戦争の真実
この村に来てからもう1ヶ月が経った。初めての外出からは5日程だ。初めて俺の姿を見た村人達は俺を邪険にした……訳でもなく、普通に受け入れてくれたのだ。
「おぉ!あんたが村長の言ってた健次さんか!人間なんて見るのは久し振りだぜ、今日の夜は暇か?皆で宴会といこうぜ!!」
そんなことを矢継ぎ早に言われた。少し緊張していた俺が馬鹿みたいだった。
文献には、獣人にも種類があると記されていた。シスやサグワ、この村の獣人達は牙狼族と言われる、まぁ皆が犬のような耳を生やしている事からそれはすぐに分かったが
他には牙狼族と対をなし、密林を住みかとする爪猫族、ドラゴンの末裔と言われ、トカゲのような鱗と毒を持つ骨竜族、因みに爪とか骨ってのはその種族の特徴をモチーフにしているらしい。よく見ればここの村人達も犬歯が鋭い、噛まれたらひとたまりも無いな…
考え込んでいる間に、俺の周りにはワラワラと村人達が群がっていた。もうちょっと警戒心とか無いのかよ!
「なぁなぁ、良いだろ宴会!やろうぜ?丁度旨い酒が手に入ったんだ!」
未だに宴会に誘い続ける奴が一人いるな。まぁ宴会位だったら別にいいか。
「あぁ分かった。夜は空いてるからお邪魔させてもらうよ。どこに行けばいいんだ?」
村人達は、そうこなくっちゃ!と沸き立った。沸き立つ村人達を尻目に、ふと一緒に来ていたシスが気になった。辺りをキョロキョロと見回してみると、離れた場所でもみくちゃにされているシスを見つけた。
扱い雑じゃね?村長の孫娘だろ?つっても俺もこんな囲まれたら動けないけど…
「あー、すまん。ちょっと通してくれるか?今は村の案内を頼んでるんだ」
「おっ!悪かったな、邪魔して。宴会の場所はいつも同じ場所だからシスに聞けば分かるからよ。んじゃ、今夜楽しみにしてるぜ!」
まるで嵐のような騒ぎは、一気に静まっていった。隣に来て、肩で息をしているシスの頭を撫でてやった。
「お疲れ様、大変だったな」
シスは少し頬を紅潮させ、耳を垂れさせている。「全くですよ、皆騒ぎすぎなんですよ!これじゃ今日の宴会もどうなることやら…」
そう言い、深いため息を一つ。最早それは少女の行いではなかった。おかんだ。村人達のおかんがそこにいた。
そうして村を案内され、約束の夜を迎えた。宴会ではまるで神でも崇めるかのように、持て囃された。それも少し落ち着いた頃、端の方にサグワが座っているのを見つけた。俺は手元の酒を2本手に取り、サグワの所に向かった。
「よぅ、隣いいか?一緒に飲もうぜ」
俺は手に持っている酒を見せ、晩酌に誘った。
「これは健次殿、それではお言葉に甘えて付き合わせて貰いましょうぞ」
サグワが少しずれ、席を空ける。俺はそこに座り、自分とサグワの盃に酒を注いでいく。
「それじゃ、乾杯」
2つの盃を軽く当て、チンッと音が鳴る。少しずつ飲みながら、サグワと他愛ない話をしていた。
「どうですかな?この村は」
不意にサグワが聞いてきた。その真意は分からないが、正直に答えた。
「あぁ、良いところだよ。ここは」
「それは良かった。儂が村長になったものの、村人達が人間への憎しみを忘れられるかは不安だったんじゃよ」
サグワはホッとした様子で、そう口にした。そこで俺も、思っていた事を聞いてみた。
「なぁサグワ。一つ、気になることがあったんだが」
「気になる事、ですかな。それは一体何でしょうか」
「まぁ簡単な事だ。俺が住んでいたあの家、あそこに置いてあった文献には、こう記されていた。〈牙狼族は温厚であり、滅多に人族に牙を剥くことは無い〉って、しかし別の文献にはこうも記されていた。〈牙狼族により、人族の村が一つ滅ぼされた。ここから人族と牙狼族による戦争が始まった〉とな」
サグワの表情が強張る、心当たりがあるようだ。牙狼族が温厚であるというのは、今日の様子で分かった。しかし、その牙狼族が人間の村を滅ぼした、というのが引っ掛かるのだ。
「……いつかは話さなければと思ってはいましたが…ここで隠すのも野暮というものでしょうな」
サグワは腕を組み、顔をうつむかせた。よほど話したくなかったのか、それとも…
「これは今から70年程前の事じゃ。健次殿、獣人の寿命がどれ程かは知っていますかな?」
「確か、100~200年って書いてあったな」
「正解じゃよ、あの頃の儂はまだ40程の餓鬼だった。その頃には既に妻がおって、娘も居った。それがシスの母親じゃよ」
40で餓鬼か、人間である俺からしたらよく分からんな…大体25ってとこか?
