92 カウンセリング
アイは、キッシュの執務室を訪れ、ベリィから聞いたことを全て話した。
「思ったより、予断を許さない状況だね」
キッシュは冷静に、分析した。
「ベリィの言う通りなら、すぐにプリンを確保する必要があるかもしれない。しかし、確たる証拠があるわけではないから、あまり表沙汰にしては動けないね」
「ええ。そうですね……それで、どうしましょう?」
アイは、キッシュに意見を伺った。
「アイは、どう思う?何か答えを出したんでしょう?」
キッシュは、相手が話しやすいよう、柔和な表情でそう尋ねた。
「はい……」
アイは少しためらってから、口に出す。
「私にやらせてくれませんか?プリンを倒すの……」
キッシュは、珍しく驚いた顔を浮かべる。
そうしたと思ったら、突然笑い始めた。
「ぷっ……あははは!!」
「おっ……可笑しいですか!」
キッシュに笑われて、アイは少し恥ずかしくなり、怒りながらそう言った。
「いやいや、ちょっとびっくりしただけだよ。もちろん、君の考えを尊重するよ、アイ。でもどうしてそう考えたんだい?」
「私は、この世界に来てから……いや、記憶を失ってから?追われるばっかりだったんです。自分から打って出たことがない……」
思えば、アイは状況に振り回されて、自分の意志で何かをしよう、ということがほとんどなかった。
目の前に、誰かに決められた、あるいは追い詰められた、やらなければいけないことだけがあって、ただひたすらそれをこなしてきただけだ。
「ベリィとエスの話を聞いて……殺すとか殺さないとか、そういう難しいことはわからないけど、私は少し自己嫌悪したんです。ベリィが必死でまともになろうとしているけでど、私はまともなのかなって」
「ふふ……面白いね。君はまともじゃないのかい?」
「まともじゃありません」
自分の境遇を思い、アイは断言した。
自分は、転生してきた、この世界のことを何も知らない男で、まるでまともな人間に見えるように、必死で嘘をついて、取り繕ってここまで来たのだ。
自分は、まともじゃない。
「それで……アイは、プリンを倒せばまともになれるの?」
「それはわかりませんけど……ベリィがそうしたいなら、手助けをしたいんです。それを見ていれば、何かヒントになるかも」
「そういうことか……」
キッシュは考え込んだ。
「僕は……そうだね。君の自由意志を制限する立場にないよ。王子様だけどね!」
キッシュは、自分を納得させるようにそう言った。
「けれど、いくつか条件もある。一つは……僕は王都で表立って兵を動かすことはできない。確たる証拠もないし、兄さんたちを刺激したくないしね。だから、少数精鋭でお願いしたい」
「うん」
アイも少数精鋭は承知の上だ。
自分と、ベリィだけで行くつもりでいた。
「次に、精神系の魔法対策をしてほしい。簡単に言えば、僕の友達の魔法使いからの、カウンセリングだ。プリンに使われて、敵に回られたら大変だからね」
「確かに……」
勢いで行くといったものの、スティルがかけられた術を食らってしまえばそれまでだ。
対策方法はよくわからないが、役に立つのならやらない手はなかった。
「最後に……やるからには、ちゃんとプリンを捕まえて、証拠まで抑えて欲しい。どうかな?」
「望むところです」
当然、やるからには勝たないと。
元よりそのつもりだが、キッシュが言いたいのは、殺さず捕らえろ、ということかもしれない。
それは時に、命を奪うよりも難しいかもしれない。
「いいね。じゃあ、エスとサーシャも連れて行ってね。少数精鋭、電光石火だ」
キッシュは楽しそうに、こぶしを握った。
「まさか、許可してもらえるとは思わなかった」
アイは正直、キッシュに申し出ても、断られると思っていた。
ある意味、ダメ元だったのだ。
「僕はもともと、この宮殿にいてくれる人たちの、上に立っているつもりはないんだ。僕たちはみんな緩い協力関係にあるんだよ。友達みたいなものさ」
キッシュはそう言って笑った。
確かに、サーシャの態度などを見ていても、キッシュを尊敬はしていてもへりくだることはない。
むしろ、からかったり、諫言したり、言いたい放題だ。
「それに、王都で暴れる異国の姫君というのも、面白いでしょ?」
キッシュはいたずらっぽい表情で、アイを見つめたのだった。
アイは、宮殿の中でも、温室のすぐ近くにある、小さな部屋へと入室した。
その中は、他の部屋よりも小ぶりにも関わらず、窓が奥の壁のほとんどが窓に覆われており、日差しが良く差し込む作りになっていた。
