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元婚約者は私を四番目の妻としてご所望です。  作者: 酔夫人(綴)
本編

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12/23

第10話 罪人共の夢の跡

大幅改修に伴い追加しました。

「3年ぶりの復讐……もっと気分のいいものだと思っていたよ」


思わず出た声を侍従長は独り言と判断したらしく、何も言わずに黙って決済済みの書類を手に取り「少し休憩いたしましょう」と言って部屋を出て行った。


あの日、リディアが15歳になる誕生日の前日も俺はここで仕事をしていた。もちろん皇帝としてではなく兄上の補佐として、兄を筆頭に2人の兄のような男たちに揶揄われていたとも言える。その男2人のうち1人が侍従長なのだが……ふと気づけば俺は耳につけた耳環を弄っていた。


あの日俺は2日間の連休を取るために必死に働き、ヘトヘトだったが一番にリディアに「誕生日おめでとう」を言いたくて水の侯爵邸に行った。


出迎えた侍女は見覚えが無かったが、当時水の侯爵邸は使用人の出入りが激しく特にそれを気に留めず、深夜だから灯りを消しているというその女の言葉を信じて彼女の後を大人しくついていった。女の手元の蝋燭からする甘やかな香りに脳がぼんやりし始め、不快だと思ったときに部屋の前についた。


『リディア様から、カダル様がいらっしゃったらこのハーブティーを出すように言われております』


そう言って侍女がいれたお茶は馴染みのない香りがしたが、薬草の開発が趣味のリディアが新しい茶葉を作ったくらいにしか考えていなかった……完全に油断しきっていた。


リディアの心使いに感謝してお茶を一気に飲み干し、服を脱いで寝台にあがるとあっという間に眠りに落ちた。そして目を覚ましたとき、俺は素っ裸のレオノーラに圧し掛かれていた。


……自慢ではないがこんな状況は久しぶりではあったが、初めてではなかった。


だから俺は特に慌てることもなく、素肌に触れているレオノーラの手を見て「これで起こされたのか」と苛立つことはあっても、いつも通り布で巻いて廊下に放りだせば良いと思っていた。


異常を感じたのは次の瞬間……なぜか脳はぼんやりと霞がかかったような不快な感触がねばりつき、逆に体は神経がむき出しになったかのように鋭敏で、いつもなら気持ち悪いと感じるはずのレオノーラの手や肌の感触を心地よく感じてしまっていた。


焦点がぼやけ、レオノーラだったはずの像がリディアに形を変えたとき『違う』と俺の何かが警鐘を鳴らし、この状況全てを拒絶するかのように聖魔法が全身の血脈を駆け巡るように……暴走した。


かつてない魔力の噴出に吐き気がしたが、同時に自分が聖魔法使いであることを感謝した。レオノーラに重なったリディアの像、絶対にあり得ない間違いをさせようと精神に働きかけたのは闇魔法だったからだ。


この世界には四大元素である火、水、風、土の他に俺や兄のような聖魔法使い、そして聖魔法使いと対局にある闇魔法使いがいた。


別に聖に対して闇は悪ではないし、お友だちの中に闇魔法使いがいないからこの国に闇の侯爵家がないだけで、俺たちにとって別に闇魔法使いは脅威ではなかった。特に俺や兄のような聖魔法使いの直系と、ときどき現れる闇魔法使いとでは魔力の基礎量が違い過ぎる。


本来ならばそんな闇魔法が俺に通じるわけではないのだが、就寝前の茶も罠の一部で、俺を欲情させるだけでなく魔力の流れを阻害する効果もあったらしい。


後から考えれば冷静に分析もできるし、この3年間は闇魔法の研究にも余念がなかったが、当時は限りある知識と技術で脳や精神を犯してくる闇魔法に対抗するしかなく、俺は何とか闇魔法を返すことに成功はしたが魔力を使い果たしてしまった。


 ***


「陛下、あの闇魔法使いはいかがしますか?陛下の名誉にかかわるため正規の罪で裁くことはできませんが、適当に罪状を用意しましょうか?」

「……魔封じの腕輪をつけて深淵の牢へと送れ。あの男は道具でしかないし、かなり腕の良い道具だ……やられた当事者じゃなければ王城魔法使いの称号を与えて良いほどだな」


眉を顰める侍従長に俺は「冗談だ」と言って返し、俺はあの男をこの世から存在そのものを消す深淵の牢へと送った。深淵の牢に捕らえられた者は社会から死んだと見なされ、何か有事の際は皇帝の道具として働くことになる。


王城魔法使いには節度や倫理観など高い人間性が求められるが、道具にそんなのは求めない。


「餌はどうしますか?」

「あいつは今まで十分餌を喰らってきた……殺してやりたいほど憎い女ではあるが、流石に毎回俺の幻影を見させられながらあの男に抱かれていたと聞くと少々同情はする」


影や護衛兵からの報告で俺の名を呼びながらあの男に抱かれていたと聞き、レオノーラの願望か気が狂ったかと思っていたが魔法のせいだったらしい……俺にかけようと待機させていた闇魔法使いに一杯食わされただけだが後味の悪さは否めない。


