おススメ
熱々のお茶をもらい、今日のおススメの鯖の味噌煮を頼む事にした。
ぎゅっと味を染み込ませるために一度冷やしたものを温めるので少し時間がかかるとのこと。
その一手間の食への愛がまたいいな、と思う。
その間に自家製のポテトサラダを頂いていると、女将さんは私に話しかけてきた。
「今日はお仕事ですか?」
きっと今着ているスーツを見て言っているのだろう。
桜香「…いえ、パーティ帰りです。」
「そうなんですね。どんなパーティだったんですか?」
桜香「婚活パーティです。」
そういうと女将さんは少し目を見開いてびっくりした表情をする。
「お若いのに積極的で素敵ですね。」
桜香「いえ…、妹の付き添いみたいなものなので。」
私は熱いお茶をすする。
するとだんだんとフツフツと味噌が煮える音がしてきた。
煮えた熱で味噌煮の香りが鼻に届く。
匂いで分かる。絶対に美味しい。
「妹さんはご一緒じゃないんですね。」
桜香「私が先に出てきてしまったので。今頃楽しんでいると思います。」
「…そう、なんですね。あまりパーティに行く気分ではなかったんですね。」
桜香「元々そういう場所が苦手なので。」
「でも、新しい場所に行く勇気があるだけ素晴らしいですよ。私は出向こうと思えないので。」
と、女将さんは微笑みながら鯖の味噌煮をお皿に盛り付け始める。
その動きがとても丁寧で見惚れてしまう。
私が女将の所作に夢中になっていると、鯖の味噌煮が目の前に置かれ、白米を添えてくれる。
桜香「…改めて、いただきます。」
「どうぞ、召し上がれ。」
箸を置くだけでスゥッと入っていくほどの柔らかさ。
骨も無く、食べる行為に夢中にさせてくれるこの店の鯖の味噌煮。
私が食べている最中女将さんは何も話しかけず、ただ静かに料理の仕込みをし始める所も好きになる。
この心地よさが癖になってしまいそうだ。
桜香「ご馳走様でした。」
「また、お待ちしてます。」
と、店の外まで出てきて見送ってくれる。
私はお辞儀をして店を後にする。
時計を見ると、もう電車が無い時間になってしまった。
けれどいい場所を見つけられた。
家も外も嫌になったらここに来ようと思うほど、気に入ってしまった。
あの心地よさはあの子ぶりだろうか。
私は昔の思い出を巡りながら涙腺を緩めた。