74 王都
アイたちは、スティルの体調がよくなるのを待って、その後、依頼を受けながら王都へ向かった。
スティルの体調が万全ではないこともあり、依頼は簡単なものを選んで受けた。
アイたちが挑んだ、グリサリアやシミーサでの事件に比べれば、それ以前に受けていたものに近いような魔物討伐の依頼は、危なげないのと同時に、むしろ退屈にさえ思えた。
「わぁ……見て!見えて来た!」
シェリーが丘を駆け上がると、三人は後を追いかけた。
丘に登ると、その先には広々と開けた平野が広がっており、いくつもの道が同じ方向に収束して行っていた。
「あそこが王都、フロマジアか……」
四人は全員が初めて見る、その王都の姿に、感動していた。
王都には、背後を山を切り開いたかのようにして、その中腹の高い位置に美しい何本もの高い塔を持った城が建てられていた。
そしてその周りに荘厳な屋敷のようなものが広がる中層があり、山の下部から平野にも、民家なども含めた多くのいくつもの建物が並んでいた。
平野には他の都市国家とは比べ物にならないほどの高さの城壁が築かれており、深く、長い堀に、門へ繋がる橋が渡してある。
「でかいな……ついに着いた。みんな無事だ」
「へへ……言えてる。いくつもの出会いがありそうなでかい街だ」
シードルやスティルは、素直に喜んでいる。
片田舎の駆け出し冒険者は、王都ででっかい仕事をするためにここまで来たが、いつしか王都で門前払いされないほどの実力をつけた、逞しい背中になっていた。
「本当に着いちゃった……」
一方、アイの胸中は複雑だった。
目的地にたどり着けた喜びと、シードルたちと別れなければいけない寂しさ、そしてこれから一人で生き抜かなければならない不安。
アイは本当にシードルたちの優しさに助けられて、ここまできたのだ。
王都の姿が見えてからも、そこへたどり着くまでは結構な距離があった。
たまに一団とすれ違うだけだったのが、王都に近づくにつれて、行き交う人々の人数も格段に増えた。
そのにぎやかさに圧倒されては、次第に期待に胸を膨らませながら、王都に近づいて行った。
ついに王都の堀の外側につき、橋を渡る頃には、その城壁がとてつもない高さだということがわかってきた。
遠くから見るよりも遥かに高く、上に立っている見張りは米粒ほどにしか見えなかった。
「わぁ……でっか……」
口を開けて上を見るアイが、人にぶつかりそうになるのを、シェリーが服を引っ張って避けさせた。
「まったく、しっかりしてよねアイ」
「あはは、ごめんごめん……」
アイにとって、王都にあるものはすべてがスケールが大きかった。
城壁もそうなら、中にある建物もそうだし、店も大きく、人々は多い。
とにかく何もかもが大きく、多く、だった。
アイたちは人混みをかき分けて進むと、ひとまずの宿を取り、最後に一緒に食事を取るべく、酒場へ向かった。
今までに見たことのないほど大きな、三階まで席のある酒場で、アイたちはようやく席に座ることができた。
客はアイたちのような冒険者もいれば、地元の市民もおり、金持ちそうな服装の者まで、多種多様だった。
声を張り上げないとお互いの声が聞こえない、賑やかすぎる酒場だ。
「ブリザーズに!」
シードルの合図で乾杯をすると、アイたちはグラスの酒を飲み干した。
この時ばかりは、アイもこの世界に来て、初めて酒を飲んだ。
「本当に、王都についちゃったなんて、信じられないね。いろんなことがあったなぁ」
シェリーは頬杖をついて、思いを馳せる。
四人は思い出話に花を咲かせながら、酒や豪華な料理を食べる。
「そういえば、今日はお金は大丈夫なの?」
グリサリアあたりで依頼が受けられなかったこともあり、それぞれの懐を心配したアイが、そう言った。
「ん?言ってなかったか?今日のお代は運営資金から出すから、アイは払わなくていいぞ」
「運営資金?」
「ああ。俺たち三人は、平等に分割した中から、今後の為にブリザーズとしての貯金をしていっていたんだ」
「それに、アイのお別れ会でもあるしね」
シェリーは寂しそうに笑った。
「ええ、なんで私のところからも運営費を持っていかなかったの……今からでも渡すよ!」
アイはなんだか申し訳なくなり、そう言った。
しかし、シードルは真剣な表情で、首を横に振る。
「アイ、お前が訳アリなのはわかってる。家がいいところでも、帰れない理由があるんだろう。なら、その金は自分の為に使ってくれ。アイは……俺たちには欠かせない仲間だった」