「水の元侯爵(仮)夫妻とレオノーラ元皇妃様の処遇は如何しますか?」

「夫妻は平民におとして兄上の領地に届けよ、未開の地で働く者が足りていないらしい。レオノーラは子を産み次第、両親の元に送れ」

「陛下、生まれた子についてはリディア様から水の侯爵領地にある孤児院で育ててやりたいと要請が来ております」


優し過ぎるのも罪だと思う……すまない、リディア。これについては譲れない。


「子どもは死産だったとリディアには伝えろ。子どもは王都の孤児院へ、一切の記録は抹消し決して後を追えることのないようにしておけ」

「……分かりました」


 ***


「泡沫の夢は見れたか?」


俺の言葉に反応してルードリッヒは俺を睨んだが、俺は怖いと思うことなく……ただただ気分が良かった。


隣に座るレオノーラは昼間の出来事から未だ立ち直れないのか黙りこんでいた。外宮の地下にあるこの牢獄は冷えるため、俺は厚手の毛布を持ってくるように警備兵に命じた。


「飼い犬に手を噛まれるという表現では生温いな。俺とリディアを引き裂く貴様の罠にはお前の娘もかかり、俺の子を孕むために雇った下人の子を孕むとは……あの夜にできた子ではないが、あの夜を思えば滑稽だ。俺にかけるはずの魔法にかかった娘は喜んで下賤の血を持つ男に犯され、そうとは知らず漏れ聞こえる声に満足しながらお前は扉の外で呑気に見張りをしていたとは……ざまあみやがれ」


あの日、リディアに続いて部屋に入ってきたこの男の目は、全裸の娘と共に寝所にいる俺を見て歓喜に震えていた。あの日の屈辱は3年経った今も身を焦がしつける。


「あの日、陛下が何もなさらなかった証拠はございません」

「証拠がないから黙っていた、婚約破棄もレオノーラを皇妃にするのも黙って耐えた……あのな、俺だって発情した猿共の交尾を眺める趣味はないから、立ち去れるならとっとと退散したかったのが心からの本心だ」


明かな侮辱にも反応しない……気が触れたか?


「陛下、レオノーラほどの美人はおりません」

「だからなんだ?俺にとってレオノーラなど美人だろうが何だろうがどうでもいい」


俺の言葉にルードリッヒは不思議そうな顔をしている。愛してやまない妻によく似た娘なのだから、自分が惹かれたのだから惹かれるのが普通というのか?


……胸糞悪い。


一介の娼婦だった女に惚れ込み、女の甘言に乗せられて水の侯爵邸を乗っ取ったまでは良かったが(成功かどうかは別として)、娘に最高の未来を用意してやろうと欲をかいて失敗した哀れな男と一緒にして欲しくはない。


「レオノーラを見たら男なら誰だって欲しいと思うはずです」

「そう思った男がお前の孫の父親になった……何度も精を吐いてふらついた足取りを魔力切れと誤解してお前が嬉々として大金を支払った男だ」

「あの男がレオノーラの子の父親なわけがありません。見間違いです、レオノーラを抱いたのは陛下だけです」

「皇帝の俺の目を疑うとは……ただレオノーラの身持ちには反論しておこう。あの夜、レオノーラは既に乙女ではなかった。血痕は侍女にでもつけさせたのか、あの男が散らす前から敷布に付いていたものだ」


こんな杜撰な男の計画が成功し、レオノーラが皇妃にまでなった裏には俺の母がいる。今は離宮で蟄居という名の幽閉をしているが、当時はこの王城で幅を利かせていたし、俺とリディアの婚約に反対していた……まさかレオノーラでもいいと思えるほど反対しているとは思わなかったが。


「陛下、いつまでも罪人たちを連れて来てくれないから迎えにきてしまいましたよ。やあ、久しぶり。お互いに全く嬉しくない再会になったね」


そう言って闇から出てきたのは兄のナディル。上で待っていて下さいと言ったのに……まあ、聞かないだろうなとは思っていたけれど。


「まさか……これはサウザンド公爵が?……どこから?」


唖然としながら、不敬にもナディルを指さすルードリッヒに、カダルは不敬を咎める気にもならずため息だけを吐いた。


「兄上の儚げで優しそうな風貌に騙されるのは勝手だが……兄上はかなり強かだ。幼い頃から実母の八つ当たりで命を狙われてきたんだ……人の心を読むのが上手いから上手く人の心を操る」

「そう言われると僕の方が闇魔法使いみたいだね。ただ可愛い妹に振られて泣きそうな弟のために無い知恵を絞っただけなのに……婚姻式の宣誓書は保険だったんだけど、まさか初手にひっかかってくれるとは」


兄は婚礼を無効にする策だけでなく、水の元老院に「5年以内に迎えに来るからリディアが誰とも婚約しないようにしてくれ」と頭を下げて話をつけてくれた。何人かは「可愛いリディアが嫁ぐまでに後宮を掌握して欲しいのぉ、ほれレオノーラ辺りを使って」と応援(?)さえしてくれた。まあ、何はしなくともレオノーラは別の宮に突撃して妃たちに物理的な攻撃を加えるなど、順調に妃候補を減らしてくれた。


「なぜ……」


このとき突然聞こえた蚊の鳴くような声がして、俺がレオノーラを見ると、レオノーラは「なぜなのです?」と繰り返した……ああ、もういい加減にして欲しい。


「その理由を俺はずっと言い続けてきた、俺はリディアが好きだと、リディアだけを愛していると。例え遊びであっても、彼女を裏切る気など髪の毛一本ほどもないと」

「リディアはもう陛下を愛していませんわ?」

「だから何だ?リディアが俺を愛していないことは俺がリディアを諦める理由にはならない」


リディアが俺を愛さない事を恨むつもりもない……あんな分かりやすい裏切りの現場を見せられて『不貞などしていない』と冷静に判断出来る奴がいたら会ってみたいものだ。


「どうしたらリディアを諦めてくれるのです?」

「お前には関係ない」


俺にだって関係ない……俺がリディアを諦めたとしたら、そのときの俺はもう気が触れて狂っているのだから。

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