されないということは宮の支出を私が負担することになります。絶対に無理……ではありませんが、皇妃として義務を果たしている以上は予算を頂いてもいいはずです。
「これが新顔虐め……」
「……違います……もうそこから勘違いなさっておいでなのですね」
ため息を吐いたテオは向こうからこちらを見ている方々と私を見比べて「いくつになっても世話が焼ける」と言った後、
「まず後宮管理費のうち、内宮の予算から出た基本の分は4つの宮に均等に配られます。そしてもうひとつ、後宮で発生した売り上げ分をいまこうして何に使うか話し合っております」
後宮で発生した売り上げ……?
「こちらの3人もリディア様と同じように商会を立てて事業を行っています。そして外宮と内宮の仕事を優先的に商会に回す代わりに、その売り上げの2割を後宮の売り上げとしていただいております」
いわゆる優先権と場所代が売り上げの2割……結構世知辛いですわね。
「働かざる者、食うべからずですからね。皇妃様たちのおかげで内宮の老朽化が改善されたりしております」
「それでは私の宮にある温室も投資目的で……?」
「いいえ、あれは陛下からの贈り物です。公費ではなく、陛下の私費で作られました……リディア様の望む分はご自分が負担すると、リディア様が宮に入られる前に仰いました」
そんなあからさまな特別扱いを……他の皇妃様が良く思わないのではないでしょうか。
「リディア様、ここは陛下がリディア様を皇妃として迎えるためだけに用意された後宮なのです」
ここにいらっしゃる皇妃様たちは皇后になる気は一切なく、実家にいて結婚しろと煩く言われるのが嫌だからです。結婚願望が無いわけではなく、ここにいる間に下賜される男を選んでいらっしゃるそうです」
確かにここは国の中心なので、良い結婚相手を探されるのに良い場所ではありますが……皇妃という「人妻」の立場でよろしいのでしょうか。
「夫婦がお互いに納得しているのでよろしいのでしょう……法律にも皇妃が後宮で夫を物色してはいけないとありませんしね」
そういう問題なのでしょうか?
「そして陛下も親の決めた相手と結婚したくはないご令嬢をご自分の後宮に皇妃として置いているわけではありません。彼女たちはみな商会長、表向き別の方を長として届け出ておいでですが、どれも国の発展に役に立つ商会を運営なさっておいでです」