最終章「蒼穹のレクイエム」
宇宙に、青い翼が広がった。
ガンダム・オルフェウスの背後から放たれる無数の光粒子。
それは兵器には見えなかった。
まるで夜空に浮かぶ星々そのものだった。
アスクレピオスの艦橋で、誰もが息を呑む。
「これが……オルフェウスの真の姿……」
レイナ艦長が呟いた。
その光景を見つめながら、黒いガンダム・ネメシスの中でアベルは目を細めた。
『リセ』
通信が入る。
『君は最後まで人を信じるのか』
リセはユウリの隣に立っていた。
亡霊のような姿で。
『うん』
少女は静かに答える。
『今度は間違えない』
『また失うぞ』
『それでも』
リセは微笑んだ。
『この子は、私じゃないから』
ユウリは前を見る。
敵がいる。
憎しみがある。
戦争がある。
でも――。
「僕は英雄じゃない」
操縦桿を握る。
「ただ、終わらせたいだけだ」
オルフェウスが加速した。
ネメシスも突撃する。
白と黒。
二機のガンダムが宇宙で激突した。
ビームサーベルが交差する。
火花。
衝撃波。
デブリが吹き飛ぶ。
だが今回は違った。
ユウリには見えていた。
敵の動きだけではない。
アベルの迷いも。
悲しみも。
怒りも。
Ωシステムが繋いだのは、未来予測ではなかった。
人の心だった。
『なぜだ……』
アベルが呟く。
『なぜ戦う』
「守りたいからだ!」
『そんなものでは世界は変わらない!』
「変わらなくてもいい!」
ユウリは叫んだ。
「それでも誰かを守れるなら!」
オルフェウスの光がさらに強くなる。
その瞬間。
ユウリは見た。
三年前の光景を。
リセ。
アベル。
二人は敵同士ではなかった。
同じ部隊の仲間だった。
同じ夢を見ていた。
戦争を終わらせる夢を。
だが失敗した。
多くの命が失われた。
その結果。
リセは死に。
アベルは絶望した。
『だから私は』
アベルの声が震える。
『人類を信じることをやめた』
「でも!」
ユウリは前へ出る。
「リセさんは信じてる!」
ネメシスの刃が止まる。
「ミナも!」
「レイナ艦長も!」
「ガルドさんも!」
ユウリの脳裏に浮かぶ。
これまで出会った人たち。
傷つきながらも前を向く人たち。
「戦争ばかりじゃない!」
「人はそれだけじゃない!」
オルフェウスの光がネメシスを包む。
アベルの瞳が揺れた。
そして――。
黒いガンダムの武器が落ちる。
『負けたよ』
静かな声だった。
『リセ』
少女は微笑む。
『おかえり』
その瞬間。
ネメシスの機体から光が消えた。
戦いは終わった。
長かった戦争も。
憎しみも。
すべてが終わったわけではない。
それでも。
一つの未来が救われた。
数日後。
アスクレピオスの展望デッキ。
青い地球が窓の向こうに見える。
ユウリとミナが並んで立っていた。
「結局さ」
ミナが笑う。
「普通の生活、戻れなかったね」
「うん」
ユウリも笑った。
「でも、生きてる」
「そうだね」
沈黙。
穏やかな時間。
ふとユウリは振り返る。
そこにリセはいなかった。
最後の戦いの後、姿を消した。
ただ一言だけ残して。
――ありがとう。
その言葉だけを。
宇宙の彼方では、修復中のガンダム・オルフェウスが静かに眠っていた。
もう戦うためではない。
人が未来を選ぶために。
そしてユウリは歩き出す。
戦争のない明日へ。
まだ見ぬ空へ。
青く広がる蒼穹の下へ。
―完―




