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鬼退治!その2 防具作り


マラリア発生地帯に宿泊することは危険だったので日が暮れる前に郷を出て人気(ひとけ)のない山中で野宿をしながら関所まで戻ってきた。


俺の顔を見るやそわそわした様子の定家が話しかけてくる。

「それで、どうだった?」


「手強そうな鬼ですけど、なんとかなると思います。まずは蚊帳(かや)をたくさん作ってもらいたいのですが、作れそうな職人はいますか?」


「わからんがなんとかしよう。しかしどうして鬼退治に蚊帳なのだ?」


「蚊の中には鬼の使いが混じっているのです。その蚊が人に(けが)れを与えているのです。」


「鬼に使いがいたとは知らなんだ。わかった、すぐに蚊帳を作らせよう。」


「それから被害地域の全員を夕刻以降外出禁止としてください。既に郷長に伝えてありますが、定家殿から追って厳令をお願いします。鬼の使いは日が暮れてから活動をはじめますので。それから ──」


マラリア患者とそれ以外の集団を各郷の両端に引き離すこと。蚊の行動範囲は例外はあるものの一般的にそう広くないため、今後新たに感染する蚊の発生地点を限定する狙いだ。人間に症状が出るまでの潜伏期間が10日ほどあるため完璧に分断はできないまでも、しないよりはした方がいい。


あとは「感染する蚊は夜行性なので夜に蚊が近づいて来にくくするために蚊遣り火(かやりび)(*1)(なければ焚き火)を絶やさないようにすること」「草木と共に服を煮ること」「蚊を見つけたら駆除すること」「家の周辺に蚊が卵を産みそうな水溜まりを作らないこと」など、郷長に指示した内容を定家にも伝えた。


どの草木にどれだけ防虫効果があるかわからないため、とりあえず色々な草木を使って服を煮て染め直してもらった。明治時代に日本人によって蚊取り線香が発明されるまでは「草木を使ってあの手この手で蚊を遠ざける」ことだけで精一杯だったのだ。

改めて蚊取り線香の偉大さを思い知る。


最後に石鹸(せっけん)だ。

石鹸は界面活性剤(かいめんかっせいざい)として油分を含む汚れを水に分散させてくれる。これによって洗浄作用が得られ、細菌やウイルスも洗い流してくれる。この優れた除菌作用がこの時代に与える影響は絶大だろう。


元々感染症対策で消毒のために材料を手配してもらっていたわけだが、蚊の予防にも効果がある。蚊は人間の常在菌(じょうざいきん)に引き寄せられるため、定期的に石鹸で身体、特に足を洗うことで予防になる。


ちょうど手配していた材料も揃ったため、従者を借りて石鹸作りを開始した。


◇◆◇◆◇ 灰汁(あく)作り ◇◆◇◆◇


「みなさん、この(つぼ)(かまど)から灰をかき集めてください。灰がたくさん必要です!」


灰は様々な無機物が含まれる宝の宝庫だ。この灰から灰汁を作って煮詰めれば塩基性の水溶液が得られ、それと油を鹸化(けんか)させれば石鹸になる。


しかし関所には竃が2つしかないため、思っていたよりも集まらなかった。


「まだ足りないですがこれから火をたくさん使うので都度追加するとして、一旦これで進めます。

まずは、この灰の入った壺に水を入れてよくかき混ぜます。時間が経つと沈殿物(ちんでんぶつ)ができるので、沈殿物を混ぜないように注意しながら上澄みの少し濁った液体を取り出しましょう。

この上澄みの液体が灰汁です。」


灰に含まれる物質には水に溶けやすいものとそうでないものがあることを説明しながら真っ黒だった水が二層に分かれていく様子を皆で眺める。


「この液体を煮詰めます。これからの工程で出てくる灰もどんどん追加で入れて煮詰めちゃいましょう。最後にまた上澄みを取り出します。」


◇◆◇◆◇ ぼたん油作り ◇◆◇◆◇


「おお〜こんな大きなイノシシを狩ってきてくれたんですね。脂肪が豊富そうでありがたいです。」


石鹸には油が必須だ。植物性の油を抽出している時間はないので手っ取り早く獣を仕留めてきてもらった。


「みなさん、まずはぼたん(イノシシ)油を作ります。イノシシを解体した経験はありますか?」


「「・・・」」


── 敬虔(けいけん)な仏教徒が多いから京の人は獣を食べる文化がないんだよなあ。大丈夫かな・・


そんな中、イノシシを狩るのを手伝ってくれた関所の兵士が前へ出る。

「解体ならできるぞ。たまに狩って食べてるからな。」


「よかった!それでは解体お願いします。」


── 解体後 ──


解体が終わり、大きな肉塊がゴロゴロと転がっている。

「ではみなさん、今は怖がっている場合ではないです。私も初めてで怖いですが、一緒に頑張りましょう。」


そうなのだ。俺自身イノシシなど解体したこともなければ食べたことすらない。ただ知識があるだけなのだ。

22世紀を生きるこの俺が食べたことのある肉など鶏肉くらいで、普段の食事はもっぱら既製品の完全食だ。その原材料として使用されている主要なタンパク源は豆と魚と昆虫らしい。よって、ぼたん(・・・)がどんな味なのか検討もつかない。


