91 裏の世界
しばらくして、キッシュの部下から報告があり、シードル達は健康な状態で、問題がなかったということがわかった。
アイはシードル達に会いたかったが、キッシュから既に王都から離れたところへ移送したと聞いて安心した。
スティルやベリィからの情報によれば、シードル達を目の敵にしているのは、王都にいるシスター、プリンのようだった。
そういうことであれば、シードル達にとっては、王都にいることが、一番危ないのだろう。
スティルは、キッシュの部下によってカウンセリングを受けた後、シードルたちの元へ送られることになった。
アイは、宮殿の庭で、再びスティルと別れの挨拶をしていた。
「せっかく念願かなって王都に来たっていうのに、俺のせいで離れなきゃいけないとは……シードルには悪いことをしちまったな」
「スティル……ごめん」
「アイが謝ることじゃないさ。それで……その子は?」
「この子は、ベリィ。スティルに謝りたいことがあるってさ」
「……ごめんなさい」
ベリィは、暗い顔で、スティルに謝った。
「あなたがお腹を刺されて怪我をしたとき、刺したのはウチです……」
「はっ?あぁ……まさか、あの時の!」
スティルはすぐに、教会の地下で、自分が怪我をした時のことを思い出した。
魔物ではない何かに刺されたのは確かだったが、その時はそれ以上のことを調べるのを断念したのだった。
「はい……」
「そうか……経緯はわからないが……一つ聞かせてくれ」
スティルが真剣な表情で問うた。
「司祭のオッサンは、魔物にやられたのか?アンタにやられたのか?」
ベリィは一瞬逡巡した。
しかし、諦めたように、答えた。
「ウチが……殺した」
「そうか」
スティルは、短く、小さな声でそう言った。
「墓参りでも、してやれ。俺が言えんのは、それだけだ」
スティルは、そう言うと、もうベリィに興味を無くしたように、アイに向き直った。
アイも、それを聞きながら、何も言えなかった。
「ごめんなさい……」
ベリィは、それしか言えず、そうつぶやいた。
ベリィにも事情はあった。人殺しを良しとするに至るまでの、生まれ、経験、思想、考えがあった。
しかし、エスに自らの能力を破られ、結社からも狙われてもおかしくない立場になった時、自分でも都合がいいとは思いつつも、死の恐怖に震えたのだった。
「ごめん、スティル。一番真相を知りたがっていたからこそ、スティルにだけはベリィから伝えてほしかったんだ。別れ際に、ごめん」
別れの前にこんな話になったことを、アイは詫びた。
「いいさ、アイ。少なくとも、犯人がわかって、すっきりした。俺は憲兵でも、自警団でもないんだ。ただの冒険者だからな」
「最高の冒険者だよ、スティルは」
「そうさ。まあ個人的に言えば、俺はこの女なんて大っ嫌いだがな!」
「そりゃそうでしょ。腹刺されてるんだから……」
「アイ、無事でな。無茶すんなよ。全部一人で抱え込むな」
「ありがとうスティル。元気で。きっとシードルたちが、王都で活躍できる日が来るようにするよ」
再び別れを告げると、アイはスティルと抱き合い、スティルはキッシュの部下に送られ、宮殿を出て行った。
「じゃ、ベリィ、またね」
「アイ……」
「どうしたの?」
ベリィが、近くで見守っていたエスの傍に戻る前に、アイへと呼びかけた。
「ウチ……これからどうすればいいの?」
ベリィは不安そうに、そう尋ねた。
「ベリィ、それは自分で考えなきゃだめだよ。私は……私はベリィじゃないんだから」
アイは当然のことを言って、ベリィに背を向けた。
それからしばらく、アイはベリィとは会わないようにしたのだった。
ベリィは一人きりの部屋、考え込んでいた。
自分が今までしてきたことは何だったのだろう。
アイたちは、ベリィを拷問することも、結社やユーフォリア教団の情報を無理やり引き出そうともしてこなかった。
ただ、ベリィは、外出だけを控えるように言われていた。
始めの頃こそエスを同行させていたものの、やがて宮殿の中は一人でも自由に歩いてよくなった。
使用人も、衛兵も、ベリィが敵だと、捕虜だと知らないのか、みんな愛想がよく、優しかった。
囚われの身だというのに、ベリィは今までで一番、自由を感じていた。
なんなんだ?こいつらは。
ウチが本気になれば、エスさえいなければ、いつでもこいつらを殺せるのに。
いつだって、簡単に逃げられるのに。
でも逃げたって、結社に追われる。
結社だって本気を出せば、透明化を見破ることなど容易いのだろう。
ウチはどうすれば……
暇になるとすぐに、ベリィの頭の中はそればかりでいっぱいになる。
今まではやることが常にあった。
一つが終われば次が控えていた。
それは情報収集であり、殺しであり、品物の運搬であった。
これからどうすれば……。
ベリィは一つの考えを思いついてはいた。
それを、肯定してほしかった。
「エス。アイのところに行きたい……」
「……気に入りませんね」
同行しながら宮殿を歩いていたエスは、不服そうにそう言った。
「お願いだ。アイの命令に従わないと、ウチは何もできないんだから」
「……仕方ない。私もさっさとお前と離れたいしな」
エスは二人で庭にいるアイを訪ねると、先にアイにエスが許可を取り、その後ベリィも近づくことを許可された。
「ベリィ。何しに来たの?」
アイの態度は冷たかった。ベリィは一瞬、言葉を失うが、歯を食いしばってから再びしゃべる。
「アイ。やりたいことがあるんです。許可が欲しくてきました」
「やりたいこと?」