「シードル……」
アイはそう言い、俯いて黙り込んだ。
こんなにも長い旅路を進んだというのに、アイはシードルたちに本当のことを何一つ話してこなかった。
自分のことを知れば、見ず知らずの他人である彼らに危険が降りかかるかもしれない、というのが最初の理由だったが、今やシードルたちは見ず知らずの他人ではなく、家族のような仲間だった。
それに、シードルたちは決してアイの境遇を探ろうだとか、深く聞き出そうということをしようとしなかった。
それでいて、これだけフレンドリーに接してくれていたのだった。
それが本当に、アイにとってはありがたいことだった。
「おいおい、暗くなってる場合じゃないぜ?これからが本番なんだ、俺たちはよ」
スティルは、一瞬止まった会話を、盛り上げようとする。
それすらも、アイを気遣っての優しさに思えた。
「スクリーム。スクリーム家のアイ。それが私の、名前」
アイがそう切り出すと、シードルたちは顔を見合わせた。
「聞いてくれる?途中からしか話せないけど、私の過去の話」
アイは、自分に起きたことを彼らに初めて話した。
誘拐されたこと、指名手配されたこと、婚約者に殺されそうになって、逃げ出してきたこと。
結社のことなどは話さなかったが、それでも、シードルたちが納得するように、ほとんどのことを話した。
「アイ……話してくれて嬉しい。本当に大変だったんだな」
シードルたちはそう言い、真面目に話を聞いてくれた。
「俺たちにできることがあれば、いつでも呼んでくれ。君も組合員だから、困ったときは冒険者組合に俺たちの居所を聞いてくれ」
「うん、ありがとう」
アイは、最後まで優しく、話を聞いてくれたシードルたちに、じーんと心を打たれていた。
「実は、さ。私たち、旅の途中で、アンタの手配書を見たんだ」
「そう……だったんだ」
シェリーはそう告白した。
アイは驚く。アイの手配は凶悪犯ほど大々的にされていたわけではなかったので、見つかってないと思っていたのだ。
「でも、アンタを見てて、どうしてもそんなことするようなヤツに思えなくて、だから何も言わないで過ごしたんだ。この堅物のシードルでさえね」
シードルは照れて頭を搔いた。
「話してくれて、ようやく腑に落ちた。そんな危ない魔法で操られてたなんてね……」
シェリーはアイの話を信じてくれたようだった。
「飲め、飲め、アイ。俺たちのおごりなんだから。実際、誰も頼れる人がいなくて辛かっただろ」
「スティル……みんなが優しかったおかげで、私、ここまでこれたんだよ」
「わかってるさ。君が俺に惚れてるのは。でも今は別れないとな」
「まあ惚れてはいないが」
そんなことを話しながら、アイは薦められるままに、酒を飲んだ。
そうしてアイも、シードルたちの幼少の頃の関係だとか、出身の村の話まで、深く教えてもらったのだった。
最後に全てを話し、理解し合えたことは、アイにとって、いい思い出になった。
シードルたちは、自分たちがアイを王都に送り届けたことを、アイの父親たちに言わなくても構わないといった。しかし、アイは、いずれ事が片付いたら、いつかお礼がしたいと思った。
宿屋に戻ると、アイはすぐにベッドに倒れ込んだ。
それほど酒に強い身体ではないらしい。
うとうとしていると、横にシェリーが寝転がって、アイの方を見ていた。
「ねぇ、アイ。寂しくなるね。明日から三人に戻るなんて、考えられないよ」
「シェリー……」
「三人の時どんな関係だったすら、もう思い出せない。これからどんな歴史をたどっても、ブリザーズの始まりは四人メンバーだよ、アイ」
「シェリー、ありがとう。いつかきっと、みんなとまた旅をしたいな」
「うん、きっとしようね!その時は、アイにも恋人がいたりして」
「それは……どうかわからないけど」
恋人、と言われて、最初に頭に浮かんだのがベリィで、アイは自己嫌悪に陥った。
「そんなの妬いちゃうかも。だから最後にアレ、やってくれる?」
「アレ?」
「しぇりぃ~……だいすきぃ~……っていうやつ」
「二度とやめろ、それは」
アイはそう言って、シェリーの顔面に枕を投げつけた。
「ぐわっ!やったなコイツ!」
酔っぱらった女、いや男女は、最後の最後に枕を投げ合う戦いを繰り広げると、お互い疲れてどちらが先ともなく、眠ったのだった。