「まずはこのような白い部分、これが脂肪なんですが、脂肪の多そうな部位を細かく切って水の入った鍋に入れてよく加熱してください。」


包丁と呼べるような代物ではないため、すっごく切りづらい。これは骨が折れそうだ。


「十分加熱したら布で()してよく冷やします。冷えて表面に白く固まってきたら、それがぼたん油です。この手順で油をたくさん作ってください。」


その後、みんなで初めてのぼたん実食。敬虔な仏教徒になんてことをさせてしまったのだろうという罪悪感もあるにはあるが、俺が美味しそうに食べていたら勝手に食べ出したのだ。俺に罪はないはず・・・。


それにしてもこれは美味い。香辛料があれば臭みがとれてもっと美味しくなりそうだ。


最後に、食べきれない分は燻製にして被害に遭っている郷に配るよう指示した。


◇◆◇◆◇ 生石灰作り ◇◆◇◆◇


「ひええーっ?!榛名湖(はるなこ)の貝ってこんなに大きいんですか!?」


20cm以上もある大きくて真っ黒な貝が山になっている光景に思わず奇声を上げてしまった。22世紀の湖に貝がいるなんて聞いたこともないのだが・・・どうやらこの時代にはこんな大きな貝がたくさんいるらしい。


「これって食べられるの・・?」


「あたりめえだ。これはうんめえぞぉ。」

獲ってきてくれたのはこれまた関所の兵士で、榛名湖付近の郷のおじさんも手伝ってくれたようだ。


「じゃあ、まずは食べましょう!おじさん、調理をお願いします。」


── 調理後 ──


「ほんとだ!ちょっと砂が残っててシャリシャリするけど、美味しい!!」


── これは醤油が欲しいいいぃ


「本当はもう少し砂抜きさする必要があったんだ。次食べる時はもっと美味しく食べられるようにしてやるさ。」


そんなやりとりをしながら腹ごしらえしつつ貝殻を集めていった。


「よし、それではこれから生石灰を作ります。といっても砕いて竈にぶち込むだけですけどねっ。」


貝殻や卵の殻には炭酸カルシウムが多く含まれているため、850℃以上に熱すれば酸化カルシウム(生石灰)が得られる。ちなみに炭酸カルシウムは灰汁を作った時の沈殿物にも含まれている。


── 実際には生石灰がなくても石鹸は作れるんだけど、塩基性を高めるためにあった方がいいので手に入ってよかった。


「この白い粉はすっごく危険なので扱う時には十分気をつけましょうね。」

従者達には出来上がった生石灰を示しながら扱いに関して厳重に注意しておいた。


◇◆◇◆◇ 石鹸作り ◇◆◇◆◇


「みなさん、ここまでよく頑張ってくれました。石鹸完成は目前です!」


── と言ってもこの鹸化(けんか)作業もなかなか大変なんだけどね・・・


「熱した鍋に白く固まったぼたん油を入れて液状になったら、その中に煮詰めた灰汁と生石灰を入れてひたすらかき混ぜます。少し塩も入れましょうか。大変なのでみんなで交代でやりましょう。」


交代で攪拌(かくはん)しているとだんだんとろみ(・・・)がかってきた。


「うん、いい感じです。あとは冷やして固めて完成です。みなさんお疲れ様でした!」


「・・と、言いたいところですが、みなさんにはこれから毎日この作業をしてもらいますっ!!キリッ」


口々に不満の声が漏れていたようだが聞こえぬふりをした。みんな、ごめん。



*1 蚊遣り火(かやりび): よもぎの葉、カヤの木、杉や松の青葉などを火にくべて、燻した煙で蚊を追い払う行為、あるいはその火や煙のこと。殺虫作用はない。


うんちくが多くなってしまってすみません。この後書きもさらにうんちくなのですが、もしも興味があるようでしたらお付き合いください。


蚊取り線香は1890年に和歌山県の上山英一郎氏によって発明されたそうです。

そもそも殺虫作用のある「除虫菊」が日本に入ってきたのが1886年なので、日本に原生していたならもっと早くに発明されていたような気がします。

それまでは作中でも登場した蚊遣り火という、追い払う目的の蚊取り線香のようなものが平安時代からずっと使われてきたようです。


また、蚊が人間の常在菌に引き寄せられていることを発見したのは数年前の出来事で、当時高校2年生だった田上大喜さんという方だそうです。

人間は蚊との付き合いが長い割りにまだまだ蚊に関して知らないことが多いことに驚きました。


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