73 嘘
「アイ……?」
宿屋のベッドの中で、スティルは目を覚ました。
ずっと、このまま目覚めなかったらどうしようと思っていたアイは、すぐ隣の椅子に座り、ずっと見守っていた。
「スティル!!!」
「スティル、大丈夫?痛くない?よかった、目が覚めて……」
涙目でそう言うアイの頭を、スティルは思わず撫でた。
「のわっ……撫でんな!」
するとアイはすぐに身体を離し、いつもの調子に戻った。
「あ、悪い、珍しくてつい……」
「もう……珍しく無茶するから、あんなことに……」
「悪い悪い……それで、助けてくれたのか?ありがとう。どうやって助かったんだ?何が……あった?」
アイはしばし考え込んだ。
どう説明したものか。
すべて素直に説明したら、アイの身の上や、結社のことを話すことになる。
それどころか、最後にベリィは姿を消した。
それは瞬間移動のような魔法かもしれないが、ミストが使っていたものとは違った。
もしかしたら、姿を消すだけの魔法かもしれない。
姿を消す魔法だとしたら、全ての辻褄が合う。
つまり、姿を消したベリィ自身が、スティルを刺した。
そして、後から来たと装ったのだ。
しかし、仮にそうだとして、なぜそんな面倒なことをしたのかはさっぱりわからなかった。
「わからないことだらけだけど。以前話した商人の人が、薬をくれたんだ」
「薬?そんなもので治る傷じゃないだろ……?」
「それが、治って……」
スティルはしばし考えた。
あの傷が治る薬は、ないわけではないが、ありえないほど高く、希少なものだろう。
「参ったな。しばらく依頼で稼いだ金は、全てその人に送る羽目になるぜ。でも、命と引き換えなら安いもんか。それで、その人は?」
「もう行っちゃった」
「はぁ?金も受け取らずにか?何か、代わりに渡したのか?」
ベリィとしたことを思い出し、アイは頬を染める。
代わりに渡したものといえば、自分そのものだったが、そんなことを言うわけにはいかない。
「何も!もういいでしょ無事だったんだから!いいから休んでて。もうおなか減った。なんか買ってくる!」
「お、おい!何だよ、普通聞くだろ……」
戸惑うスティルを置き去りにして、アイは部屋を後にした。
街へ出る間にも、アイの頭の中はベリィのことでいっぱいだった。
教会にいたということは、ユーフォリア教団の一員なのだろうか。
それで、別組織である、結社のミストと敵対しているのか?
しかし、教会の一員であるのに、わざわざ商人と名乗るだろうか。
謎は深まるばかりだった。
日が落ちるころ、シードルとシェリーは宿に二人で帰ってきた。
「え、え?アンタたち、こんな綺麗な街を見て回らずに、二人で、ベッドで一日中?のべつ幕無し?」
「シェリー、まだまだ子供だな。大人の男女は、ビビっと来たら後は即断即決なんだよ」
スティルは得意げにそう言った。
「違うから!!」
アイは全面否定した。
「冗談を言っている場合か。何があった?スティル……」
心配そうな顔でシードルが言った。
それが普通の反応だとアイは思った。
アイたちは今日あったことを二人に話した。
「とにかく、違いねぇ。あれはスカイフィッシュなんかじゃない。誰かに、あの司祭のオッサンは殺されたんだ」
「あんたがアイのデートを蹴ってまで探すなんて、よっぽど悔しかったんだねぇ」
シェリーは驚いたように言った。
「スティル、しかし急ぎすぎだ。もし司祭の件だけ、犯人が魔物じゃないにしても、教団内部のいざこざだろうよ。そうなれば、俺たちが首を突っ込む話じゃなくなる」
「それはそうだがよぉ……」
「いつかは何とかしなければならない問題かもしれないが、少なくとも無差別に市民が攻撃されることはなくなったんだ。それで俺たちの仕事は終わりだ」
「でもどうして、あの巣はあそこに突然できたんだろうね?」
シェリーは疑問を口にした。
「もしかしたら、司祭が逃げるときに、研究資料を持って逃げて……その時に巣を一つ落とした、とか?」
アイはそう推測した。
巣の合った位置的に、考えられる話ではあった。
司祭はいくつかの資料や研究をもって逃げ出し、そしてあの日、何かを取りに戻ろうとして、殺されたのだ。
むしろ、壁を調べていたというスティルの話からすると、その落としたスカイフィッシュの巣自体を回収しようとしていたのかもしれない。
「すっきりとはいかないだろうが、ここまでだ」
シードルは線引きをしたようだった。
そうなれば、アイたちはそれに従うだけだ。
アイとシェリーは頷いた。
シードルはスティルの返事を待った。
「はぁ……はいはい、わかったよ。力をつけてから、また、な。俺だってリーダーには素直に従うさ。お前についていく」
「へぇ~、前の街で女の子と冒険を始めようとしてたのはどこの誰だっけ?」
シェリーはからかう。
「ハッ……結局、好かれたままでも泣く泣く置いてきただろ?」