その中に、窓のほうを向けて、お互い斜めになるように、二つのゆったりとしたソファが置かれていた。
「いらっしゃい」
アイを出迎えた女性は、白いドレスに身を包んでいた。髪は淡い栗色で、ウェーブがかっており、優しい雰囲気で笑顔を浮かべている。
その女性は王国一とも言われる治癒術師であり、精神操作系の魔法への対抗方法を知っていると、アイはキッシュから説明を受けていた。
単純に、綺麗な人だと、アイは思った。
「アイさんね。そこに掛けて」
アイは、勧められるままに、ソファに腰かけた。
深く座れるようになっているせいで、アイは後ろに転がりそうになり、慌てて身体を起こした。
「ふふ。私はメープル。よろしくね」
アイの隣のソファに、ゆっくりと座りながら、メープルは自己紹介をした。
「メープルさん。スティルの治療をありがとう」
「いいのよ、アイさん。肋骨がバキボキに折れていたけれど、なんとかなったわ。でもスティルさんはとても痛かったでしょうね」
アイは少し反省した。
仲間を正気に戻すためにしては、パワーが強すぎたようだ。
「今日は精神魔法への対抗術式を埋め込むために来てもらったのだけど……アイさんには宮殿で以前から見かけて、興味があって。それ以外の話もしながらゆっくりと進めたいと思っているの。それでもいいかしら?何か、予定があったりする?」
「いえ、何も。宮殿の中は退屈なんです……勉強ばかりで」
「ふふ……でもすっかり東国のお姫様にしか見えませんよ?」
「それは何よりです」
アイは姫のフリが板についていることを、複雑に感じつつそう答えた。
それからしばらく、メープルとアイは、最近あったことなど、些細な雑談をした。
アイはすっかり打ち解けて、魔法のことなど忘れていた。
メープルはいわば、聞き上手なほうで、アイの思いや考えを聞き出すのが上手だった。
「あら、もうこんな時間。そろそろ本題に入らないと」
メープルは壁の時計を見て、そう言った。
「ああ、すみません。喋りすぎちゃった」
「いえいえ、私のほうこそ、楽しくって。それじゃあ少し、後ろに失礼しますね。変なことはしませんから」
「はーい」
「すこし、頭に触れますね」
そう言うと、メープルはアイの後ろにまわって、両手を頭の両側に乗せた。
「目を閉じて。閉じたくなければ、閉じなくてもいいです」
アイは迷ったが、目を閉じることにした。
「プリンさんの魔法は、相手のトラウマを増幅し、それに対する不安、恐怖、攻撃性を増幅するものです」
「うん……」
「それと同時に、トラウマを理解し、受容してくれたプリンさんに従属しやすくなる魔法です。ただトラウマを言い当て、それを揺さぶるだけでも人は不安定になってしまいますが、魔法で増幅することによって、精神操作を可能にしている、というものですね」
「なるほど……」
「それに対しての対抗術式は……意外かもしれませんが、増幅されたトラウマを抑えません。その方向性を、全て事前に決めておくことで、プリンさんに操られることだけを、防ぐものです」
「増幅されるのは防げないの?」
「トラウマは……そう簡単になくなりません。解決もしません。だから、防げないのです。例えば、アイさんが一番思い出したくないことを、思い浮かべてみてください」
アイはそう言われ、嫌だったことをできるだけ思い出してみた。
言われてみると、この世界に来てからだけでも、かなりの数がある気がする……。
塔で男に襲われそうになったこと、ネロに操られて気持ち悪いことをされたり、罪を犯したりしたこと、カラムに嘘を吐かれ、処刑されそうになったこと、アキナスに薬漬けにされたり、ベリィにもキスされたり……。
「いっぱいあります……」
「それは、忘れようと思って忘れられたり、自分の中で片づけた気になったら、その後は二度と思い出しませんか?」
「それでも思い出して嫌な気持ちになると思う」
アイは率直にそう考えた。
「なにもおかしいことはありません。では、それがわかったら、実際に方向付けを始めましょう。自然に思い浮かんだものを、自然に意識してください」
「はい……」
しばらくした後、アイは笑顔でカウンセリングルームから出てきた。
アイは意外にもここにきて、自分の弱さを見つめ直すことになった。
アイは、弱さを見つめたにもかかわらず、少し、自信がついて、今ならプリンに勝てる気がしていた。
アイはメープルに感謝しながら、その場を後にしたのだった。