「プリンを……王都のユーフォリア教団を、倒したい」
「えぇ?」
アイは驚いて聞き返した。
意気消沈していたベリィが言い出すことにしては、あまりに突拍子がなかった。
「ウチは、ウチは償いがしたい……今までしてきたことを償って、まともな人になりたいんだ……」
「そっか……」
アイは迷った。
キッシュはどうして、ベリィが自分の命令に従うようにと、言ったのだろう。
アイには、ベリィをどうしたらいいのか、さっぱりわからなかった。
「酷い言い方かもしれないけど……」
アイは考え込んだが、思い切ったように口にした。
「そうしたからって、ベリィが殺した人は戻ってこないよ?」
ベリィは恐れていたことが現実になったかのような顔をしたが、諦めなかった。
「ウチが殺した人は戻ってこない……。けど、ユーフォリア教団が傷つけている人たちはたくさんいる……これからも。それを止めたら、少しは償いにならないかな……」
自信なさげに、それでもベリィはちゃんと考えたことを述べた。
「ベリィは……何になりたいの?これからどう生きたい?」
「ウチは、ウチは、まともな人になりたい。人を傷つけないで、助け合って、笑いあえる人になりたい……罪をたくさん犯した人は、もう、二度と笑わずに生きなきゃダメかな……もう、もう許されないのかな……」
「ベリィ……」
アイの心は揺らいでいた。
アイは、ベリィの、何でもないのだ。
恋人では当然ないし、親でも先生でもない。
ただの、一人の、知人だ。
ベリィの人生を決める権利なんてない。
それなのに、キッシュはそういう立場をアイに与えた。
それなら、アイなりに、何かベリィに、伝えないとならないだろう。
「何もしないで腐って生きるより、また元の生き方に戻るより、今ベリィが誰かの役に立ちたいって考えてることは、立派だと思う」
はっとしたように、エスもアイの言葉を聞いていた。
「アイ様……」
「プリンたちが何をしようとしているか、聞かせてくれる?」
「プリンたちが、最近習得した技術……それは、人間の魔物化。グリサリアで、巣を使った研究があったと思うけど、今度は逆に、一部の魔物の硬い体表を人間に纏わせて、強靭な兵器を作り出したんです」
「メルカがやっていたやつだね」
「グリサリアで起きた、精神操作。そして、魔物の力を人間に転用する方法。それが合わさったら……強力な軍団ができあがってしまう」
アイは、グリサリアで操られていた男たちが、全員、メルカのような強さを手に入れたらと考え、背筋が凍った。
「それは……!」
「今考えれば、ウチも怖いことだってわかる。でも結社は、それを止める必要はないって考えてた。むしろ計画に必要だって……」
「その計画は、今、どれくらい進んでいるの?」
「教団は、一枚岩じゃない。プリンの派閥内では、計画が進んでいて、いくつかの街に、隠れた軍隊が出来上がってる。でも、まだ本部には、その技術を明かしていない。プリンは力を蓄えているんだ……」
「それを伝えたら、他の派閥も真似するから?」
「その通りです……きっと、自分で力をつけてから、地位を上げたいんです。だから、まだ間に合います。指揮を執っている、プリンを潰せば、少なくとも、計画はかなり遅れるはず……」
「教えてくれてありがとう、ベリィ。でも、ベリィが直接動くべきかどうかは……まだ何とも言えない。一度キッシュと相談させて」
「アイ、お願いします。ウチは頑張りたい……いつか、普通の人みたいに……なりたい……」
アイは、まともに、とか、普通の人、という言葉から、ベリィは、自分がそうじゃないと考えているのが明白に思えた。
「ベリィの気持ちはわかったよ」
「アイ様、よろしいでしょうか」
意外なことに、そこでエスが口をはさんだ。
「私からも、お願いします」
「エス……?」
「告白します。私も、人殺しです。多くを殺してきました」
「そう……なんだ」
裏の仕事をしていたとは知っていたし、言動からなんとなく、想像がついてはいたが、こうしてはっきりと言われるのは、アイも初めてだった。
「私はベリィのように甘くはありません。殺した相手のことを全て心に刻んでいる。殺すべくして、私は殺した。後悔しないのがむしろ、標的への誠意だ」
「よくわからないな……」
殺し屋の気持ちを理解しろと言われても、アイにはわからなかった。
アイは自分にはその経験が無いと思い込んでいた。
「だからこそ、この女は、まだ踵を返せる場所にいる。殺し屋としては、甚だ未熟です。たかだか人の視界から姿を消せようが、そのうち簡単に野垂れ時ぬ。私のような相手と相対した時に」
エスは珍しく、饒舌に語った。
「それで死んだ仕事仲間はごまんといる。悲しいことに、裏の世界では、戻りたいと思った頃には引き返せない。足を洗うことなどできません。だからこそ……今、この女を見ていると、まともな人間に戻れるチャンスのある、幸運な女だと……そう思います」
「エス……」
誰よりも、ベリィが、信じられないという顔でエスを見ていた。
エスは、ベリィにずっと冷たかった。
アイを愛する故のことだろう。
それが、こうしてベリィを後押しするようなことを言ったのが、あまりに意外だった。
「エス……少し、考えの手助けになったよ。どっちにしろ、キッシュと相談してくる。あまり期待しないで、待ってて」
アイはそう言って、庭を後にした。
歩きながら、小さくため息をついた。
何が正解なんだろう。
自分は王族でもなければ、元殺し屋でもない。
アイにも、簡単に答えを出せはしなかった。