「知ってたの?まだ好きって言ってた子がいたこと……」
アイは驚いた。
自分が嘘をついたから、女性たちにフラれたと思って、スティルはシードルたちについてきたはずだ。
「本当に自分を好きかどうかなんて、顔みりゃわかるだろ?」
「騙された……」
「いや、騙そうとしたのはアイだろ……」
「ごめん……」
罪滅ぼしのつもりだったが、スティルが知っていたとは。
とはいえ、あれだけ凹んでいたということは、泣く泣くあきらめたことは事実なのだろう。
「というわけで、今日の分のデートは延期だな」
アイはスティルが全てを知ったうえで騙された振りをしていたと知り、もう何も言い返せないのだった。
アイたちが教会の地下を後にしたそのしばらく後に、再びベリィはそこに戻ってきていた。
「ふぅ……危ない、危ない。あの金髪の男、勘がいいんだから。思わず刺してしまった」
そう言いながら、スティルが流した血まみれの地面の、すぐ横の本棚を、ベリィは勢いよく倒した。
本棚は、大きな音を立てて倒れた。
すると、本来壁がある場所が空洞になっており、奥に更に部屋があった。
部屋の中は、手前の部屋以上に大型の魔物が、筒状のガラスの中に液体に漬けられて保存されており、より大掛かりな実験器具が整理整頓されていた。
部屋の奥の、仰々しい台座の上に、魔物の巣と同じ、黒色をした宝石が、不思議な力で浮いていた。
その宝石は、巣のように結晶のままではなく、綺麗に丸く形を整えられていた。
「司祭くんが取りに戻ったのはこれかな?貴重そうなものを後に残したんだね。最初に持って逃げたものは、貯め込んだお金だとか娘の写真だとか、不要そうなものばかりだったのに……」
ベリィは宝石を手に取ると、手品でもするように指から指へとその宝石をくるくると渡した。
「人によって価値を感じるものは様々だから仕方ない。そんなウチは、今日、可愛くて壊し甲斐のありそうな宝物を手に入れちゃったわけだけど……」
ベリィはそう言って舌なめずりをした。
そんな時、視界の隅で青白い光が走り、それに気づいたベリィの幸せそうな顔が、一瞬で不快そうなものに切り替わった。
「何?乙女の半径一キロ以内には、直接テレポート禁止って習わなかった?」
「ガタガタいうなよ、ベリィ。俺だって気に食わない仕事なんだ。俺は郵便屋さんじゃねぇんだぜ?……ほら、とっととよこしな」
転移してきたミストが、うんざりしたようにそう言った。
「お前をわざわざ寄越すとは、よっぽど貴重なものなんだね、コレ。っていうか、どうせ持ってくなら最初からお前がやればよかったのに」
「王都周辺の教団の監視は、お前の仕事だろ。本当に、ただ使われただけの郵便屋さんなんだよ。とっととしな」
「ほらよっ……あれ?」
「おわっ?!」
ベリィがその宝石を投げようとしたが、不思議と右手の指からそれは離れず、くっついたままになっていた。
ミストも受け取ろうと身構えたのに、宝石が飛んで来ず、フェイントをかけられた形になった。
「おい……勘弁してくれ。俺だっててめぇとは長く同じ空間にいたくねぇんだ」
「違うんだって……何だこれ」
ベリィが指先を見ると、まるで丸く、黒く光る宝石から血管でも伸びるかのように、宝石はベリィが手にしている皮の黒手袋の指先と、一体化しようとしていた。
そのまま手から自分の皮膚まで浸食されることをイメージして、ベリィはぞっとした。
「アンタを呼んだ理由がわかったよ。ほら、割れ物注意だ」
ベリィは手袋を外すと、それに包んだまま、ミストの方へ宝石を投げた。
こんな危ないものを、時間をかけて運んでいたら、ベリィの身がどうなるかわかったものではない。
「オイオイ、決闘は趣味じゃないぜ。俺は人が戦ってるのを見てる方が好きだ」
手袋を投げられ、ミストは皮肉を言った。
「どうかな。それ以上ゆっくりしてたら、決闘にこぎつける前に、手袋自体がアンタを殺してくれるかも」
「マジかよ……」
ミストは手袋が不気味に蠢くのを見て、顔をしかめると、自分の真横に、空間に青白い穴、ホールを出現させた。
「本部に戻るが、乗ってくかい?」
「アンタと同乗なんて御免だね。それより、それ、何に使うのか知ってんの?」
「さぁな。鍵の一つだろ。鍵っていうのは、どうやらめちゃくちゃ複雑な条件じゃないと手に入らないらしい」
「何を犠牲につくったのやら。興味ないけど」
「俺らからすれば手間を省いてもらって、教団様様だ。ってことでまたな」
「またね~、次会うはお前の葬式だといいな」
ミストの方を見向きもせずに、ベリィはそう別れの言葉を言った。
「はぁ……最高のスイーツのことを考えてたら、道端でクソ踏んだ気分。あーあ、次会えるのはいつかな?アイ。ミストになんか、捕まっちゃダメだよ」
ベリィは手袋を外した右手の人差し指で、物欲しげに自らの唇を撫でた。




