31.酷暑日がなかったので過ごし難い夏だった
昨年との大きな違いは気温、ではなくて「蚊」を発見する回数だった。今年は毎日見た気がする。
僕は寒い冬が好きだが、夏は暑いから嫌いなのではない。
虫とDQN(死語)が嫌いなだけだ。どちらも暑いとわんさかと、夜遅くになろうと出てくる。蚊によるストレスも、夜に道路で騒いでる周りへの迷惑を考えられない類の人も、どうにかして滅ぼせないものだろうか。
その点、35度になるような酷暑日は良いものだった。
陽射しをほとんどの生き物が避ける。人の生活音も静かなもの。昼間の住宅街で人が歩いていない。庭の草刈り草むしりをしていも、蚊がほとんどおらず地面を這う系の虫もほぼ姿を見せない。熱射による蒸す方法もできたりする気温。
おかげで去年はとても捗っていた。そんな夏だったので野良猫を保護する必要も出来てしまったわけだが。
今年はダメダメである。保護猫の世話があったというのを差し引いてもダメすぎである。
中途半端な暑さのせいでまったく庭の手入れができていない。ひどい有様だ。業者に依頼したら10万超えてとられるやつだ。
一応書いておくが、この予想価格はぼったくりではない。この数年で5万円台で済んでいたものが7万円台まで値上がりもしている。それくらい庭がジャングル化している。どうすりゃいいんだよこれな状態。
個人的な意見で言えば、他人が多くいるよりも、暑くて余計な人がうろつかない世界のほうが断然に良い。
必要に迫られている人だけが外出しているならば、世の中はもっと平穏だろう。コロナ禍なんてそのほうがもっと早く終わったろうに。多くの人間が引きこもっていたなら通り魔だって起きることもない。不必要に出歩く人間が多くなると、本来なら無くてすんだ摩擦が起こる。それがグローバル化した世界の状態では如実に表れているか。
生き物というのは自分の足で動ける範囲だけで生きてきたのが元来のものだ。
技術の発展でむやみやたらに行動範囲を広くしていった結果、今のような世界に変わってしまった。
我々人間は今一度、自分たちの力で行けるだけの場所を理解する必要があると、僕は考えている。多くを望み、求めすぎであろう。