「それはそれは幸せな日々じゃった。狩りから帰ってくれば娘と妻が迎えてくれる。温かい食卓を囲むことが出来る。本当に、幸せだったんじゃ」
そこでサグワの言葉が詰まった。嫌な予感がした。ここから先の展開は予想が付くが当たってほしくなかった。
「…じゃが、そんな日々はある日唐突に終わりを告げた」
そこでサグワは顔をあげ、俺の目を見つめてきた。
「殺されたんじゃよ。妻は…シャルは、たまたま山草を取りに行っていた時に、人間の兵士に見つかり、その場で剣で、槍で、殺されたんじゃ…」
「儂らが駆けつけた頃には遅かった。そこに兵士は居らず、居ったのは既に息絶えたシャルだけじゃった。その時ほど人生に絶望したときはなかった。じゃが、儂にはまだ娘が居った。シャルの分まで娘に愛情を注いだ。そして、娘が結婚しシスが生まれた。嬉しかった。天でシャルも喜んでくれた気がした。その直ぐ後じゃ……娘までも、またしても兵士に殺されたんじゃ。その時儂には弟子が居った。その弟子に剣術や武術を教えていた時じゃ。ある一人の若者が儂のところに慌てて来たんじゃ。何事かと思ったよ。そして告げられたんじゃ…「娘が、近くの人間の村に捕まった」と、儂は気が気じゃ無かった。シャルだけでなく娘までも人間に殺されてたまるか、とな。そして村の男衆で武装し、その村に入った時じゃ…」
そこでまたも言葉に詰まった。もう聞くのは止めるべきなのか、しかし俺の口は動いてはくれなかった。
「村に着いた儂らが見たのは、縄に吊るされ全身から血を流す娘の姿じゃった。儂はすぐに娘の元に向かった。村人達は他の者が食い止めてくれとった。縄を外し、娘を抱いた時には既に虫の息じゃった。顔は殴られたのか、アザだらけで背中は鞭を打たれたのか血で真っ赤に染まっとった。何度声をかけても、娘が答えてくれる事はなかった。儂の腕の中で息絶えたんじゃ、そこからは記憶に無い。気付いた時には娘を抱え、村を離れていた。着いてきてくれた男衆達は無言で周りを歩いていた。誰も口を開くこともなく、村まで戻っていった…」
見ればサグワは涙を流していた。俺も、何と声を掛けていいか分からなかった。辛い過去を聞いた、普通なら俺を、人間を見た瞬間拒絶反応を起こし殺されていたかもしれない。
だが、ここの村人達はそれをしなかった。疲れで昏倒している俺を介抱し、住む場所さえも与えてくれた。食事を与えてくれた。
「……お人好しが過ぎるだろ…何で、何でそこまでされて!俺を殺さなかったんだ!!」
つい熱が入り、思わず立ちあがり叫んでいた。
サグワも真剣な眼差しで見つめてくる。
「俺は人間だ!お前達にそこまでの仕打ちをした奴等と同類だ!なのに…なのに何でそこまで優しく出来る!!俺を受け入れてくれる!!」
気付けば俺も涙を流していた。いつの間にか広場全体が静まり返り、俺達のやり取りを聞いていた。
「健次殿、君は優しいな。……確かに君は奴等と同じ人間じゃ。じゃが、やったのは君じゃない」
サグワは優しい眼差しでそう諭してくれた。俺の頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。
「…………少し、一人にしてくれ」
そう告げて、広場を後にした。
長らく空けてしまいすみませんでした。




