虐殺
無意識に、シスの瞳の奥を見つめ返す。心の奥を探りあう様に、理解しようとするように。
二人の間に言葉は無い。ただ黙ってお互いを見つめあっていた。先に動いたのは、健次だった。
「俺は、俺は一度言ったはずだ。何でそこまで俺に優しく出来るんだ。妻を、母親を、人間に殺されたのに、何でまだ人間に優しく出来るんだ」
先程のような、怒りに任せた問いではない。静かに、ただ自分の中のわだかまりを解消するための問い。
「これも、一度言ったはずだよ?…健次さんの目を見れば分かる。だって健次さんは、それほどまでに優しい目をしてる。あの話を聞いて、私達の事で怒ってくれた、そんな人を信じないわけ無いよ」
シスは、膝立ちのまま俺を優しく抱き締めてくれた。彼女の鼓動が聞こえる。優しく抱き締められるなんていつぶりだったろうか。鼓動の音が心地よい…
自然と健次の頬を涙が伝った。止められなかった、まるで今まで堪えていたものが溢れ出してきたみたいだ。
シスの言葉は俺の中にスッと落ちるように、浸透した。俺の中の疑問が、いとも簡単に消えてなくなった。
すると、俺の気配感知に何者かが反応した。一瞬村人達もやって来たのかと思ったが、この反応は獣人ではない。シスに、誰か近づいてくると耳打ちし、シスを背後に回し警戒体制を取る。
森から出てきた者を月光が照らしていく。そこに現れたのは…
「お取り込み中すまんねぇ…なぁに別に殺すつもりはねぇさ、ただこれも任務の内なんでな」
人間だった。
片手剣を左手に持ち、殺気を漂わせこちらに歩いてくる。40代程のこの男は、油断なく、俺たちから目を背けることなく自然に歩き寄ってくる。
俺は目の前に男に気を取られ、気配感知に引っ掛かった別の何者かに気付かなかった。
後頭部へ強烈な打撃を受け、健次は意識を朦朧とさせた。シスの健次を呼ぶ声が辺りに響く。
「おぅ、悪ぃな兄ちゃん。俺らも冒険者としてこんな依頼は受けたく無かったんだけどよぉ。依頼主様は獣人が好みらしくてな、飽きたら返されるだろうぜ、既に壊れた後とは思うけどなぁ」
奴等の糞みたいな笑いが聞こえる。俺は無理矢理奴等の仲間に両脇を抱えられ、立たされているようだ。
シスが泣きわめきながら俺の名前を呼ぶのが聞こえる。うっすらと開いた目から、シスが羽交い締めにされているのが見えた。
意識がハッキリするのに比例して、俺の中で沸々と怒りが沸き立ってきた。これまで何度も考えてきた。<もし、人と敵対しても戦えるのか。相手を躊躇いなく殺せるのか>
獣人は人間にとって侮蔑の対象、それは精神的な意味でも、性的な意味でも同じだ。
目の前でつらつらと並べられる、シスがその身に受けるであろう行為の数々。それを聞き顔を青褪めるシス。今なら100%自信をもって答えられるだろう…
未だに俺を立たせている二人の男も、何が面白いのか下品な笑い声をあげている。そんな奴等に聞こえないように、そっと詠唱を唱えた。
「…【遅延】」
俺の肩を支えていた男達の動きが止まる。シスに注目していた奴等の仲間はそれに気づいていないようだ。
【遅延】…本来は触れている物の動きを遅らせることが出来る。しかし、この世界に来てすぐに行っていた特訓の末、遅らせる時間すら思いのままに出来るようになった。今この両脇の男達の時間は、100分の1になっている。もはや時が止まったように見える程、動きが遅れているのだ。
力の入ってない腕を振りほどき、右側の男の持っていた両手剣を奪い取る。
傍目には、笑っているまま固まっている仲間の剣を奪い取った様に見えているのだ。他の仲間が固まっているのも無理はない。
「お、お前!今何をした!……まさか、この常識はずれな能力!固有魔法か!!」
随分と説明口調なリーダーを除き、他は殺気立って俺に剣を向けている。
「…死にたくなければ、今すぐシスを離して帰れ、別に追いはしない」
静かな口調で警告を告げる。何とも穏やかな気持ちだ、今から人を殺そうとしているのに、何とも感じていない…
「ふざけやがって!死ぬのはお前だぁーー!!」
冒険者の一人が斬りかかってくる。気配感知により、暗くても相手がどう動くのか手に取るように分かる。相手も相当な剣の腕だが、気配感知に引っ掛かった状態で健次に当てるのは至難の技だ。
襲いくる剣撃をのらりくらりとかわし、更に詠唱を唱える。
「光よ、我が敵の動きを止めよ、光縛」
地面に魔法陣が浮かび上がり、そこから光の鎖が冒険者の動きを止めた。
「糞っ!なんだこれ!!……ぁ」
動きの止まった冒険者など、ただの的である。両手剣を振りかぶり、躊躇いなく首を刈った。
頭のあった部分から血を吹き出し、冒険者の体は力無く倒れ伏した。数舜遅れで地に落ちた生首のドッ、という重量感のある音がやけにあたりに響いた気がした。気配感知に引っ掛かっている全員に動揺が走る。返り血を浴び、真っ赤に染まった剣を振って払い、更に冒険者達に歩み寄る。
もう何も感じない。顔に付いた返り血の熱さも、人を殺した事への罪悪感すらも、ただ健次の心を占めていたのは、殺す、という二文字だけだった。
「ば、化け物め…よくもクリフをぉぉ!!」
更に冒険者達が突っ込んでくる。それを、更に魔法を紬ぎ、嘲笑うように捌いていく。
「闇よ、鬼の力をもって我が仇敵を討ち滅ぼせ、鬼衝波」
健次を中心に、闇の波動が広がる。その波動は、近づく冒険者達を呆気なく吹き飛ばして広がっていく。
吹き飛ばされ、木、岩、地面に強かに体を打ち付けた冒険者達は起き上がってくることはなかった。もう立っている冒険者も残り少ない。
「…どうする?まだやるか?」
一応問いかけてみる。今さっきまでのやりとりを見ている、面と向かってくることは無いだろう。
「だ、団長…」
不安そうにリーダーの男に、冒険者が目を向ける。
リーダーの男が悔しそうに下唇を噛みしめ、顔を歪める。その目は辺りをキョロキョロと見回すと、ある一点を見つけると、ニヤッと笑った。
そう、シスを羽交い締めにしていた男の方を見て
健次も、男の考えている事がすぐさま分かった。その顔に焦りを浮かべ、殺意をもって男に走り寄る。
「動くなぁ!!この女に死んで欲しくなかったらなぁ!!!」
嫌な予感とは当たるものだ。男は羽交い締めにされているシスの首に、自分の片手剣をあてがう。
それだけで、健次の動きを止めるには十分だった。男の顔には、またも余裕の笑みが出てき初めた。首に剣を向けられているシスは、嫌ぁ…と更に顔を青ざめさせる。
立場が逆転した。今度は健次が、唇から血を流すほど噛みしめている。今にも怒りで斬りかかってしまいそうだ。それを唇を噛んで抑制する。
それを見て、男は更にニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。




