第一幕 第二章 女将の家
冷たい灰色の空から、今にも泣き出しそうな湿った風が吹き抜ける。
ロザリーを乗せた荷馬車が止まったのは、港町に近い、活気というよりは喧騒に塗れた「黒猫の亭」という名の宿屋兼酒場だった。
「さあ、降りな。今日からここがお前の『家』だよ。感謝するんだね、身寄りのない小娘をタダで置いてやるんだから」
馬車から彼女を突き飛ばすように降ろしたのは、丸々と太り、宝石を指に食い込ませた女将・バーバラだった。彼女の瞳には、かつてロザリーの両親が見せてくれたような慈しみは微塵もない。そこにあるのは、どれだけ安く使い倒せるかという「算盤の弾き」だけだった。
「……はい、ありがとうございます。バーバラ様」
ロザリーの声は、自分でも驚くほど小さく、掠れていた。
火事の日から、彼女の心には厚い氷の膜が張ったようだった。泣けば、その膜が割れて、中から抑えきれない絶望が溢れ出してしまう。だから彼女は、感情を殺し、ただの「動く人形」のように振る舞うしかなかった。
だが、現実は残酷だった。
案内された寝床は、厨房の隅にある、冷たい石畳の上に薄い毛布を敷いただけの場所だった。かつて、父さんが特注してくれた羽毛のベッドや、母さんが手作りしてくれた刺繍の枕は、もうどこにもない。
「ぼんやりしてる暇はないよ! ほら、この山のような皿を洗っちまいな! それから酒場の床磨きだ!」
バーバラの怒声と共に、ロザリーの過酷な労働が始まった。
十二歳の少女の細い腕には、水の入ったバケツはあまりにも重かった。冬の冷水は指先の感覚を奪い、しもやけが赤紫に腫れ上がる。それでも手を休めれば、バーバラの娘・エレンから「のろま!」と罵られ、汚れた雑巾を投げつけられた。
エレンはロザリーと同い年だった。だが、彼女はロザリーがかつて持っていた「すべて」を憎んでいるようだった。ロザリーがどれほど汚れ、ボロ布を纏っていても、その瞳の奥に残る上品さや、ふとした仕草に見える育ちの良さが、エレンには鼻持ちならなかったのだ。
「見てよ、この『お嬢様』の成れの果て。そんなに綺麗に磨いたって、あんたの人生はもうピカピカには戻らないのよ」
エレンはわざと、ロザリーが磨き上げたばかりの床に泥靴で足跡をつけた。
ロザリーの胸の中で、何かが小さく音を立てて軋んだ。
(どうして……? 私が何をしたというの?)
怒りよりも先に、深い悲しみがこみ上げる。けれど、彼女は言い返さなかった。ここで追い出されれば、待っているのは凍死しかない。
ロザリーは黙って、再び膝をつき、エレンのつけた泥汚れを拭き取り始めた。
酒場が夜の営業に入ると、今度は酔客たちの怒号と、安酒の鼻を突く匂いが彼女を包んだ。
客の食べ残した硬いパンの耳を、誰にも見つからないように口に押し込む。それが彼女の今の「食事」だった。
(お腹が空いた。……でも、それ以上に、心が痛い)
物質的な飢えは、胃を締め付ける。
けれど、精神的な飢え――誰からも名前を呼ばれず、誰からも愛されないという飢えは、彼女の魂を削り取っていく。
忙しく立ち働く中で、ふと窓の外を見る。遠くに見える街の灯り。あの中のどこかには、温かいスープを囲み、笑い合っている家族がいるのだろうか。
「……ロザリー、しっかりしなさい。あなたはまだ、生きているんだから」
暗い厨房の隅で、彼女は自分自身に囁きかけた。
真っ黒に汚れた手のひらを見つめながら、彼女は必死に思い出そうとした。
かつて自分を愛してくれた人たちがいたこと。
自分には、「ロザリー」という美しい名前があること。
だが、夜が更けるにつれ、その記憶さえも冷たい霧の向こうへ消えていきそうだった。
この家は、家ではない。
ここは、少女から「自分自身」を奪い去っていく、静かな戦場だった。
あらすじを入力してAIが書いてくれました。
名作アニメのように主人公が波乱の運命でもロザリーはどのように生きて行くのか?
ですね。幸せだけの人生なんてないですよ。




